第3話 呪いの効果
俺は三分ほど地面に蹲っていた。
異世界に来ていきなりの戦闘だったけど、なんとか生き残ることができた。
盗賊との力の差はかなりあったように思う。たぶんこれは、女神がくれた勇者としての力のおかげだろう。
今の俺には扱いきれない力だったが。
「女神め、何が『なんとか制御してください』だよ……無茶振りすぎだろ……」
後先考えずに魔力を使ったせいで、全身バッキバキだ。
骨の髄までズキズキするような激痛に襲われている。苦しくて動けない。
もし最後の二人が逃げてくれなかったら、俺は呆気なく殺されていただろう。
「……けど、早く解放してあげないと……いつ盗賊が目を覚ますかわからねえ……」
もう三分ほど経ってから、俺は無理やり体を動かした。
時間を置いたおかげで少しだけ回復している。
全身の痛みを我慢しながら、ぐんっと荷台の上によじ登った。
「ひいぃ…………っっっ!?」
すると、一番近くにいた女の人が悲鳴を上げた。
その顔ははっきりと怯えている。
いや、女の人に限ったことじゃない。他の女性も、子ども達も、全員が俺を見て怯えていた。
下を向き、目を合わせてくれる人は誰もいない。
(呪いの力とはいえ、正直これは傷つくな……)
でも、助けないといけない。
俺はできるだけ優しく言った。
「大丈夫だ。今からみんなを解放する。一緒にこの森を抜けよう」
答えてくれる人は誰もいない。
それでも俺は、みんなの手足の縄を順番に解いていった。
縄を解いてあげても、みんなの俺に対する態度は変わらなかったけど、俺は気にせず作業を続けた。
「わぅあ!? な、なんでもしますからぁ! こ、殺さないでくださいぃぃっ!!」
「え、いや、落ち着いて。殺さないから、縄を解くから暴れないで!」
「や、やだぇぇぁ!」
九人目の縄を解こうとした時、女の人が発狂し始めた。
腕で頭を覆って蹲り、縄を解こうと俺が手を伸ばすと暴れてしまう。
ここまでしても全く信用されないのか……。
いつかの学校のことを思い出し、自然と顔をしかめてしまう。
心を痛めつつも優しく声をかけ、なんとか縄を解くことができた――その時だった。
「うおおぉぉぉあああああああっっ!!」
「おえっ!?」
突如、誰かに後ろからタックルされ、荷台の外に落とされた。
慌てて顔を上げると、タックルしてきた十歳くらいの少年が、俺の上に乗っかってきた。
「死ねえ悪魔がぁッ!!」
少年は手に持った木の棒を振り下ろした。
「死ね! 死ねぇ!!」
「ぶへっ、ちょっと……やめろ!」
「助けるふりして俺たちを殺すつもりなんだろ!? この悪魔がッ!!」
少年は勇気を振り絞ったような表情で、本当に悪魔退治でもするかのような形相で、何度も殴りつけてきた。
俺は盗賊との戦いで体がボロボロだったため抵抗できなかった。
(なんだよ……いったいなんなんだよ!? 見てないで誰か止めてくれよ……!)
「い、今のうちに……!」
「盗賊の武器を奪って逃げましょうっ!!」
「おいもう十分だ、みんなで走るぞ!」
心の声も虚しく、他の人たちはあわくって逃げ始めた。
俺を殴っていた少年もそれに続き、滑稽な走りで逃げ去っていった。
「…………く、うぅ……」
俺は静かになった森に取り残された。
口の端やおでこから血が流れてきて、傷口がジクジクと痛む。
痛むけど、傷口よりも心の方が痛かった。
(どうして、なんで俺が人助けをしても、いつもこうなるんだよ……)
俺は泣きそうだった。
だって理不尽すぎるじゃないか。
いきなり死んで、いきなり別の世界に飛ばされて、呪いのせいでこんな目に遭って……。
――ガタンっ。
一人で蹲っていると、不意に荷台の方から物音がした。
そちらに視線を向けると、同い年くらいの少女と目が合った。
(……ああ、そういえば、まだ最後の一人の縄を解いてなかったな)
手足を縛られたままだから逃げられず、みんなに置いて行かれたのだろう。
俺は少女の縄を解くか少し悩んで…………解いてあげることにした。
痛む体を持ち上げ、再び荷台に上がる。
すると、少女は三歳くらいの女の子を抱きかかええていた。
最後の一人ではなく、二人だったようだ。
「ひぅ……っ」
俺が近付くと、少女は女の子を抱く腕に力を込めた。
「大丈夫だ。縄を解くから、さっきの人たちみたく暴れないでくれ」
「……や、やめて……くださっ」
「動かないで。そっちの女の子にも手は出さないから」
俺は少女が怖がらないよう慎重に近寄り、優しく縄を解いてあげた。
だがその間、俺に触れられた少女の腕はずっと震えていた。
「……ほら、解けたぞ」
「え……ぁ、うそ……どうして……」
信じられない、といった表情で自分の腕を見る少女は、黒の修道服を着ていた。教会のシスターだろうか。
透明感のある白銀の髪に、宝石のような赤い瞳。
なんというか、ものすごい美少女だ。
こんな状況と精神状態じゃなければ、一目惚れしていたかもしれない。
だがそんな美しい顔にも、やはり強い恐怖が浮かんでいた。
本当に何をしても信用されないようだ。
……まあいい。
色々あったけど、洞窟探しを再開しよう。
呪いの強力さは身をもって学んだ。仮面を入手しないと俺は生きていけない。
悲しいけど、今は切り替えよう。
「よし、行くか…………っと、あれ?」
行動しようとして、俺はふと振り返った。
縄を解いてあげたシスターの少女が、荷台に座ったまま動いてなかったのだ。
「……君は逃げないのか? 盗賊が目を覚ます前に逃げた方がいいぞ」
「あうっ……は、はい、そうなんですけど……」
「ん、どうした?」
「うっ……、そ、その、この森には魔獣がいるので……今は手ぶらですし、私一人ならまだしも、こ、この子を抱えながらでは森、を抜けられな……」
シスターは腕に抱えた女の子を見ながら答えた。
「その子、眠ってるのか?」
「……あなたの姿を見て、その、気を失ってしまって……あっ、別に責めているわけではないんです! どうか気を悪くしないでください……!」
「いやそんな、俺が原因なのに、むしろごめ――」
「ひぃ……っ!」
俺が近寄ろうとすると、少女は目を瞑って体を縮こませた。
……これは距離を取って話した方がいいな。
それにしても、どうしようか。
魔獣のいる森に二人を放置するなんて見殺しにするようなものだ。
盗賊の武器はさっき逃げた人たちが持ち去ってしまったし……。
「なあ、この近くにある洞窟を知らないか? 仮面が封印されてるっていう」
「え……ふ、封印の洞窟のことなら、はい……」
「場所は分かるか?」
「は、はい……」
俺は少し考え、シスターに提案した。
「じゃあ、俺をそこまで案内してくれないか? そこにある仮面を手に入れたら、お礼に森の外まで送り届けるから」
善意だけで助けると、呪いのせいで信用されないだろう。
だから、あえて交換条件で提案してみた。
俺も一秒でも早く洞窟に着きたいのは本当だしな。
「……ですが、洞窟の入り口は結界で封鎖されていると、思いますが……」
「あー、それは問題ない。なんとかする」
女神の言葉が本当なら、結界も勇者の魔剣で解けるはずだ。
シスターは少し考え、おずおずと言った。
「わ、わかりました……。ですが、一つお願いがあります……」
「なんだ?」
「案内は最後までします。私はどうなっても構いません。なので、どうかこの子の命だけは奪わないでください……!」
「え? いや、奪わないけど……」
なぜ、そうなった?
交換条件にしても、どうせ俺が約束を破って殺しにくると思ったのか?
「大丈夫だ。何があっても君たちを守る。約束するよ」
そう伝えると、シスターは怯えながら「どうかお願いします……」と言ってきた。
全く信用していない顔だ。
なんだか俺が脅迫しているみたいな絵面だが……まあいい。
仮面を入手できれば誤解は解けるはずだ。
俺はシスターの案内で洞窟に向かった。
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