第34話 名前

青井あおいユイさんよりも強い人がいるなんて、世界は広いですね」

「フルネームじゃなくていいですよ。ナオキさん。おマツみたいにかしこまらなくても」

「別に、かしこまってるわけじゃ……」

 楽しそうに話す三人。ハジメは、その中に入るつもりはなかった。これでいいと思っていた。

 それを、死神しにがみちゃんは見逃さない。

「なに黙ってるんですか? ハジメさん」

「ん? いや、別に」

 微妙に気まずい空気になったところを、その男の一言が変えた。

「ちょっと、トイレ貸してもらえるか?」

「ああ。そこを出て右だ」

 音を立てて閉まる扉。ナオキが部屋から出ると、途端にハジメが口を開いた。

「それで、お前に聞きたいことがあるんだが」

「はい。なんですか? 師匠ししょう

「はぁ……」

 マツはため息をついた。

「切り替えが早いな。やっぱり、名前といい変だったのはあいつ、九頭竜くずりゅうさんがいたからか」

「そうなんですよ。一般人には普通の名前を名乗らないといけないんです」

「おい。ぼくも一般人なんだが」

「えっ」

 マツは大げさに驚いている。それもそのはず、ハジメを一般人だとは認識していないからだ。いまだに普通の掃除屋ではないと思っている。

「またまたぁ。師匠ししょう冗談じょうだんがうまいですねぇ」

「いや。冗談じょうだんじゃないんだが」

師匠ししょうって呼ぶの、やめなさいよ」

 マツの表情は真剣だ。さすがの死神しにがみちゃんも、理解した。これ以上はハジメの逆鱗げきりんに触れてしまうことに。

 しかし、殺気さっきを経験することは死神しにがみちゃんの望み。彼女は迷っていた。

 そのとき、部屋の扉が開いた。

「あれ? どうしたんですか? みんな変な顔をして」

 ナオキが戻ってきた。言葉とは裏腹うらはらに、笑顔だ。


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