第3話 青色の同級生

 教室に着いて中に入ると、〝女神様〟を中心とした食事会のような光景が広がっていた。幸いにも彼女が俺を呼び出したことはそれほど問題視されていないらしい。そこには平穏な時間が流れていた。


〝女神様〟に俺の人畜無害っぷりをアピールした後の、乾き切った喉を潤すために水を口に流し込む。そして、購買で購入した惣菜パンに齧り付こうとした時だった。目の前の空席の椅子に飛びつく人影が見えた。


「ねえ、〝女神様〟となに話してたの?」


 黒いミディアムの髪を靡かせてドカッと椅子に座り込み、口元に笑みを浮かべながら俺の昼飯を邪魔しにきた少女。


 結城菫ゆうきすみれ。中学からの付き合いで同じ部活動に所属していた。特別仲が良いというわけではないが、彼女のさっぱりとした性格から割と気が合い、こうして仲良くさせてもらっている。


「別に、クラスの人らが騒ぎ立てるような話はしてないよ」


「へー……でもさぁ、私。生徒会云々って話は嘘だと思うんだよねぇ」


 アイシャドウとマスカラで飾り付けた目を細めて、俺に疑いの眼差しを向けてくる結城。相変わらず勘が鋭い。


「だってさあ、今まで部活にも同好会にも委員会にも入らなかった子だよ? ……今更そんなのに入ると思えないんだよねぇ」


 そんな組織に所属している役員が目の前にいるのに、なんだその言い草はと思いながらも、これ以上突かれたらボロが出る可能性があるので話をはぐらかす。


「生徒会に入るっていうのは話が飛躍してないか。そもそも生徒会選挙は10月だしな」


「じゃあ、どんな話してたの?」


「…………」


 着実に自白を誘導させられている。結城には前科があるから馬鹿正直にぺらべらと事実を話すわけにはいかない。というわけで話を脱線させてみることにした。


「てか、一人の人間に対して周りの連中の反応が敏感すぎるんだよ」


「はっ……わかってないねぇ」


 むかつくぐらいのでかいため息を吐いた後、結城は得意げな顔をして胡散くさい声色で語り始めた。


「だってあの〝女神様〟だよ? この学園で一番の人気を博してる子だよ?」


 生徒会長である真鍋さんよりも人気があるというのは癪だが、実際〝女神様〟の学内の評判はすこぶる高い。……てかこれあれか、また始まるのか。


「清楚で可憐で誰に対しても優しくて、困ってる人がいたら率先して手助けする思いやりもあって、いつも可愛い笑顔を絶やさずに──」


「──あー、もういい」


「え?」


「それは散々聞かされた。頭がおかしくなりそうなぐらい」


 生徒会業務として校内を見回っていた時に部屋に軟禁され、『学園の〝女神様〟の良いところ100選』を耳に垂れ流された記憶がフラッシュバックする。


「えー誰に?」


「〝女神様〟の信者たちに」


 隠せていない笑みを携えながらそう聞いてきた結城に、端的に返事をしてやると、彼女は堪えていた空気を吹き出すように笑い始めた。


「あっははは! ……あーそかそか。まあ、〝女神様〟のファンには過激派も多いからね」


 この話のどこが笑いのツボに入ったのかわからないが、結城は嘲笑ともいえるほどの笑いの余韻に浸っている。自分の太ももを叩きながらケタケタ笑い、緩く着崩した制服は気にも留めず、頭を上下にぶんぶん揺らしている。彼女が揺れるたびに、彼女のトレードマークともいえる水色のインナーカラーが見え隠れする。


「──ん?……あ、これ気になる?」


 俺が結城のそれを凝視していたことに気が付いたのか、はたまた笑いのツボがおさまったのかはわからないが、彼女は首元までストレートに伸びた髪を、俺に見せびらかすように手繰り寄せた。


「ほら、どう?」


「……この学園うちじゃなかったらそこだけ刈り取られてただろうな」


「えー、感想それー? ……染め直すの大変だったんだけどなぁ」


 この学園には結城のような今どきの格好の生徒は珍しくない。我が校は『生徒の自主性を重んじる校風』を元にして、校則が全くないに等しい。学生制服や通学カバンなどを始めとする一般的な規則はあるものの、それ以外の生徒の身だしなみには一切学園側は関与しない。それ故に行きすぎた風貌の者が出てきたりもするが、それも基本的には学生側の人間が教導し、律することを求められている。


「あんまやりすぎないようにしろよ」


「はーい……こんな時でも真面目ですねぇ。生徒会副会長殿は」


「〝書記〟だよ。俺は」


「あれ、そうだっけ」


「……副会長は高坂こうさかさんだよ」


「あー……! 美咲みさき先輩かぁ……懐かしいねぇ……あ」


 結城は、はっとなにかを思い出したように口をパカッと開けると、椅子の背もたれにもたれ掛かっていた背筋を伸ばして姿勢を正した。


「えー……、佐竹くんに頼まれていたことについて、お話があります……」


「あー、うん」


「なんと……実行委員を引き受けてくれる人が見つかりましたー。パチパチパチー」


「おー。サンキュー」


 俺が結城に頼んだこと。それは4月の下旬に開催される、部活動と同好会の合同説明会の実行委員会を手伝ってもらうことだった。うちの学園のその行事は結構特殊で、部活動と同好会の活動の様子を外部から観察して、外部の学生が部の動向や状態などを精査する、実行委員会を設置することが恒例となっている。


 今年も例に漏れず生徒会が主体となって、各部活動や同好会を評価していくが、その評価する学生というのがそれらに属していない生徒が望ましく、実行委員の役員として動ける者を集めるのに難儀していた。


 実行委員会に必要な人数は最低六人。現在俺と結城を含めて五人集まっている。


 結城はさらに、他にも役員を買って出てくれる人を探してくれていたらしい。なぜなら、俺がこれ以上人を集めることができないから。有事の際に気楽に声をかけられる友人の少なさに、我ながら落胆していたところを見かねて、彼女が裏で動いてくれていた。


 ペチンペチンと手を叩いている結城に率直に尋ねる。


「それで、だれ?」


「それは内緒」


 結城は人差し指を自分の口の前に当て、口角を上げてニヤリとする。


「でも真面目な子だよ」


「それはありがたいんだけど……」


 なんか嫌な予感がする。


「じゃあ、放課後に紹介するから。……また後でね」


 言うだけ言って勢いよく椅子から立ち上がり、自分の席に戻ろうとする結城。その背中に改めて礼を言って、食べ損ねた惣菜パンにかぶりつく。


 チャイムが鳴るまで十分を切った昼休みに、空腹をゆうに超えた俺の胃袋。時の流れというものは残酷だなぁと思いながらも、このままうかうかしていては、実行委員会の準備が間に合わなくなると、危機感が芽生えてきた。


 これで一応人数は揃ったが、活動期間中の作業を効率化するために詰めれるところは詰めなければいけない。


 そんなことを考えていると、結城が向かった方向、教室の前側の席に座っているやつと目が合った。と思ったら一瞬のうちに視線を外され、そばに来た結城と話し始めた。


 ──そういえば、こいつも同じクラスだったか。


 現状、自分と一番気まずい関係の人。そいつは結城とも仲が良い。もし、結城が探してきた人というのが彼女のことだとしたら、まず間違いなく俺とはうまくいかないだろう。顔を合わせる度に小言を言われ、俺のストレス値が上がる一方で業務どころではなくなってしまう。


 その一方、結城が人に何も説明せずに、実行委員会への参加を打診するはずがないことを考えると、彼女の同行人は諸々事情を把握した者のはずだ。そうなるとあいつは俺と関わることを拒むだろう。いくらあの二人の仲が良かろうと、あいつが無理に引き受ける理由もない。


 そう頭の中で結論付け、さらに短くなった昼休みを満喫することにした。

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