今日も怪獣が出た

@grasshopp

今日も怪獣が出た①

「今日も怪獣が出た。」

 バイトに出る時は18時半から始まるアニメのオープニングを見てから家を出る。そうすると電車にスムーズに乗ることができる。このバイトを初めて3年で培った感覚だ。

 でも今日はアニメが始まらなかった。怪獣警報が出たからだ。こうなると公共交通機関は避難用の手段として使用されるので、電車ではバイト先に行けない。遅刻確定だ。すぐに店長に電話をかける。

「もしもしアイザワです。、、、そうです。、、、自転車ならまぁ、、、はい、、、了解でーす。」

 話はついた。夜遅くまでは交通機関のマヒは収まらないとの店長のヨミだ。そうなると、駅前で安いイタリアンとワインを提供しているウチの店にとっては稼ぎどきだ。遅刻してもお咎めなし。さらに売り上げによってはボーナス付きときた!すぐにリュックを背負い、通学用のロードバイクにまたがった。

 外に出るとまだ日が昇っていた。5月のこの時期は風が気持ちいい。怪獣警報によると、怪獣が出たのは隣の県らしい。県境にあるこの街は、表面上は普段と変わらない夕方の光景だった。ロードバイクを走らせているうちに、2丁目のお肉屋さんが店を閉めているところに出くわした。今日は早めに店じまいをして、シェルターに避難するのだろう。あの店は自家製コロッケがおいしいが、店主の奥さんが心配性だ。一度、怪獣をその目で見たことがあるらしい。だから、怪獣警報がなるたびに真っ先に避難している。今日早く店を閉めた分、明日何か安売りしてくれないかなと期待しつつ店の前を通り抜けた。

 駅前の公園に通りかかった。この公園のサイクリングコースを通るとショートカットだ。広場では若者がスケボーに興じていた。まったく、ここはスケボー禁止なのに。年齢的に同じ大学の学生だとやだなぁと思いながら通り過ぎる。サイクリングコースはそのまま地下道に繋がっているので、これで線路の向こう側に出られた。駅から街にむかって、ぞろぞろと長い行列ができていた。避難用の電車は怪獣から遠ざかる方向にしか乗ることが出来ない。泣く泣く歩いて帰宅する人たちの列だ。中には、折り畳み自転車に乗っている人も多い。僕はあまり好きではないが、バカ売れしているらしい。職場に置き傘ならぬ置き自転車をする人が増えているそうだ。しかしそれにしても車輪が小さい。道路の段差が怖くないのだろうか。立ち漕ぎで追い抜いていく。

 バイト先の最寄駅に近づいてきた。繁華街だが想像以上の人出だ。2つの路線が乗り入れる駅なので、どちらの電車にも乗れない人で街は溢れかえっていた。ここからはスピードをだいぶ抑えなければいけない。居酒屋のキャッチが大勢街に出ている。ウチの店はキャッチを一切使わない。味と値段で勝負なのだ。

 そうこうしているうちに店についた。店長に一言言って、店の裏にロードバイクをしまわせてもらった。特にこんな日は、自転車はすぐに盗まれてしまう。店に入ると、もう満員寸前といった状態だった。今日は平日だぜ?まぁ、怪獣警報が出ている以上、「平」日とはもういえないのかもしれないが。入り口近くの立ち飲み席まで人が溢れそうだ。早速注文を取りに行く。今日はウチの店で人気のアヒージョが飛ぶように売れていく。だらだら飲むには最高のつまみだ。自分で言うのもなんだが僕はそこそこ口がうまい。ついでにもう一品頼ませることに今日は何度も成功した。店の中にはテレビが2台ある。1台はケーブルテレビの海外サッカー中継。普段は2台とも同じ画面を映しているのだが、今日はもう1台は怪獣警報のニュースを流している。飲食店では、ラジオかテレビで怪獣解放を流すことを法律で義務付けられているのだ。今回の怪獣は10m級の中型だ。目まぐるしく働く中で、客から怪獣のことについて話しかけられることも多い。目の端で画面を捉えておく。

 20:03、自衛隊によって怪獣が討伐された。ここで一気にスパークリングワインのグラスが出る。みんなで乾杯するのだ。しかしここからが長い。怪獣の死体処理と安全確認だ。怪獣はサイズも姿形も性質も様々だ。今回の怪獣は放射線を出していなければ、体液を撒き散らすタイプの怪獣でもないらしい。2時間ほどで安全確認が行われ、交通機関も機能しはじめるだろう。怪獣の性質によっては、何日も安全確認が取れない場合もある。今回の怪獣は、店にとっても程よく稼げるいいサイズだったと言えるだろう。

 22:15、安全確認がとれたということで、電車、バスが通常運行に戻り始めるとテレビで報道された。パラパラと客が帰り始めるが、終電の時間が伸びることも確定しているので、残ってもう少し飲もうという客もまだまだ残っている。このタイミングで一番売れるのは店長自慢のティラミスだ。マスカルポーネチーズの分量が絶妙と店長が自画自賛していたが、なるほど、飲み食いした腹にもするっと入り、爽やかな気分にさせてくれるこのドルチェはなかなか人気商品だった。ここで常連客の髭メガネさん(裏でそう呼んでいるだけ。もちろん本名は知らないがこんな店の店員にも物腰柔らかく接してくれるいわゆるいいお客だ。)が声をかけてきた。

「アイザワくんは怪獣を見たことはあるかい?」

「いやーないですね。割と近くには出てるって話なので見かけてもおかしくないとは思うんですが。」

「そうかい。私もこの目で見たことはないけど、同僚が見たことがあるらしくてねぇ。さっきも血相変えて走って帰っていったよ。」

「一回見た人とそうでない人だとシェルターに行く割合も全然違うらしいですよね。うちの近くにもシェルターありますけど、行ったことないです。」

「私が若い頃は怪獣なんて年に一回も出なかったんだけどねぇ。一体どうなってしまったのやら。」

そう言って髭メガネさんはティラミスを口に運ぶ。この人はいつもティラミスを2つ頼むのだ。そして会話にも満足したらしい。僕はおかわりをご所望の別のテーブルに向かった。

 23:30、今日はこの時間で閉店だ。客席の調味料を補充していると、店長が

「今日の分、色付けておくから。」

と言ってきた。強面だが約束はしっかり守ってくれるし、いい人だなと思う。

 24時を過ぎた頃、いつもは終電で帰る時間だが今日はロードバイクだ。時間はかかるがのんびり帰ろう。駅のホームはまだ乗客で満員だ。今日の終電は一時間ほど延長されたらしい。バス乗り場も人でいっぱいだ。店長はどれくらい色を付けてくれるのか、なんてことを考えながら、僕は立ち漕ぎでロードバイクをスタートさせた。

 

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