第15話 疑念

 ハジメの職場は、徒歩で行ける距離にある。

 要介護施設ようかいごしせつ神薙かんなぎいえ

 ここにいる老人たちのなかに、普通に話せる人はほとんどいない。

 ハジメは、ここにあるふたつの建物のうち、ひとつの掃除そうじを任されていた。

 タイムカードを押すハジメ。近くに誰かがいる。

「おはようございます」

「おはようございます」

 同僚が挨拶あいさつをしてきた。ハジメも挨拶あいさつを返す。

「ところで、最近調子に乗っているらしいな」

「え?」

 寝耳に水。ハジメにはまったく身に覚えがない。といっても、無視するわけにはいかない。答えに困っていると、先に相手の口が開かれた。

「しらを切る気か?」

「いえ。九頭竜くずりゅうさん、以後、気をつけます」

 そそくさと立ち去るハジメ。

 その後姿うしろすがたを、メガネの位置を直した九頭竜くずりゅうナオキがにらみつけていた。彼は医師だ。


 一日前。

「じゃんけんポン!」

「あっち向いて」

「ホイ!」

「あ」

「やったー!」

 勝どきを上げる死神しにがみちゃん。大げさに喜んで、ツインテールが揺れている。

「くっ。認めたくないけど、腕を上げたわね」

 マツは、ロングヘアを振り乱して悔しがっていた。

「何やってんだよ」

 誰がどう見ても、二人の付き添いである、ハジメはあきれている。

「それで、このあとですけど」

「どうするの?」

「いや、普通に会話するのかよ」

 ハジメのツッコミが追いついていない。はたから見ると、とても仲がよさそうな三人に見える。

師匠ししょうの家に行きましょう!」

「だから、師匠ししょうって呼ぶな」

 マツの態度が変わる。なぜなのか、それは、本人にしかわからない。

「行くわ」

「えっ」

 ハジメは、戸惑っているようだ。どうしてなのか。やはり、それは本人にしかわからない。

「そうと決めれば、急ぎましょう。師匠ししょう

「だから――」

「面白かったぞ。じょうちゃんたち」

「あんたもすみに置けないねぇ」

 などと、ギャラリーから声が上がる。ハジメはまんざらでもないように見える。愛想笑あいそわらいをして言葉を返していた。

「さあ。行くわよ」

 それを見ていたのが、九頭竜くずりゅうナオキだった。彼は、ある疑念ぎねんいだいたようだ。


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