第29話 いまのうちに言っておく

厨房ちゅうぼうに持っていく食器はありますか?」

「はい。ありがとう」

 同僚どうりょう川村かわむらジュンコから食器を渡され、ハジメは歩き出した。

 二階のユニットBとCで食器を回収したら、配膳車はいぜんしゃに乗せてエレベーターで一階へ。そこでショートステイとユニットAの食器を回収して、手で持って厨房まで向かう。

 食べ終わるのが遅いお年寄りがいるため、朝のシンクの移動に間に合わないことが多い。そのため、ハジメが持って厨房まで行っていた。

 そのかん、医務室の前をとおる。何か言われるかもしれないと身構えたハジメ。そして、何も起こらなかった。

 もうひとつの建物にある厨房ちゅうぼうの前には、金属製の移動式シンクが置いてある。水がたっぷり入っているため重い。

 ふたつの玄関げんかんを抜け、ハジメがシンクを押していく。またしても、医務室の前をとおる。

「おつかれさまです」

「お、おつかれさまです」

 ただの挨拶あいさつだった。だが、ハジメにとってはプレッシャーとなる。すこし体勢を崩して、小さく息をはいた。

 シンクを二階に運んだあとは、玄関げんかんの外の掃除そうじ

 そのあとで、居室きょしつとリビングと廊下ろうか掃除そうじ

 ハジメは、今日はユニットCを中心に仕事をした。

 水分補給を忘れない。

 冷房が必要な季節にはすこし早い。まだあまり暑くないのに、男は汗をかいていた。

 ナオキにちょっかいをかけられながらも、なんとか月曜日の仕事を終えたハジメ。

 火曜日と水曜日もちょっかいをかけられた。

 木曜日になる。

「金曜日が休みだからいまのうちに言っておく」

「なんでしょうか」

「土曜日を楽しみにしておけ」

「……」

 ハジメは、何も言わなかった。

 そして、土曜日がやってきた。


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