第13話 個性的な同好会 後編

 本日最後の視察先である『シャトル打ち同好会』は、現在三学年の生徒たち五人が去年立ち上げた同好会だ。


 今日は部員が全員揃っているようで、地面に転がっているシャトルを持って近づいてきた俺たちに、ぞろぞろと集まってきた。


佐竹さたけさん、本日はよろしくお願いします」


 その中で、ガタイの良いスポーツマンらしい人が俺に頭を下げた。彼に続くように、後ろに横一列で控えている他の部員たちもまばらに挨拶をした。


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺がそう返事をすると、その人は頭を上げてニカッと白い歯を見せて爽やかに笑った。


 この人はシャトルゲーム同好会の部長を務めている川内かわうちさん。彼の方が年上にも関わらず誰に対しても敬語で接する礼儀正しい人だ。


 彼らは元野球部で、部を辞めた後にこのシャトルゲーム同好会を発足した。そのため、この同好会も野球関連の活動をしているのだが……。


「これってバドミントンのシャトルだよね……」


 俺の隣で、姫野ひめのが地面に転がっているシャトルを見ながら小さく呟いた。


 川内さんは彼女のその独り言を聞き逃さなかった。


「興味ありますか?」


「えっ……あっ」


 川内さんはトレーニング用のバットを持って、その爽やかな笑顔のまま姫野に詰め寄った。


 姫野は近寄ってきた川内さんから身を捩るように後退りして、悶えるように視線をキョロキョロさせる。


 それは、雲ひとつない青空にいったかと思えば、自由広場の中心に鎮座する一本杉に向かった後、首から下の自分の身体に戻ってきた。


 姫野と川内さんの数秒間に及ぶ謎の攻防の果てに、ついに姫野は口を開いた。


「あの、わたし、こういうの──」


 姫野が何か言い切ろうとしたところで、川内さんの動きが止まった。


「っと、そうだった。今回はこういうのじゃないんでしたね」


 川内さんは姫野から俺に視線を移すと、申し訳なさそうに、短く刈り上げた後頭部を摩った。


「……はい。視察ですね」


 川内さんは情熱的な人だ。道行く人に誰彼構わず目が合ったらバットを握らせ、打席に立たせるほどパッションに溢れている。


 俺も去年の秋頃に川内さんから熱い勧誘を受けて、飛んでくるシャトルを目掛けてバットを振った経験がある。その日から、定期的に放課後の見回りの際に立ち寄るたび、川内さんからシャトル打ちすることを誘われている。


「姫野さんすみません……。シャトル打ちの面白さを知ってもらいたい一心で、つい詰めかけてしまって……」


 川内さんはバツの悪そうな顔をして姫野に謝罪をした。


 川内さんのこういう面を見ると、他の同好会の人たちより大分話の分かる人だと感じる。まあ、この人はこの人で灰汁が強い人ではあるけど。


 姫野は川内さんからの謝罪を受けて、苦笑いを浮かべた後、足元に転がっているシャトルを拾い上げた。


「……でも、このシャトルと野球用のバットを使ったミニゲームって珍しい……ですよね?」


「そうなんですよぉ」


 姫野がそんなことを言うと、川内さんは顔色を一転させて、待ってましたと言わんばかりに再び姫野に詰め寄ろうとした。


 そんな川内さんを鎮めるように、俺は気持ち厳しめに声を張り上げる。


「川内さん、そろそろ視察の方を始めてもいいですか?」


 俺のその言葉で川内さんは動きを止め、ギコギコと首をこちらに向けた。


「も、申し訳ない……」


 そう言った後、川内さんはしょぼくれた顔をして、他の部員たちが待っている所へ戻った。


「なんかずるいっすよ。部長」


 この数分間の間ずっと控えていた部員たちの中の誰かが、そうぼやくように呟いた。


 川内さんに至近距離まで詰められていた姫野を見てみると、「あはは……」と曖昧な笑みを浮かべていた。


 ……何はともあれ、シャトル打ち同好会の視察が開始した。



──────────



「それじゃあ、活動目標に変化はないっていうことで大丈夫ですか?」


「はい。発足時から変わらず、シャトル打ちの面白さを広めるために活動しています」


 部長である川内さんに、事前に準備しておいたチェックシートに書いてある質問項目を上から順に訊いていく。


 川内さん以外の部員たちは二組に分かれてシャトル打ちを始めていた。


 俺の隣でスマホにメモを取っている姫野を横目で見て、順調にメモが取れているかを確認した後、次の質問に移った。


「部員は今いる人数がフルメンバーですよね?」


「そうです。自分入れて五人ですね」


「入部予定の人とかはいますか?」


「……いないです」


 何か変な間があったが大丈夫だろうか。


 同好会の人数不足は割と深刻な問題ではあるので、デリカシーのない質問だったかしれないが、これもしっかりと確認を取らないといけないことだ。


「活動日は変わらず平日の火曜日から木曜日の間で、その際は五人全員揃ってますか?」


「はい。基本的に活動日は全員集まってきますね」


 俺が放課後に校内を見回る時のルートにこの同好会が入っており、結構精力的に活動しているところをよく目にするため、それらについての問題はないだろう。


「次に、その活動内容についてなんですけど……」


「ああ、ただシャトル打ちしてるだけですね」


「……ですよね」


 この同好会は名前通りにシャトル打ちを永遠と繰り返しているところだ。


 今も視線を横にずらせば、部員たちがバットでシャトルを打ち返している。


 川内さんたち五人は野球部に所属していた頃、シャトル打ちに快感を覚え、わざわざ退部してまでこの同好会を設立した。


 側から見ると普通に変人だと思ってしまう。


「あと、いま実は自分たちでミニゲームを作っていて、最近はそれの試行錯誤をしていることが多いですね」


「ミニゲーム、ですか?」


 川内さんにそう訊くと、彼は説明を始めた。


「はい。主な形式は実際の野球と同じなんですけど、打席からフィールドの端にかけての距離を、区画で分けてポイント制にしたゲームです。ボールがボールなんで守備と走者がいてもゲームとしてあまり成り立たないんで」


「……そんなんですね」


 川内さんの説明を余所見に、周囲を見渡す。あまりそれに突っ込むとまた話が長くなりそうだ。


 細かい砂が舞っている地面には、使い込まれたバットと1ダースほどの量のシャトル、マーカーコーンが置いてあった。あとはフィールドを作成する時に使用するラインカーが置いてあったが、それは学園の備品だろう。


「……今ここにある物は全部自前の物ですか?」


「そうですね。バットとかシャトルとか、あとはゲームの時に使うマーカーコーンとかは僕らで用意したものです」


「それらが紛失したりとかは?」


「んー、まあ、ご覧の通り活動に必要な物が少ないんでね。毎回自分たちで持ち帰ってるんで、それがどこかへいったりとかはないですね。打った球もあまり遠くへは飛ばないんで」


 川内さんはたははと笑いながら、なおも続ける。


「まあそこが良いんですけどね。風に揺られてブレるシャトルをバットの芯で上手く捉えた時に手にのしかかる微かな重み。それを一気に振り切ってかっ飛ばす快感は、他じゃ味わえませんよ!」


 怒涛の勢いで喋り倒した川内さんは、うずうずと身体をたぎらせるように震わせた。


「そ、そうですか……」


 俺の隣にいる姫野が、身構えるように一歩後ろへ下がった。大丈夫だから次の質問で終わるから。


 部活動と違って同好会は確認を取らないといけない箇所が少なくて助かる。


「最後に、この同好会の運営に際しての要望などはありますか?」


 俺がそう訊くと、川内さんは間を置かずに返事をした。


「特にないですね。うちとしてはこうしてグラウンドを使わせて貰えてるだけで充分なんで」


「了解です。今後何かあったら生徒会の方までお尋ねください」


 今までのは事前に準備された書類から、事実とをすり合わせる確認作業でしかない。


 今回の視察の目的はこの後に行う活動の観察がメインだ。部活動や同好会などの団体が、他の生徒から見てどのように映るのか。俺たちは、それを詳細に書き残さないといけない。


 書類などの荷物を邪魔にならない所に置こうと、広場の隅へ移動した時。西に沈んできた太陽の光を遮るように、地面に人影が映った。


「そ、それで……やります? シャトル打ち」


 どんだけシャトル打ちやらせたいんだこの人……。



──────────



 風に吹かれて上下左右に揺れるシャトルを目で追い、バットに当てる寸前のところで力を込めて振り切る。


 俺が打ち返したシャトルはふんわりと滑空すると、赤色のマーカーコーン付近にポトンと落ちた。


「ツーポイントー」


 その側に立っていた部員の人が片手を上げながらそう言った。


「佐竹さん、やっぱ筋が良いですね」


 フィールドの外から腕を組んでこちらを見ていた川内さんは、トレーニング用のバットを持ってバッターボックスまで来た。


「でも今の佐竹さんは若干力任せにバットを振り切っている部分があるので、もう少しだけ下半身の動きに意識を持っていくと、もっと打ち返した時の飛距離が出ますよ」


 俺のすぐ側でバッティングフォームを取って、素振りをしながらスイングのコツを教えてくれる川内さん。


「でも前回よりも遠くへ飛んでますから、このまま続ければ三塁打のコーンまで飛ぶようになりますよ」


「は、はい……」


 二十分ほど活動風景を観察していると、いつの間にか俺たちは、川内さんたちが考案したミニゲームを体験することになっていた。


 まあ、これも組織の内部を知るという意味では、あながち間違ってはいない視察の手法なのかもしれない。


「でもやっぱりシャトルを打つってなると、球技が苦手な人とかには難易度が高いみたいですね」


 さっきまで嬉々としていた川内さんの表情が曇った。


「時々、ボールをバットにかするのが精一杯という方がいて、そういう人にはこの面白さがなかなか伝わりづらくて……」


 確かに、そもそも投げる側にもコツがいるものではあるから、打つ方もある程度慣れは必要だとは思うが。


「……まあ、ボールがアレなら仕方のないことだと思いますけどね」


「そうなんですけど、せっかくこうしてミニゲームを考案しても、打ちづらいんじゃゲームとして成り立たないのがなんとも」


 なんてことを話していると、校舎側からざわざわとした歓声が聞こえてきた。


 その中心には、やはり姫野がいた。


 姫野は川内さんからの再三の押しに負けて、着替えてくるからと校舎に向かっていた。


 すると、体育の授業は毎回見学しているはずの彼女が、なぜか常備しているというジャージに着替えてこちらに戻ってきた。


 その後ろには、部活動や同好会の活動を終えたと思われる、通学カバンを持った生徒たちがぞろぞろとついてきている。


「なんか随分と大所帯ですね……」


 川内さんは眼前の光景を見て困惑気味に呟いた。


「ぱっと見、二十人以上はいますね」


「うーん……どうしましょうか?」


 腕を組んで悩むそぶりをする川内さんは、俺に彼らの対処法を効いて訊いてきた。


「まあ、姫野を見るために集まってきたと思うんで、活動の邪魔をしたりはしないと思うんですけど……」


 そこでふとある考えが頭に浮かぶ。


「……もしかしたら、彼らも興味が湧くかもしれないですね」


「えっ……?」


「シャトル打ちに」


 姫野がシャトル打ちをしているのを見て、それに興味関心を抱く者が出る可能性はゼロではないと思う。そして、さっきほど川内さんが言っていた懸念の解消にも繋がるかもしれない。


 なにより、この状況はこの同好会のアピールになる。


「いいんですか? その、自分が言うのもなんですけど、視察の方は……?」


 自覚はあったんですね。まあ、俺がこうして遊んでいる時点で視察はほぼ終了しているようなものだ。それに時間も時間だしそろそろ頃合いだろう。


「キリもいいのでこの辺りで視察は終了します。ただ最終下校時刻は厳守するようお願いします」


 川内さんは少しの間黙り込んで、何かを考えるそぶりを見せると、真っ白な歯を輝かせるように笑った。


「……わかりました。そのご好意、感謝します」


 スッと腰を折り曲げてお辞儀をした川内さんは、小走りで仲間の元へ駆け寄った。


 そこにはもうすでに、部員たちにより誘導された姫野がいる。


 姫野はバッターボックスの左側、右打席に入ると、おぼつかないバッティングフォームを取った。


 ピッチャーが投げたシャトルを、姫野が振ったバットが掠め取ることもなく素通りしていった。


「あはは……空振りしちゃった」


 姫野が照れながら頬を掻いた。


「──え、かわい」


「──てか〝女神様〟のジャージ姿ってレアじゃね?」


「──うん……。ちょっといいかも……」


 姫野の一挙手一投足に様々な反応が上がる。


 姫野の慣れないながらも懸命にバットを振る姿勢が、彼、彼女らには好評だったらしい。自分もシャトル打ちをやりたいという声も上がっていた。


 うちの学園では、この人がやっているなら自分もという者が多い。そのため、こういう安直な策略が刺さってしまう。


 そして、ここでは個人がインフルエンサー化している節がある。姫野であったり多賀谷たがやであったりそういう人が何人かいる。


 結局、姫野を鑑賞していた人たちも混ざり始めて、この場にいる人たちが解散したのは、最終下校時刻ギリギリだった。

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