今日も怪獣が出たらしい①

「今日も怪獣が出たらしい。」

食堂でこの知らせを受け取った俺と同僚のイドガヤはすぐに席を立った。

「おいちゃんごめん!片しといて!」

「あいよー。」

急いで地下2階に向かう。そう、俺とイドガヤはこの職場におけるいわゆる「地下2階」の職員なのだ。

「アンドウ。スマホに詳細が来ているぞ。今回は10m級らしい。」

エレベーターを待っている間にイドガヤが流暢に話しかけてきた。俺も支給品のスマホをチェックする。

「サイズは小さいな、、、。放射線も出ていないし体液をばらまくタイプでもない。これなら拡散力はそう高くないだろう。」

「油断は禁物だぞ、アンドウ。とにかく急ごう。」

生真面目なやつだ。しかもスタスタ歩いているだけなのに不思議といつも俺より一歩先にいる。

 職員証をタッチしてドアを開く。地下2階に着いた。地下2階は1フロアぶち抜きの広大な空間に無数のデスクが並んでいる。どの席からも見ることができる巨大な中央モニターには左半分に世界地図、右半分に日本地図が映されている。俺とイドガヤの席は隣り合わせだ。自席のパソコンにログインする。A県B市に怪獣が出現。怪獣警報発令。周囲およそ50km圏内の公共交通機関は避難用にシフトしている。「地下2階」の主な業務はSNSを中心とした情報の管理・統制だ。怪獣が出現しているっていうのに「いいよ」だの「リポスト」だのを稼ごうとデマ情報を流したり、当局が戒厳令をしいている情報を流したりするやつの多いこと多いこと。そんな「不適切」な投稿やネットニュースを削除していくのが俺たちの仕事だ。特に、この「地下2階」が組織されるきっかけにもなったことだが、XGと呼ばれる高速通信網が整備されてから、だれでも瞬時に大容量のデータをアップロード・ダウンロードできるようになったことで、不適切な情報の拡散力はより高くなっている。

 今回も不適切な情報の嵐だ。10m級の小型怪獣は特定個人を狙った生物兵器だの、B市には自衛隊の駐屯地があるからそこから逃げ出した実験動物だの、枚挙にいとまがない。そういった情報は枝分かれするようにどんどん拡散されていく。だれかが不適切な情報を投稿し、また別のだれかがそれを引用して広めていく、その流れを断ち切っていかなければ、無用なパニックを引き起こすことになってしまう。中央モニターには情報の拡散が可視化されて表示されている。どこで、誰が流した情報が誰によって広められているか、さながら何本もの樹木のように赤いパラメーターが表示されていた。幸い、今回の情報の拡散はほとんど国内のみに収まっているようなので、そちらは別のチームに任せ、俺とイドガヤがいるチームは国内の情報に注力することになった。

「アンドウ、またkaiju-kamenが発信源だ。こいつはどれだけの拡散力を持っているんだ。」

「フォロワー数1000万人超えは伊達じゃないな。避難場所や経路などの有益な情報も流しているから当局も手を出しづらい。だが、」

エンターキーを押すとkaiju-kamenの「小型怪獣は生物兵器!?」という投稿が削除され、それを引用した投稿も削除されていく。拡散される情報を管理するために、「地下2階」には超法規的措置をとることが許可されている。このクロールボットと呼ばれる探索プログラムもその一つだ。インターネット上を周回し、選択した情報に関連した投稿を発見し削除する、その引用先も引用元もだ。中央モニターには一つの樹木が枝ごと消滅していく様が映し出されている。こんなプログラム、世の中に出回ったら大パニックだ。

 20:03、自衛隊によって怪獣が討伐された。怪獣が討伐されてしまえば、新たに拡散される情報は格段に少なくなる。ここから先は怪獣の死体に関する情報が少しずつ拡散されていく。やれ危険な放射線を出しているだの、有毒な体液を撒き散らかしただの、そんな感じだ。そんな情報もクロールボットを使って逐一削除していく。クロールボットを完全自動化することも理論上は可能だが、誤って「適切な」情報も削除してしまう可能性もあるので、実際に動作させる権限は俺とイドガヤのようなB3級以上の職員の許可が必要なことになっている。気が遠くなりそうな作業だ。

 22:15、現地で怪獣の死体の安全確認がとれた。これにより、怪獣警報は解除され、公共交通機関も徐々に通常運行に戻っていく。今回は夜中の出現だったので、終電を1時間ほど延長するそうだが、大して問題はないだろう。最後の火消しとばかりに、残った小さな情報を消していく。中央モニターの赤い木は、最後の一本を残すところとなった。ここで、「地下3階」の職員が「地下2階」においでなすった。「地下2階」の室長にいつもの書類を手渡した。それを確認した室長から声がかかった。

「アンドウ、イドガヤ、最終段階に入れ。」

俺とイドガヤは顔を合わせ、まずは俺がエンターキーを押した。防災局発信の「A県B市に怪獣出現。直ちに避難を。」という情報が削除された。中央モニターから大きな赤い木が消える。続いてイドガヤがエンターキーを押した。「駅前の隠れ家イタリアン。強面シェフのプディングが絶品。」という記事が投稿された。中央モニターに青い小さな木が表示され、少しずつそれが枝を延ばしていくのであった。

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今日も怪獣が出た @grasshopp

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