魔王に呪われた勇者、全人類に嫌われながら魔王討伐を目指す
夢笛
第1話 転生失敗
「ごめんなさい! あなたを勇者に転生させる儀式は失敗しました! ですが、どうかこの世界を救うためにお力添えください!」
開口一番、トラックに轢かれて死んだ俺に向かって、女神はそう言った。
……………………よし、まずは落ち着こう。
深呼吸をして、冷静に、クールにこの状況を整理しよう。
俺の名前は
普通といっても、ある事件をきっかけに学校でいじめられ、たった一人の家族を亡くし、引きこもりになってしまったピチピチの十六歳だ。
まあどう考えても普通ではないが……今は置いておこう。
俺はついさっきまで、夜食のカップ麺を買うためにコンビニへと歩いていた。
するとその途中で、女の人がトラックに轢かれそうになっているのを目撃した。
助けなきゃと思った。俺は咄嗟に道路に飛び出して、女の人の体を突き飛ばした。
そして、女の人がトラックの進路の外に倒れたのを見届けた直後、視界が真っ白なライトに覆われた。
……うん。
やはり俺がトラックに轢かれて死んだという記憶に間違いはなさそうだ。
となると、ここは死後の世界か?
ただひたすら真っ白な、不思議な空間だ。
そして、目の前で頭を下げている女性が『女神様』だということは、本能で理解できる。
つまりこの展開は、異世界転生もののテンプレだ。
俺も流行りのアニメとかは見ていたから知っている。
元の世界で死んだ俺は、女神の手によって異世界に転生させられるわけだ。
正直、現実に絶望していた俺にとっては悪くない展開だが……でもその前に、女神の発言に気になる点があった。
この女神、さっき『勇者に転生させる儀式は失敗した』とか言ってたよな?
「えっと、初めまして。俺の名前は山谷春。あなたは女神様ですか?」
「はい、私は女神『テミス』と申します。この世界を正しく導く存在です」
女神は顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
美しい顔だ。いや、顔だけじゃない。金色の髪も、純白の肌も、抜群のスタイルも、何もかもが異次元に美しい。
これが超越存在というやつか……。
「俺は魔王を倒すために、勇者として異世界に転生させられるのか?」
「その通りです。ご理解が早くて助かります」
「それじゃあ、『転生の儀式に失敗した』っていうのはどういう意味だ? 俺は転生できないのか?」
「いえ、転生自体はできるんですが……」
女神は申し訳なさそうに目を伏せた。
「あなたを元の世界から転生させる儀式に、魔王が介入してきたのです。魔王は勇者の成長を妨害するために、あなたに強力な呪いをかけました」
「強力な呪い?」
「全人類から恐れられ、忌み嫌われるという呪いです。あなたは今後、何を言っても誰からも信じてもらえず、迫害され続けるでしょう」
「……………………は?」
ちょっと待て。なんだそのヤバイ呪いは。
全人類から嫌われる……?
それじゃあ俺は、異世界でも誰にも受け入れてもらえないのか!?
「俺は勇者として転生するのに、人類側から迫害されるのか……?」
「おそらく、勇者ということすら信じてもらえないでしょう」
「じゃあ、俺は正体を隠しながら、異世界を一人で生き抜くことになるのか……? その状態で魔王を討伐しろと……?」
「無理なお願いをしているのは重々承知です。ですが、あなたの力がなければこの世界は救えません。どうか魔王を倒してください!」
「いやいやいや、そんなの無理に決まってるだろ!?」
俺は全力で拒否した。
なんて無理難題を押し付けてくるんだこの女神は!
「ですが、この世界には勇者の力が必要なんです! 魔王の復活は今から三年後。それまでにあなたが強くなり、魔王を倒せなければ、多くの民が命を落とします!」
「うぐ……っ」
必死に懇願され、言葉に詰まった。
卑怯だ。人がたくさん死ぬなんて言われたら、断れるはずないじゃないか……。
「そもそも、魔王が復活するのは三年後なんだろ? なんでまだ復活してないのに呪いをかけられるんだよ」
「現世に顕現するのが三年後というだけで、すでに魔界には存在しています。ですが、まさか魔界から儀式に介入してくるとは……」
「よく分かんないけど……じゃあ、そもそもなんで俺なんだよ? 他にもっと勇者に適した人材がいるだろ? やり直しとかできないのか?」
「私はこの世界にそう何度も干渉できません。勇者の転生は、数百年に一度しか行えない大儀式なのです」
「つまり、俺の転生はもう取り消せないってことか……」
「申し訳ございません。ですが、あなたほど勇者に相応しい方は他におりません。あなたは常に他者を思いやり、人助けをしてきた気高い心の持ち主です」
そう言われて、俺はそっと顔を背けた。
俺はそんなにできた人間じゃない……。
昔はそういう時期もあったけど、今じゃ誰からも受け入てもらえないただの厄介者だ。
「……もう一度聞くけど、勇者に転生するのは確定なんだよな?」
「はい。非常に身勝手なお願いですが、あなたしかいないのです」
「じゃあせめて、その呪いを解く方法はないのか? 無条件に人から嫌われて、味方がいない中で魔王討伐なんて無茶すぎるだろ……」
「残念ですが、呪いを解くには、呪いをかけた張本人を倒すしかありません」
「……つまり、結局、魔王を一人で倒すしかないと……」
考えれば考えるほど目眩がしてきた。
突然の出来事だったけど、死んだことに悔いはなかった。元の世界ではもう、うまくやれる自信がなかったから。
だけど、まさかこんな悪条件で転生させられるなんて……。
「ですが、呪いの力を
「えっ、本当か!? どんな方法だ!?」
俺は思わず女神に詰め寄った。
「転生した勇者は本来、王城にある『勇者の間』に召喚されます。ですが、今回は私の力で、ある洞窟の近くに召喚します」
「おお、それで?」
「その洞窟の奥には、呪いの力を中和する『仮面』が封印されています。まずはその仮面を入手してください」
「入手って言われても……俺に封印なんて解けるのか?」
「それに関しては問題ありません。あなたにはこの『勇者の魔剣』を授けます」
女神はそう言って、俺に一本の刀を渡してきた。
よくファンタジーに出てくるような厳つい
「この魔剣の能力は、あらゆる魔術の強制解除です。敵の魔法を斬り裂き、消滅させることができます」
「おお、つまりこれを使えば、仮面の封印も解除できるってことか!」
「はい。仮面を入手できれば、周囲の人とも普通に会話できるようになるでしょう」
「なるほど、異世界で生き残るための必須アイテムだな……。けど、仮面なんか付けた怪しい男を信用してくれ――――うおっ!?」
突如、天地がひっくり返るような感覚があった。
慌てて周囲を見渡すと、ピキッという音が広がり、俺と女神がいる白い空間に亀裂が入っていた。
「ああ、もう時間がありません! 一度しか言わないのでよく聞いてください」
「え、まさかもう異世界行きか!?」
「この魔剣を抜けば、自然と心臓から魔力が溢れ出します。あなたは何事も器用にこなせる天才肌です。ぶっつけ本番で力を制御してください」
「え? ああ、え? そんなの俺にできるのか!?」
「大丈夫です、あなたには才能があります。魔力を扱えるよう多少肉体をイジってますが、見た目は今のままなので御安心ください」
「えあ、くそ、まだ心の整理が……くっ!?」
白い空間が完全に崩壊し、俺の体が眩い光に呑み込まれていく。
その刹那、女神は縋るような表情で言った。
「魔王の復活までに力を付け、どうかこの世界をお救いください! お救い頂ければ、私があなたの願いを何でも叶えますので!」
「うあぁぁぁあ!?」
こうして俺は、呪われた勇者として異世界に放り出されたのだった。
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