地元愛をキャンバスに

貴良一葉

本編

 俺の地元・北海道には、どこまでも地平線へ続く一本道の直線道路が存在する。

 両側は緑が生い茂る草原が広がっていて、ただその間をひたすら長い道路だけが走っているのだ。広大な敷地を誇る、北海道ならではの風景だ。


 もしかしたら他の地域にもこんな景色があるかもしれないが、俺は生れてこのかた北海道から出たことがないため、他の地域のことは知らない。まぁ、あったらあったで構わないが、我が自慢の北海道に勝る風景はないだろうと思っている。


 井の中の蛙とでも何とでも言え。異論は受け付けない。


 そんな北海道愛に溢れる俺、井上雄大いのうえゆうだいは油絵を描くのが好きだった。今はこの一本道の道路の四季折々の風景を、真っ白なキャンバスに写すことに夢中だ。他所から来たヤツに言わせれば「ほとんど変わり映えないじゃない」とかいうだろうけど、毎日見ている俺には分かる。


 色が、違うのだ。


 空の色。

 周辺の草の色。

 太陽の光を反射した、道路の色。


 そういった変化まで、油絵で忠実に描き写す。

 これが簡単そうに見えて、意外と難しい。だが油絵は上書きすればするほど味が出るから面白い。色を上手く再現できた時の喜びといったら、言葉では表せない。


 高校一年になった時から通い続けてもうすぐ二年が経つが、実は今日を最後にすることにした。大学生に進学することを決め、来年一月に都内の有名な美術大学を受験するのだ。……そう、生粋の北海道民だった俺は、ついにこの地元を離れることにした。少し寂しいが、都会に揉まれてみたいという憧れがあるのも正直なところ。

 受験勉強は去年から始めている。今まで合間をぬってリラックスがてらまだ通っていたけれど、そろそろ本腰入れないといけないから、特別な瞬間が見られる今回を最後と決めた。


 一年の内の僅かな期間、この道路の真上に太陽が沈む時期がある。

 それが、まさに今。二年も通い詰める上で、俺はその時期を把握することができた。真夏の炎天下で水をガブガブ飲みながら、真っ青な空と深い緑の風景を描くのも好きだが、この時期の景色が一番好きだったりする。


「よし、描き納めだ」


 俺はこの景色を描くために、二日前に一度ここに来て下絵を仕上げていた。油絵は下書きをしてからベースを塗った後、一旦絵の具を乾かす行程が必要になる。万全の頃合いを見計らって描き始めるのが鍵だ。勿論、天気だって気にしなければならない。

 最後の最後にベストタイミングが訪れたのは、生まれ育った地元を旅立つ俺への、神様からの応援だと勝手に思っている。


 ゆっくりと太陽が沈んできて、空がオレンジの色水をぶちまけたように染まり始めた。だがこれに見とれている場合ではない。

 紙パレットには赤や黄や橙、茶や紫といった絵の具をスタンバイした。黒は使わないというのが俺のスタンスだ。影にも色はあるからな。


 そして絶好の機会に一気にキャンバスに色を乗せていく。

 道行く車にも構うことなく、どんどん描き進める。


 夕日が沈みきって暗くなる頃、俺は絵を描ききった。

 また乾くのに時間がかかるから慎重に扱いつつ、改めて自分が描いた絵を見つめる。地平線上の道路に沈んでいく真っ赤な太陽の、俺のお気に入りの風景をここに封じ込めた。


 この絵を見る度に、俺の脳裏にはこの場所での思い出が鮮明に蘇るだろう。

 だから大学に受かったら、俺はこの絵と共に上京するつもりだ。


「ありがとう、またここに戻ってくるよ。……井上雄大、頑張ります!」


 俺は沈んだ太陽に向かって深くお辞儀をすると、汚れないようにキャンバスを布で包んでクリップで固定し自転車に跨がって、清々しい気持ちで一本道を走り抜けた。



 ただ、俺には一つだけ難点がある。

 それはタイトルだ。何度考えても、フザけたタイトルしか思い浮かばないのだ。


【じいちゃんの光るハゲ頭】


 うん、今回はコレに尽きる。

 大学ではタイトルセンスも磨こうと思う俺であった。

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