ほこりの小瓶
灰の中、猫は歩いていた。
水色の吾輩の毛がどこか薄汚く見え、足元の肉球も煤で汚れてしまうような世界である。
雪のように降り積もる灰は、とても美しいとは形容しがたい。
マスターこと小瓶屋_本当の名前は分からないが、とりあえずこう呼ぶこととした_は吾輩をぽいっとこの中へと置いて、異常がないか探していらっしゃいとだけ言うのである。
こうなることは初めてでは無いが、何が異常なのかは分からないので何時まで経っても慣れないのである。
何もいない、誰もいない、生命の欠けらも無い世界、目的もわからず、目的地もなく、ただ灰色の世界に放り込まれ、小瓶屋を恨まない日など来るのだろうか。
「ねえ猫、そちらの様子はいかがなの?何か変なところは?」
声が灰をまとって霞み、空を見上げるも彼女の金の髪が視界に映ることはない。
「何もないよ。この薄汚れたゴミだらけで吾輩の見事な肉球が汚れるのが普通ならばね」
「あら、肉球が汚れてしまったの?おかしいわね、この灰、汚れることはな_」
彼女の言葉を聞き終わるより早く、灰の塊が地面から湧き上がってきて、吾輩の前足をどっぷりと汚した。
「んにゃっ、う゛にゃぁあっ」
煤だとか灰だとかでできた謎の手から逃げる、逃げる。
いつしか目線の先は灰から薄汚れたガラス。
この世界の、端。
そこまで行きついてしまえばきっともう握手一回でおしまいだ。
横から下から上から斜めから、小さな手が大きな手が次から次へと飛び込んでくる。
「小瓶屋っ、もう無理っ!」
自慢の爪で手を引き裂いて逃げ続ける、走って裂いて、小瓶屋に助けを求めた。
目が覚めると、温かい小瓶屋の腕の中で。
そっと撫でてくれる手が心地よくて、あんな気色の悪い手とは違って、凄く温かくて、暖かかった。
「にゃぁ……」
「あら、起きたの?運が良かったのね、私が助けた時にまだ生きてたなんて」
「知ってて行かせたのか?最低だね」
「まあまあ、そんなに怒らないで頂戴よ」
この扱いで怒らない人がいるのであれば会ってみたいと切実に思った。
「……ごめんなさいね、いくら猫が__としても……」
「ん?何か言った?」
都合よく使っ……手伝ってもらっちゃって」
「……猫缶、いつものじゃなくて高いやつを出しなよ」
「はいはい」
柔く細い手に包まれて、吾輩は浮遊感に目を閉じた。
「やっぱりおかしくなってる、そろそろ……限界かな」
小瓶の部屋に座り込み、ロケットを開いてくすりと笑った。
小瓶屋は今日も営業中です。
小瓶の中を覗くなら 出雲 水雲 @syalis14
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