第12話 個性的な同好会 前編

 二つ目の視察先である『魔術研究会』は二年J組の教室で活動している。


 我が学園には合計四十二の同好会が存在しており、当然一団体につき一つの部室を割り当てる余裕なんてない。そのため、放課後の空き教室を部室として利用している同好会がほとんどだ。


 ちなみに「同好会」とはいうが、そこに所属している生徒たちのことは「部員」と呼ぶ慣わしがうちにはある。なんでも、同好会の数が部活動と並びかけた時に、所属するメンバーの呼び方について一悶着あったらしい。


 三名の部員たちで構成されている魔術研究会の主な活動目的は、魔術の研究および実験といった部名通りのことをしている。と本人たちは主張している。


 まあ、実際は魔術なんてこの世にあるはずもなく、ただ仲間内で集まってワイワイ騒いでいるだけなのだが。それでも、これらの同好会は活動の継続を学園側から許されている。


 明確な活動目的や目標が定まっている部活動とは違い、同好会は不明瞭な部分が多くても、監督者と人数さえ満たしていれば、部として成立してしまう。その結果、この上城かみしろ学園に同好会が乱立してしまった。


 そこで新たに浮上した問題が、教員の労働時間による負担の増加である。教員の中には部活動と同好会の顧問を掛け持ちしている人がいる。近年の教職員の勤務時間の見直しにより、同好会の数を減らした方が良いのではないかという議題も会議で上がっているらしい。


 まあ、そういう事情には一生徒としては傍観するしかない立場であるため、今回の視察とは関係のないことなのだが。


 昨日の初会議で委員に説明した文言を思い出しながら、身体の中に溜まったモヤモヤを吐き出すように息をついた。


「な、なんか真っ暗だね……。この教室」


 隣にいた姫野ひめのがパチクリと瞬きをして、ジロジロと目の前の教室の様子を観察している。


 魔術研究会の部室はドアや窓が黒い布のような物で内側から覆われており、教室内の様子を包み隠すように装飾されていた。


 廊下からこの一区画にかけて、何か異様な空気感が作り出されている。


「……間違いなく、なにかあるな」


「えぇ……!? な、なにかって?」


 なぜか俺から距離を取るように身構えた姫野は、両手を前に構えて上目遣いでそう訊いてきた。


「……魔術の研究してるらしいからな」


「ま、魔術……?」


 じっくりとオウム返しのようにそう呟いた姫野は、一歩、また一歩と後退りをしている。


「床に魔法陣を描いてサークルを作って、そこに生贄を捧げることで天界から何かを呼び寄せようとしているらしい」


「え、えぇ……」


 姫野の表情が変わった。さっきとは別のベクトルで引き気味な表情をしている。


「まあ、言っちゃ悪いがお遊びだからな」


「そう、なの……?」


「そんな身構えなくても大丈夫だから」


 そんな姫野を引きずり戻すように、教室のドアの前で拳を作り、入室前のノックをする準備をした。


 どうでもいいが、このような際には手の甲ではなくて中指の第二関節でノックをするのが常識らしい。俺はそれを同じ役員の先輩から聞いた。


 でも俺はその人がまともに部屋のドアをノックしてから、入室する場面を見たことがない。


「……う、うん」


 意を決したのかシビアな顔つきになった姫野の、その返事を聞いてから部屋のドアをノックした。


 ……姫野がこの中の状態を見たら、多分混乱するだろうな。


 この同好会の部員たちはなかなか癖のあるやつらだ。会話はできるが正直何を言っているのか全く解らない。


 それでも、姫野ならうまくコミュニケーションを取れるはずだ。


 というのも、日々わけのわからない単語をペラペラ喋りながら、教員や俺たちを戸惑わせるこの部員たちでも、特定の人物には素を見せるはずだ。それは、親でも教員でも見ず知らずの他人でもない。姫野だ。


 学園の〝女神様〟を相手にハリボテの仮面を被り続けることができるのなら見ものではあるが、おそらく困惑気味な姫野を見れば居た堪れなくなって、普通の受け答えをするはずだ。多分。


 そう俺が熟考している間に、教室の中から返事がくると思っていたが、なぜか中からのレスポンスは一切なかった。


「えぇ……」


「い、居ないのかな……?」


 意気消沈している姫野が開かない扉をじっと見つめながらそう呟いた。


 部員たちの反応を無視して無理やり入ってもいいのだが、活動のための準備が必要との連絡がきていたので、しばらくここで待機することになりそうだ。これで下手にお邪魔して気まずくなるのも嫌だし。


「部屋の飾り付けは終わってるっぽいし、まだ仕込みが終わってないのかもしれない」


「……し、仕込み? え、それってどういう──」


 視線を震わせて、口角を下げて焦ったようにその場でわなわなしだした姫野が、俺に何かを訊こうとした瞬間。


 目の前のドアが空いた。


「…………」


 部屋の中から黒いローブ服に身を包んだ小柄な二人がぬるっと出てきた。床まで届く丈の長いローブに尖がり帽子という格好をして、片方は映画などでよく見る竹ほうきを持ち、もう片方は辞書のように分厚い本を抱えている。


「えっ……」


 隣に佇んでいる姫野が面食らったように、小さくか細い声を溢した。


「──さあ、ショーの始まりです」


 その二人のうちどちらかが発したのか分からないが、老婆のような作り込んだ声でそんなセリフを言いい、教室の中を見ろと横に逸れたと思いきや。


「あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」


 真っ暗な部屋の中から喉が潰れたような静かな叫び声が、廊下に漏れてくるように流れ込んできた。


 一瞬にしてその場の空気が凍りつく。


 室内は日の光が届かないようにしっかりと遮光されているようで、その声の主を鮮明には視認できない。


 しかし凝視していると段々ぼんやりと、長く垂直に立っている棒のような物が浮かび上がってきて、それに縛られている人影を確認できた。


 俺はこういう演出は何度か経験しているため、たいして驚きはしなかったが、もしかしたら姫野はびっくりするかもしれな──


「うわあああぁぁぁぁ!!」


 真横ではち切れんばかりの絶叫が聞こえた。耳の鼓膜が振動して破れてしまうのではないかと思うほど、馬鹿みたいにでかい声だった。


「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙」


 第二の奇声を発しながら勢いよく元来た道へ走り出す、〝女神様〟。


 いいフォームだ。毎回体育の授業を見学しているとは思えないほどの、綺麗な姿勢で懸命に足を前に踏み出し続ける〝女神様〟。


 焦燥に駆られながら疾走し、ついには、階段の曲がり角に向けて鋭角なカーブをかます〝女神様〟を、俺はそのまま見送ってしまった。


 どうやら〝女神様〟は怖い物が苦手らしい。


 ……どうすんのこれ。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……ドイ゙レ゙い゙ぎだい゙ぃ゙ぃ゙」


 ……何やってんだこいつらは。


 ひとまず、次の視察も控えているし、俺だけでも部内の様子を確認しないとだめか。いやでも俺一人の意見だけだと評価が偏るし、かといって今から姫野を引き戻すのも時間がかかりそうだし。それにあの感じからするとまともにこの彼女たちと向き合えなさそうだし。


 俺がそう考えを巡らせている間にも、時は歩みを止めず進み続ける。おそらく姫野も進み続けているのだろう。こいつらから逃げるために。


「はぁ……」


 頼むから、置いてくなよ。



──────────



 その後、十分ほど経ってから帰ってきた姫野と一緒に、魔術研究会の視察をすること三十分。


 お香の匂いやら薬品の匂いやらが混合して、とんでもない悪臭が充満していた部屋から出ると、廊下の空気がいつにもなく澄んでいるように感じた。


 体内に入り込んだ悪臭を交換するために、粗い深呼吸を繰り返しながら、再びグラウンドへ向かうために昇降口を目指す。


「なんか、すごいところだったね。……色々と」


「全くだ。どっと疲れた」


「そ、そうだね……。それで、次って第二グラウンド場でいいんだよね?」


「ああ……。時間的にもギリギリになりそうだから、少し急ごうか」


 出端から粋な迎え方をしてくれた魔術研究会だが、あれでもしっかりと活動目的に沿って動いているらしい。正直彼女たちの話にはついていけなかったが、かいつまむと、中世の時代に存在したとされているシャーマンを模して、神霊や精霊と交信を図るために、日々鍛錬を積んでいるらしい。


 そんな彼女たちが崇拝しているのはエジプト神話に登場する、愛と美の女神ハトホル。ここで安易にギリシャ神話のアフロディーテにしないのが、彼女たちの逆張り精神が透けて見える。


 姫乃が逃亡した時の、長い棒に縛り付けられていた者は、その超自然的存在との交信のため、トランス状態に入る修行をしていたらしい。どのように霊界とコンタクトを取ろうかと考えたところ、取り敢えず身体と魂を切り離せば良いのではないかという安直な理由で、三十分近くあの状態で縛り付けていたらしい。


 仲間内でわいわい楽しむのはいいが、それで怪我をして問題にでもなったら洒落にならない。彼女らにはもう少し考えてその修行とやらに取り組んでもらいたいという意味を込めて、次やったら廃部だと伝えると彼女らは素直に了承してくれた。


「……姫野さん大丈夫? 身体弱いって言ってなかったっけ?」


「え……、あ、だ、大丈夫だよ! 小走りぐらいなら平気だよ……!」


「ふうん……。そうなんだ」


 あの同好会は二学年の生徒たちで構成されており、去年発足された組織だ。活動日は土日の休日以外のほぼ毎日。基本的には毎日部室で駄弁って時折魔術の修行をしているとのこと。


 それだけなら、わざわざ校内で同好会という括りの組織を作る必要があるのかと問われることがあるが、この学園にはそういう趣で立ち上がった同好会は多い。


 従来の友人や趣味が合う者たちと同好会を作り、和気あいあいと放課後を過ごす。彼らにとっては、同好会とはこの個性的な者が多い上城かみしろの中で、心休まる一つの居場所となっている。


「えっと……あそこの自由広場にいる人たちがそうかな?」


「そう。隅っこに集まってる人たち。……ちょっと時間は押してるけど、なんとか今からだったら最終下校時刻までは終わりそうだな」


「ご、ごめん……。わたしが途中で逃げ出したから……」


「いや、俺も最初に説明しておけばよかった。いつもはもっと控えめな人たちなんだけど、今回はなんかやばかった」


 部活動と比べると同好会は結構緩めな活動をしているところが多い。それ故に年間での同好会の廃部率はそこそこある。部員が来なくなったり、下に続く者が居らず三年の卒業と同時に消滅したりと、割と儚い運命を辿る同好会が多い。


 それでも、それらの中には部活動への昇格を目標に活動している団体もある。


「や、野球してるのかな?でもあれって……」


「ああ……。ちょっと変わってるよな。打ち返すボールが」


 本日最後の視察先の同好会。彼らはグラウンド場の端にある、開けた空間が広がる広場のそのまた隅に集まって、ピッチャーとバッターを囲むように広がっていた。


「──フンッ!!」


「──き、きた! 会心の一撃!!」


 バッターが打ち上げたボールは綺麗な円を描くことなく、一直線にこちらに飛んでくる。目の前にぽつんと落ちたそれを、隣にいる姫野が覗き込んだ。


「えっ、シャトル……?」

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