第2話 いきなり異世界


 気が付くと、俺は森の中にいた。

 鬱蒼うっそうとした夜の森だ。

 暗くて不気味だが、月明かりが通っているおかげで視界は確保できる。


「ここが、異世界か……」


 なんの心の準備もできてないまま異世界に来てしまった。

 どうしよう。マジで頭がパニックになりそうだ……。


 いや、こういう時は一旦落ち着くべきだ。

 ちゃんと状況を整理しよう。


 まず俺は、魔王を倒す勇者として転生した。

 だが魔王がかけた呪いにより、全人類から忌み嫌われてしまう。

 人々から勇者として認められず、それどころか迫害され、普通の生活さえ送れなくなる。

 その呪いを解くには魔王を倒すしかない。


「マジでやばい状況だな……。まずは女神の言ってた『呪いの力を中和する仮面』を探すしかないか……」


 勇者だとか魔王討伐だとか、今後の話は全て後回しだ。

 俺は周囲を見渡した。


「……洞窟はどこだ?」


『洞窟の近くに召喚する』と言っていたから、たぶんこの辺にあるはずだ。

 ……手当たり次第歩くしかないか。

 俺は足元に注意しながら、ゆっくり歩き始めた。


 夜の森は普通に怖かった。

 暗いし、道は分からないし、どんな生物がいるかも分からない。

 不安に思いながら歩いていると、首筋に汗が滲んできた。


「暑いな……。元の世界は冬だったけど、こっちは秋くらいか?」


 俺はダウンを脱ぎ捨てた。

 服装は死ぬ前と同じだった。下は黒のジャージ、上は緑のパーカー。完全な家着だ。

 この服装はこの世界では浮かないのだろうか?

 肉体をイジったとか言われたけど、できれば服装も変えて欲しかったな。


 ちなみに体の方に違和感はなかった。

 前髪の長さとか、体の感覚もこれまでと同じだ。 

 見た目は変わらないと言っていたし、本当に黒髪黒目の日本人顔のままなんだろう。


「――……おい、モタモタするな」


 と、考え事をしながら歩いていると、誰かの話し声が聞こえてきた。

 茂みの奥からだ。

 俺は茂みをかき分け、身を潜めながら覗いてみる。


「この調子なら、朝までには森を抜けるなぁ」

「ああ、とっとと売って金に変えちまおうぜ」


 盗賊っぽい服装の男四人が、ニヤニヤと怪しげな会話をしていた。

 四人はそれぞれ武器を所持しており、男らの背後には荷馬車がある。

 荷台の上には若い女性と子どもが十名ほど乗っており、全員が口元を布で覆われ、手足を縄で縛られていた。


(これってまさか……人攫いか!?)


「おいテメェ、何こそこそ見てやがる!」

「うえ!?」


 覗き見に夢中になっていると、いきなり背後から蹴り飛ばされた。

 俺はその衝撃で茂みから転がり出てしまい、盗賊たちの前に姿を晒してしまう。


「くっ……おいなんだ! テメェ、ナニモンだァ!?」


 盗賊たちは俺の姿を見ると、すぐに四人で正面を取り囲んできた。

 俺は慌てて立ち上がり、振り返る。背後には俺を蹴り飛ばした男が、退路を塞ぐように立っていた。


(やばい、ドジった……ッ!!)


 盗賊たちは剣やナイフを抜き、すでに臨戦態勢に入っている。

 ぶわりと全身の毛穴から汗が吹き出るのを感じながら、俺は咄嗟に女神からもらった勇者の魔剣を抜いた。


(どうする……戦うか!? でも、できるのか!? いや落ち着け、早まるな、冷静になれっ!!)


 俺は頭を振り、大きく息を吐き出す。


「……ん?」


 そして、周囲の異変に気が付いた。

 なぜか盗賊の奴らが、誰一人として襲いかかってこなかった。

 それどころか、全員が俺の顔を凝視したまま固まっていた。


「て、てめぇ! いったいナニモンだぁ!? ここに何しに来た!?」


 正面の男が声を荒げた。


「……俺は、たまたまここを通りかかっ――」

「嘘をつくなッ!? この悪魔がァ!!」

「あ、くま……? いや、嘘じゃない! 俺は偶然ここを通っただけで、敵意はな――」

「黙れぇぇ! それ以上喋るなァ!」


 男は顔を強く歪め、発狂した。

 明らかに様子がおかしかった。歯を震わせ、まるで何かに怯えているような態度だ。

 いや、こいつだけじゃない。

 周りにいる四人も同じように、怯えながら敵意を剥き出しにしていた。


「お頭、こいつは俺らを殺す気だッ!」

「そうだ、殺すために陰から品定めしてたに違いねぇ!?」

「殺られる前にこっちから殺るべきだ!!」

「そうだ殺せ!! 早く殺さねぇとヤベェぞッ!!」


 おいおいちょっと待て、なんだこれは……!

 一方的に敵だと決め付けられ、話を全く聞いてもらえない。


 もしかして、これが呪いの力なのか……? 

 こいつらは呪いのせいで、こんなにも俺のことを恐れているのか……?


 いや、それを考えるのは後でいい。

 今は生き残ることだけ考えよう。


 立ち位置は最悪だ。完全に取り囲まれている。

 一番弱そうな奴を捨て身でぶっ飛ばして、全力で逃げるしか助かる術はない。よし、それでいこう。


 ……けど、ここで俺が逃げたら、捕まってる人たちはどうなるんだ?

 手足を縛られた彼らが逃げ出せることはない。間違いなく売り飛ばされ、酷い目に遭わされるだろう。

 俺はそれを見捨てるのか……?

 けど、人助けをしたって俺に見返りはない。それは前世で学んだはずだ。


 だから、ここは見捨てて逃げよ………………いや、やっぱり助けよう。

 ここで見捨てたらきっと、俺はあとで死ぬほど後悔すると思う。それは死んでも嫌だ。


 俺は正面の男を見据えた。

 まずはこいつを倒して馬車の荷台に駆け込む。そして誰か一人の縄を切り、そいつに他の人の縄を解かせる。俺はそれが終わるまで盗賊を止める。

 全員解放して人数差が逆転すれば、勝機があるはずだ。


 俺なんかにできるのかという疑問はある。

 でも、やらなきゃ殺されるだけだ。

 

 大丈夫。俺は剣道の全国大会で優勝した男だ。古武道の道場で剣術も習っていた。

 大丈夫だ。やれるはずだ。相手は悪人。躊躇う必要はない。やれる。いや、やるんだ。やれ、やれッ!!


「ふぅ――――っ」


 俺が刀を中段に構えると、男はビビりながら少し後退った。


 さっきから体中が熱い。心臓からエネルギーのようなものが溢れ出てきて、全身を駆け巡っている。

 魔剣を抜けば魔力が出ると女神は言っていた。ならこれがそうだろう。

 全身がズキズキするように痛むけど、たぶん強化されているはずだ。


「死ねぇぇ――!!」


 男が殺意を剥き出しにして斬りかかってきた。

 剣を握る手に力が入っている。動きも雑だ。大した実力者ではない。


 俺は男の手首を狙った。

 相手が剣を振り上げる前に、相手の腕を斬り落とす。剣道でいう小手打ちだ。

 だが、剣道と剣術はまるで違う。

 剣にしっかり体重を乗せなければ、人の腕は斬り落とせない。

 俺は足に力を込め、強く一歩を踏み込んだ。

 そして、相手より先に剣を振り下ろす――はずだった。


「えっ!?」

「ぶは……っ!?」


 気付けば、俺は頭から相手に突っ込んでいた。

 一歩で相手の懐に入るつもりが、勢い余って頭突きをかましていたのだ。

 相手は鼻血を撒き散らしながら吹っ飛び、そのまま気絶した。

 直後、両足に激痛が走り、俺は立っているのを保てなくなった。


「う……っ、なんで足が……っ!?」


 地面に両膝をつく。何が起きたのか自分でも理解できなかった。

 ちょっと一歩を踏み込んだだけで、相手との距離が一瞬で縮まった。


(……もしかして、これが魔力の力か? 俺は魔力を一気に使いすぎたのか……?)


 魔力で肉体を強化しすぎて、暴走して敵に頭から突っ込んだ。その反動が今、両足にきている。

 そう考えるとさっきの動きにも、この筋繊維が千切れたような痛みにも納得できた。


(だとしたら、もっと魔力を抑えないと体が壊れる……もっと、もっと抑えろ……!)


「お頭ぁ!? て、テメェ!!」


 次は、大柄の男が血相を変えて襲いかかってきた。

 大きな斧を両腕で持ち上げ、振り下ろしてくる。


(クッソ、まだ魔力の扱いが分かってねえってのに……ッ!)


 俺は膝立ちのまま、腰を回して剣を横に振り抜いた。

 なりふり構わずフルパワーの魔力を使い、上半身の力だけで大男の斧を跳ね返す。


 威力は十分だった。

 大男は跳ね返された斧ごと吹っ飛んでいき、仲間の一人を巻き込んで木の衝突した。


「なっ、なんなんだよこの悪魔はぁ!?」


 敵はまだ二人いた。

 しかし、俺の体はもう動かなかった。


(ああ、やばいな……けど、ここで俺が倒れたら、後ろの人たちを守れない……!)


 俺は刀を地面に突き立てて体を支え、気迫だけで盗賊を睨み付けた。


「これ以上やるなら、本気で殺すぞ……ッ!!」


「ひぅ……っ! く、くそ、冗談じゃねえ! 逃げるぞっ!」

「えあ、うあっ、待ってくれえぇ!」


 最後の二人は気絶している仲間を見捨てて逃げ去っていった。


「お、なんか、勝手に逃げてくれ、た……」


 俺は力尽きて顔から地面に倒れた。

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