第4話 赤色の元幼馴染み

「やっぱりお前かよ」


「……は?こっちのセリフなんだけど」


 授業が終わった放課後、結城ゆうきに呼び出された場所で待っていると、彼女と一緒に俺が予想していた人物、北条紅鐘ほうじょうあかねが来た。


 結城は俺と北条の間に流れている空気を察してか、俺らをとりなすように割って入る。


「まあまあ、そんな喧嘩腰はやめて──」


「こうなるの見越して北条のこと連れてきたんだよな?」


「そもそも私なにも聞かされてないんだけど?」


「うーんなんで私が詰められてるのかなぁ?」


 俺と北条に同時に問い詰められて、結城は眉をハの字にして窮する笑顔を浮かべている。何を考えているのかわからないが、彼女は俺と北条の仲があまりよろしくないことを承知しているはずだ。


 だとすると、またいつものようにお節介を焼いているのだろうか。


「結城。人を呼んでくれたのは助かるんだけど、これはちょっと──」


「ねえ菫。私もこの時間は委員会の方が色々と忙しいんだけど……もしかして、手伝ってくれってこれのこと?」


「あー、あの……ちょっと──」


 板挟みにされて取り乱すように手をぱたぱたさせて、何かを言い淀んでいる結城。


「……それに、生徒会で各団体の人と関わってるはずなのに、肝心な時に人を揃えられないとか、人望なさすぎだと思わない?」


「……この学園には、結城みたいに部活動にも同好会にも所属していない人が少なくてな。だからよかったよ。結城が協力してくれて」


「二人とも、私のこと挟みながら会話するのやめようよ……」


 「お互い直接話し合おう……?」と、子供同士の喧嘩をたしなめるような口調で、俺たちを諭す結城の言葉で我に返った。


 そして、仏頂面の北条の顔を拝むように向き直る。こうして正面からこいつの顔を見たのはいつ以来だろうか。


 お互い、口を聞けば口論になってしまうため極力彼女との会話は避けたいところだが、忙しくて時間がないらしい放課後に、わざわざ時間を割いてきてくれたんだ。まずはそれを感謝しなければ。


「……なにが委員会で忙しいだよ。いつも放送室にこもって音楽聴いてるだけのくせに」


「は?」


 俺の口からは自分の思考とは異なる言葉が放たれていた。その嫌味を聞き入れた北条は般若の如く顔を歪ませる。──お前もう少し可愛く怒れよ。


「ストーップ! ……ど、どうしたの……!? なんか前より酷くなってない!?」


 あれほど自分を間に入れるなと言っていた結城が、今度は自ら俺らの間に入り込み、大袈裟に手を広げてそう叫んだ。


「……こいつが人の事情も知らないで──」


「こいつって言わない! 言葉遣い悪いよ!」


「はっ、はあ……?」


 結城は北条の肩をガッと掴み、勢いよく揺さぶった。頭をガクンガクン揺さぶられている北条は、肩に置かれている結城の手を無理やり振り払い、何かを飲み込むように深呼吸した。


「──はぁ……もういい。帰る」


「ちょっと待って!」


 ため息を吐いた北条が踵を返そうとしたその刹那、とんでもないスピードで結城が彼女を羽交い締めするように後ろから抱きついた。


「ちょっと……! 抱きつかないで!」


 微かな怒りをはらませた声色で叫ぶ北条とは対照的に、冷静で余裕の表情を見せる結城。北条が観念するまで自分はいくらでも拘束し続けられるんだぞ。そういう感じの笑顔を浮かべていた。


 さすがは元運動部。体力には自信があるらしい。しかし、北条も負けてはいないはずだ。この勝負、どちらが先に音を上げるのだろうか……。


「──いつまで抱きついてんの!」


「紅鐘が話聞いてくれるまで!」


 北条と結城がイチャイチャしだしてから約五分経過。お互いに疲弊してはいるが、まだどちらが先に崩れるかは分からない様子だった。


 スマホにきた着信を確認して、その返信をしていると、北条が弱々しい声を出して降参するように力なく項垂れた。彼女のウェーブのかかった髪がふわっと乱れる。


「──わかった。わかったから……離して……」


 結城が北条を離してやると、北条はその場にヘナヘナとしゃがみ込み、シャツの襟元をパタパタ扇ぎだした。


「あっつ……」


「……紅鐘、なんか身体鈍ってない?」


「なにそれ……どういうテンション?」


 結城と変わらないぐらいの長さの、自身の赤みがかった茶色い髪の毛を手ぐしで整えながら、北条は結城を見上げるように天を仰いだ。


 返信が済んだ俺はスマホをしまい、そろそろ本題に入るべく結城に向き直った。


「なぁ、そもそも結城が北条を呼んだ意図ってなんだ?」


「えっ……」


「結城もわかってると思うけど……、俺と北条は折り合いが悪いっていうか、一緒にいても色々と気まずいっていうか……」


「それはそっちが勝手に気を遣ってるだけでしょ」


「なんだそれ……、そもそも──」


 北条の口から出た言葉に、このままだと売り言葉に買い言葉で話が一向に進まないことを察し、喉まで出かかった言葉をグッと我慢した。


 言葉に詰まった俺を見て、北条は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 一方、結城はなぜか神妙な顔つきで事の真相を語り出した。


「意図もなにも、紅鐘ちゃん暇そうじゃん」


「暇じゃないから」


「だから適任かなって。……どうかな? もし二人が本当に一緒にいるのが嫌って言うなら、他の人探すけど……」


 結城は切なそうな声色でそう言った後、諭すように言葉を続けた。


「お互い幼馴染み同士としてじゃなくて、実行委員会の委員として接すれば、また違うんじゃないかな。色々と」


 結城は俺たちに、慈悲の目を向けてくる。そんな瞳で見られると心苦しくなってくる。


 自分自身、ここまで動いてくれた結城に対して、あり得ない態度を取り続けていることは自覚している。それに、結城が言うように、実行委員として役に徹していれば、また違う感情を北条に抱くかもしれない。


「まあ、今後人が増えそうにないことを考えると、北条に手伝ってもらうのが一番楽だとは思うけど……どうなるかは北条次第だな」


「その自分は仕方なく折れてやったみたいな言い草、やめてくれる?」


 すかさず北条の小言が飛んできたが一旦それはスルーする。


「別に無理して参加する必要はないからな?」


「なにそれ。了承しない私が悪いみたいじゃん」


 北条はクソでかいため息をついた後、垂れ目気味の冷たい目を細めて首を傾げる。彼女はしばらくそのまま沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「正直なこと言うと、私も委員会の方で整理しないといけないことがあるから、時間的余裕があるかわからない」


「あー……そっか。それもあるのか……」


 今回主催される部活動および同好会の合同説明会には、計八つある専門委員会の活動報告も兼ねて行われる。うちの学園の専門委員会は志願制であり、所属する意思がある者のみで構成されている。そのため、専門委員会は部活動や同好会と同じく、組織の人数を調達するためにアピールをする場を設けられている。


 北条が所属している放送委員会も精力的に活動している組織であるため、説明会のための準備で忙しなく動き始める頃合いだろう。


「それって、結構大変なの?一人でも抜けたらやばい感じ?」


「さあ?それは先輩に聞いてみないとわからないけど……。どこかの生徒会役員さんが手を貸してくれるって言うなら話は別だけど」


「……えっ、俺?」


 結城からの質問に答えた北条は、遠回しな言い方で協力の可能性を仄めかしてくる。そしてなにかを企んでいるような笑みを浮かべて話を進める。


「組織内のあれこれを変更するには直属の人の承認が必要でしょ。要望とか」


「ああ。まあ、一応こっちで確認してから学園側に話を上げることにはなってるけど……。要望って例えばどんな?」


「……それはもう、ごまんと」


 ここで断言するわけにはいかないということか。北条はそれ以上詳細を話すことはなかった。


 部活動や同好会、加えて専門委員会らは団体の存続の条件として、組織内を一度精査し、合同説明会での新入生たちへの紹介という過程を踏む必要がある。それを経て、学園側がその組織の継続意思を確認して、我が学園に存続するに値するかを判断する。


 それは裏を返せば彼らにとっては、組織内の現状を明瞭にすることで、改善点などを学園側に報告して対応してもらう機会を設けてもらうということだ。それは例えば、組織に当てられる予算の増加だったり、設備への投資だったりと、この合同説明会はそういうことにも繋がる可能性がある。


 しかし、それらの要望を学園側に提案する立場にある俺が、内部から手を貸すのはフェアではないと思う。思うのだが、前々から専門委員会に対しての学園側の融通の利かなさや、部活動や同好会と比較して不平等な部分があるという声が上がっている。そのため、一度、組織の内部から現状を観察する必要があるのではないかと考えていた。


 放送委員会は全体的に見ても結構重要な機関ではあるため、その改革の足掛かり的にするのも、その他の専門委員会を始めとする外部の組織は納得するとは思う。


「ていうことはさ、これお互いにWin-Winって感じじゃない?」


 結城は解決の糸口を見つけたように、あからさまに明るくなった表情で、ジェスチャーを交えつつ矢継ぎ早に話す。


「紅鐘は自分の委員会の足りないところを直せるかもしれない。佐竹くんは実行委員の人数を一人確保できる。……どう?」


 結城は俺と北条を視界にとらえてしごく真剣な眼差しを向けている。俺ら二人はというと、お互いに顔を見合わせていた。


「俺は、それでいい。なんのメリットも無しに参加してもらうのは悪いとは思ってるし」


「──私は…………」


 結城からの返事を言い淀むように、薄く目を閉じて視線を逸らす北条。そんな彼女に結城はもう一息というように詰め寄る。


「お願い!紅鐘! ……人集められなくて、目濁らせながら項垂れてる佐竹くん見てらんなくてさ」


「……別に私は佐竹が困っていようがどうでもいいんだけど」


「じゃあ私を助けると思って」


 結城は顔の前で手を合わせ、掌を上下に擦り付けて懇願するように言った。俺も一応頼んでいるていではあるので、結城と同じように手をすりすりとするために掌を合わせようとした時だった。


「──わかった。協力してあげる」


 そう言って北条は、目元にかかる髪を留めているヘアピンを触った。


「でも──」


 そして、彼女は赤みのある瞳を横に流して言葉を続ける。


「──こういうの、もういいから。……正直うざったい」


「──……うん。ごめんね」


 一瞬、彼女たち二人の間に歪な空気が流れる。その瞬間の雰囲気の代わり様に思わず身構えてしまうが、それも束の間、春一番の南風によってその空気は瓦解された。


「……まあ、手伝ってくれるならありがたい。放送委員会の方も協力する」


「ん。それはまあ、素直に感謝する」


「……決まりだね」


 結城は肩の荷が下りたような清々しい顔で安堵の声を上げた。


「結城もありがとな。わざわざ動いてくれて」


「……貸し一つね」


 人差し指をピンと立てた結城は、どこか懐かしい悪戯な笑みを浮かべていた。


 「冗談だよ」と言って、見慣れた爽やかな表情を作り出した彼女の心の内は分からない。


「……それじゃあ、活動の詳細は追って連絡するから」


「はいはい。……よかったね。憧れの生徒会長さんの手を煩わせずにすみそうで」


「……ああ、よかったよ」


 相変わらずの冷めた表情で淡々と喋る北条。


 なにはともあれこうして六人目の人材を確保することができた。結城のおかげだ。この恩はいつか必ず、ちゃんと形にして返さないといけない。

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