第1章「HERO joined.」
第3話 チュートリアルはほとんど無い
生まれ育った街からかなりの距離を歩いた。どさくさに紛れて交通機関を使おうとも考えたが、例の騒ぎで交通網が麻痺しているのに加え、万が一バスや電車内で透明化が解除されたら逃げ場が無くなってしまうリスクを無視できなかった。
カメレオンについてはまだ何の検証も出来ていないし、慎重に動くに越したことは無いだろう。
だがまあ、問題はあった。記憶を頼りに向かっている割にはちゃんと進めているように思うが、如何せん時間が掛かり過ぎていた。
更に思いの外、目的地がかなり山の方にあるようで、段々と景色が同じようになっていくに連れ、方向感覚を失いそうになってしまう。
それにテレビで見たマップの情報だけでは正確な位置も分からない。透明化の関係かSからの接触も無いため、更に時間が掛かってしまいそうだ。こんな時にスマホが無いのが悔やまれる。
文明の利器無しに手探りで向かっていたところ、地図で見た位置が本格的に山の中である事に気が付いた。流石に道なき道へ赴いたら遭難する自信がある。
……鋪装済みの道路を歩いていくしかないだろう。時間は指定されていなかったし、と誰にか分からないまま適当に理由をつけてコンクリートの上を歩く。そして何故か「遅刻」の二文字が頭から離れず、結局急いで向かう事に決めた。
難航を極めるだろうと考えていた道のりだったが、あっさりと目的地を見つける事が出来た。というのも、その場所は舗装された道路に隣接するように存在し、かつ他に目立つような場所が無かったからだが。
そこは寂れた遊園地跡のようだった。この場所はいつから存在するのか、駐車場にある看板は茶色く錆びていて、遠くに見える観覧車は真ん中から大きく欠けて原型を留めていない。密かな話し合いには打ってつけの場所だろう。
とはいえ、まだここが目的地と決まったわけではない。時間も惜しいし、とりあえず中を確認しなければ。
遊園地の入り口に南京錠で封鎖された扉があったので、持ち前の腕力で錠を捩じ切って中へと入った。草花が生い茂ったフェンスを触るのに抵抗があった事は心の内に閉まっておきたい。虫は苦手なんだ。
すると、自分の体が輪郭を帯び始める。透明化が解除されたらしい。
……本格的に、暴力が解除手段のような気がしてきた。全く謎である。……もしかしたら、攻撃という可能性もあるかもしれない。確かに、ステルスアクションゲームではこういう透明になる能力があると、時間制限などの他に敵を攻撃できないなどの縛りもある。それだろうか?
「――これで全員だ」
スキルについて考えながら遊園地内にある広場に出ると、家のテレビで聞いたSの声が聞こえて来た。
ここが目的地で間違いない。Sの声が聞こえたからという理由もあるが、何よりもまず、目に飛び込んできた光景が今日の非日常の続きに見えたからだ。
荒廃した遊園地の中。全体的に緑が生い茂って自然の一部と化しているように見えるが、目の前には火が燃え広がったのか茶黒い平地が広がっていて、真ん中には俗にいう電波塔のような巨大なオブジェクトが斜めに突き刺さっていた。その根元の地面にブラウン管テレビのような物が置いてあるのも見えるが、そもそもこんな所に何故こんな物が存在するのか不思議で仕方ない。
そして、Sに集められたのであろう5人の男女が目の前に居た。
「おい、本当にこいつで最後だろうな? 何の説明も無しじゃもう我慢の限界だ」
体格のいい男がドスを利かせた声でそう言った。見た所そんなに自分と歳は離れていなさそうだが、誰が見ても不良だと思えるくらいガラが悪い。短い関係になるとしても、付き合い方は考えた方がいいだろう。
……本当にこの人も、Sが言っていたヒーローというヤツなのだろうか。別に疑っている訳では無い。無いが……小心者の自分からすると少し疑問に思ってしまう。
「何度も口を出してすまないが、少しは落ち着いてほしい。不安だろうが今来た彼で最後みたいだし、Sから直に説明がある筈だ」
「あぁ? だから偉そうな口利くなつってんだろ。イラつくんだよ」
「悪いが何度も言わせてくれ。ここに居る全員が大なり小なり不安を抱えている。俺だってそうだ。君は違うか?」
「てめえイイとこのボンボンが調子乗りやがって……親のいいなりロボットは少しも不満が無ぇみてえだな!」
「ちょっと! お兄ちゃん!」
口を出された事にムカついたのか、不良の男が声を張り上げた。そんな男を兄と呼ぶ女子が、宥めようと声を上げる。
不良を相手に臆した態度を見せなかった茶髪の男子は、聞く耳を持たない男に根気強く対応する姿勢を見せている。こういう状況に慣れているのか言動に迷いが見られない。きっと学校などでリーダー的立ち位置を務めているのだろう。
「……」
奥に別の女子が座っているのが見える。制服を着ている事から女子高校生である事が窺え、綺麗に染まっている金髪が特徴的な彼女は、この状況に関わりたくないのか意図的に目を逸らしている。きっとこのような口論は初めての事じゃないのだろう。自分の目には、彼女があの2人に対してかウンザリしてそうに見えた。
「あ、あの、さっきはすみません」
「え?」
「うちの兄がこいつ呼ばわりなんてしてしまって……でも悪い人じゃないんです!」
「あ、いえ……お構いなく」
不良の妹が律儀に謝罪をしてきた。こいつ呼ばわりくらい大した事とは思えない自分は少し面食らってしまう。そんな自分が委縮したように見えたのか、不良の妹は申し訳なさそうな態度を見せた。……対人経験の浅さから、自分よりも背の低い女子に気を遣わせてしまった。自分のキモさでどうにかなってしまいそうである。
「お兄さんすごいカッコいいね! それって何のヒーロー?」
そんな自分を救ってくれたのは比較的、歳が離れているように見える男の子からの……質問? だった。開口一番にふさわしい台詞には思えない。それに何のヒーローだとか聞かれても自分にも分からない。
「え、えーとちょっと俺にも分かんないかなぁ……」
「えーそうなの? 僕のはね、マスクライダーみたいな感じだよ! 次敵が来た時に見せてあげる!」
「う、うん。楽しみにしてるね」
屈託の無い少年だと思った。若さゆえか分からないが、この状況に他の誰よりも適応しているように見える。
対して自分はこの空間に翻弄されっぱなしだった。自分よりも遥かに年下に見えるこの少年ですら自信に満ち溢れているというのに、こちらはまともに会話すら出来ていない。
まだ言い合いを続けている2人は一触即発の状態。素知らぬふりをする金髪女子に加え、アワアワとどうしようか悩んでいる不良の妹。そして未だこちらをキラキラと輝いた目で見ている少年。もはや自分に出来る事は何もない。
もしかしたら自分にはヒーローチームというものが向いていないのかもしれない。到着からわずか数分で、音を上げてしまいそうだった。
「説明を始める」
タイミングを見計らっていたのか、黙っていたSが急に喋り始めた。事態が進展する事に気が付いたのか、全員が一斉に声の方へ向く。
自分は今気づいたが、電波塔の下にあるアナログテレビからSの声が聞こえて来ていた。……本体はここに居ないという事だろうか。
「まずは姿を見せて欲しい。俺はまだ信用できていない」
「……同感だ。この中でお前が一番敵に見えるからな」
先ほどまで言い合っていた2人だが、そこは意見が合っているみたいだ。
まあ、それもそうか。こちらは顔を見せあっている人間で、相手は得体の知れない謎の声。どちらが信用に値するかは明白だ。
「私の本体は船の中にある。諸事情で姿を現す事が出来ない。我慢してくれ」
「船だぁ? 答えになってねーな。どこにいるか教えろよ」
「目の前だ。このアンテナタワーと呼ばれるものが私の船だ」
……Sが突拍子も無い事を言った。船、というのは航空機の事だろうか。
改めてこの電波塔を見上げてみる。空を飛ぶような羽は無い。というより、何処からどう見てもただの電波塔だ。宇宙人が作ったと言われても違和感があるし、そもそもこれは空を飛ぶための物じゃない。
「船? これが?」
「ああ。この姿は擬態によるものだ。君達が認識しやすいようにという工夫もあるが、一番は情報の秘匿が目的だ」
「あ? どういう事だよ」
不良の男が剣呑な雰囲気を醸し出す。恐らく、隠し事をしていると堂々と宣言され、不信感が募っているのだろう。
かくいう自分も、はいそうですかと納得は出来ない。それは周りも同じようで、茶髪の男がSに疑問を投げかけた。
「情報の秘匿とは何だ? 姿を現わさない理由も関係しているのか?」
「そうだ。もし君達が私の姿、及び私達の技術を認識、記憶した場合、人間は我々の殲滅対象となる」
自分を含め、その場に居たほとんどの人間がその言葉に驚愕した。
殲滅対象。それは人間を一人残らず消すという事だろう。
「本性が出たな。最初から仲良しこよしはお望みじゃないわけだ」
「これは私個人の意思ではない。我々のルール、言わば君達が定める法律のようなものだ。私が何をしなくても、私の仲間が君達人間を駆逐する。だが、これはまだ確定した事では無い。今のところは安心して欲しい」
「安心? だったら、態度ってもんがあるだろうよ……!」
「落ち着け!」
何をする気だったのか一歩前へ出た不良の男を、茶髪の男が制止した。
「何で止めんだよ!? 聞いてなかったのか今の!!」
「聞いてたからだ。迂闊に攻撃しない方がいい。冷静になれ」
不良の男はそう言われると、軽く舌打ちをして下がった。
自分はそれを見て胸を撫で下ろす。Sは何も言わずに傍観していたが、もしあのまま手を出すなんて事があったら……姿を見る事すら駄目なんだ。攻撃なんてすれば、一発でアウトだろう。
下がった不良の男の代わりに、茶髪の男が一歩前へと出て、Sと対話を始めた。
「改めて言うが、お前を信用できない」
「正常な判断だ。だが、これは友好的な申し出であると分かってほしい」
「……お前が言っていた協力の要請の事か?」
「そうだ。簡単に言うと、君達にはこれからも怪人と戦い続けてもらいたい」
Sが言った要請とは、あの不可解な怪物と戦えという内容自体は至ってシンプルなものだった。
だからこそ、様々な疑問が降って湧いて来る。Sという謎だらけの知的生命体が、なぜ人間社会の助けとなるような事をしようとしているのか。これならば、まだ敵だと言われた方が信憑性があるだろう。
「色々と聞きたい事はあるが……まず敵の正体を教えて欲しい。俺達を何と戦わせる気なのか」
「……恐らくだが、君達が思う明確な敵というものは存在しない。あえて言うなら、現在も辺りを漂うこの大気と、社会や人間個人が抱える思想が今は敵となっている」
……どうやらSは、人間を相手に理解させようとする会話が苦手なようだ。質問に対し、最低限の回答をすれば相手は納得すると思っているのだろう。こちらは、あの怪物についての情報が欲しいと言っているのに。
Sの答えを聞いた全員がポカンと困惑していた。納得以前に理解できていないのは自分だけじゃ無いのだろう。不良の男が、見るからに苛ついているのが分かる。
「? どういう事だ? 端折らずに全て教えてくれ」
「……すまない、言語化には不慣れなのだ。では、私がこの星に不時着した時から話を始めよう」
ようやく、Sと自分達との会話が始まった。
「私は、臨床試験中の兵器を運んでいる最中に、敵からの攻撃を受け、この銀河系にある君達の地球に流れ着いた」
「臨床試験中の……兵器?」
本来、臨床試験とは新しい薬や治療法に用いられる表現の筈だが、Sは確かに兵器という単語を口にした。
話したそばから流れる不穏な空気に、一瞬で雲行きが怪しくなる。
「私たちが開発していたのは、知的生命体の自滅を図る生物兵器だ」
「!?」
想像よりも物騒な代物が話に出て来た。SFなどでよく聞く生物兵器という物が、現実に存在しているらしい。全く信じられない話だが、今日の出来事を思い出すと、この話も嘘とは思えない。
「……何故、そんなものを?」
「君達人類に使おうと思っていた物では無い。我々に好戦的な種族や、宇宙規模の均衡を脅かす存在に対抗する為の手段として開発していた。だが、この場所に不時着した際、兵器を保護していた容器が割れ、君達の住処へと振り撒かれてしまった」
……話が見えて来た。今日の出来事を顧みるに、その生物兵器の効果は……。
「その生物兵器が、人間があの化け物になった原因だな?」
「そうだ。このウイルスは、一定の知能を持つ生物を狂暴な姿に変える」
その場に居る全員が固唾を呑んだ。
言ってしまえば、元凶は生物兵器を持ち込んで来たSという事になる。だが、それはもう起こってしまった事で責めても仕方ない。
一番の問題は、その兵器がよりによって人口密度の高い東京に散布されてしまった事だろう。どういう条件であの症状が出るかは分からないが、今日だけでも尋常じゃない被害が出ている。
もし、このままあの怪物の量が増えていったとしたら……。
「……これ、私達だけで解決できる問題なの?」
先ほどまで機嫌悪そうに明後日の方向を見ていた金髪女子がそう言った。
その言葉に各々が多種多様な反応を見せるが、自分は俯く事しか出来ない。正直、この話は自分達で抱えきるには大きすぎると思った。20歳未満の子供数人が、この現状を打破できるとは到底思えない。
「……仮に、怪物になった人達を全て倒したとしても、原因である生物兵器を除去しないとまた被害者が増えるだけだな」
「……おい、クソ宇宙人。ここにいる奴らだけでどうしろってんだよ」
「言いたい事は分かるが、私の憶測では勝算がある」
「何?」
計画があると仄めかすSの言葉に、自分を含めた全員が反応を見せる。
「感染した生物が転化を起こすには条件がある」
「転化?」
金髪女子が聞き返した。
「この場では、感染者が怪人に変化する現象を指す言葉だ」
「怪人……!」
先ほどヒーローがどうとか聞いて来た少年が目を輝かせて言葉を反復した。
「君達人間が転化を起こしたアルファ体の事をそう呼んでいる。インターネットなど人々の間では、この呼称で定着しつつあるようだ。……そういえば、私が君達の携帯端末を使用できないようにしていたな」
自分はスマホを紛失していた為分からなかったが、どうやらSはここに居る人間達が何かしらの足跡を残さないように色々と工夫を施していたみたいだ。
それにしても怪人という名前を聞くと、いよいよファンタジーな世界に迷い込んだ感がある。テレビの中の話が、今では似た形で現実になって……今さっきの出来事だと言うのに、もう実感が持てない。
「話を戻す。それで転化の条件というのは、人間の精神状態に関係がある。もともと知的生命体を標的にするに当たり、この兵器は生き物の思考や感情に反応するよう設計されている。特に、殺意や憎悪などマイナスな感情が引き金になりやすい」
そう言われ、自分が戦ったスーツの怪人の事を思い出す。
自分は人が転化する瞬間を目撃していたが、思い返してみると怪人になる前から例のサラリーマンは様子がおかしかった。廃人という言葉が似合うほどには憔悴しきっていた彼は、きっとウイルスなど関係なく自分の生活に追い込まれていたのだろう。
……他人事だと思えないのは何故だろう。もはや将来の不安など考えている暇は無い状況に陥ってしまったが……もし、何事も無かったのなら、こんな非日常が起きなかったら、自分も彼のようになっていたのだろうか? ……殺されかけていたとはいえ、複雑な気分だ。
「以上の理由で、人間が送る生活の幸福度が上がれば、理論上は転化を起こすケースが激減する。逆に言うと、このまま転化した怪人を野放しにするだけで人々は不安に駆られ、転化が起こるケースが増え続ける。だが怪人の相手をするに当たって、この世界の人間は対抗手段の幅が乏しい」
「……そこで俺達の出番、か」
「そうだ。君達が怪人と戦えると社会に示す事が出来れば、人間達の精神状態が安定し、転化の減少に繋がる」
「ハッ、人様のご機嫌取る為の見世物になれってか?」
「その表現には違和感があるが、概ねその通りだ」
「チッ……ふざけやがって」
皮肉が通じなかったからか、それとも不快な仕事を押し付けられそうになっているからか、不良の男は舌打ちをすると居心地悪そうに背を向けた。
正直、彼がこうなってしまうのも仕方が無い事だと思う。自分も出来る事なら、人前でヒーローを演じるようなマネはしたくない。不安とか羞恥とか色々理由はあるが、単純に荷が重すぎるように感じてしまう。
「んーじゃあ、怪人ボコボコにしたら、もう怪人出てこないってこと?」
「そんな事はあり得ない」
何気なく聞いたのであろう少年の問いに、Sは力強く答えを返した。
「多くの種が我々のデータベースに載っているが、知的生命体の中でも君達が生みだす社会構造は特に歪なものだ。競争や戦争は珍しいものでは無いが、君達が作る社会は愛憎が入り混じり過ぎている。良くも悪くも感受性が豊かなせいで、トラブルの元が何処にでも潜んでいるのだ。この生物兵器に感染している限り、君達の転化が無くなる事は無い」
「それが、さっき言ってた人間の思想が敵という話か」
「その通りだ」
戦い続ける、という話はこれが原因なのだろう。つまりは自分達がどう活躍した所で、怪人による事件以外の場所で新たな不和が生まれれば、それだけで転化のリスクが付き纏うという訳だ。
では一体、この事件の収拾を付けるにはどうすればいいのだろうか?
「治療薬は無いのか?」
「無い。現在、私の方で開発を試みているが、この惑星にある物質では薬の開発など不可能に近く、船に残っている資材も心もとない。最善は尽くすが、上手くいったとしてもかなりの時間を要するだろう」
「一度その資材を取りに宇宙へ戻れないのか?」
「無理だ。今私の船は機能の72パーセントを損失している。情報系統は稼働しているが、飛行は不可能だ」
「ウイルスは有限じゃないのか? 自然と消滅しそうに思えるが」
「この生物兵器は敵戦力の殲滅より、消耗させる事を目的としている。それに伴ってその場に残留する能力が高い。有限と言えば有限だが、この惑星の場合、時間にして100年以上はその濃度が下がる事は無いだろう。この事態を放置するには、その時間は長すぎると私は判断した」
……どうやら、原因療法は望み薄みたいだ。そういえばここへ来る前にSが、もう家へは帰れないと言っていた。一生追われる身となるからと解釈していたが、この現状を顧みた時に、残された手段が対処療法しか無い故だったからなのかもしれない。
「……大体事情は分かった。それで具体的な解決策は?」
「君達が怪人と戦っている間、私が薬を開発する。薬が完成したら密かに都市へ散布し、我々は行方をくらます」
「……我々、ね」
またも不良の男がSの言葉に噛みついた。またか、と茶髪の男が呆れそうになっていたが……どういう訳か、不良の男の目は自分の方に向いていた。
空気を読む能力に乏しいからか、この流れで自分が睨みつけられるとは思っていなかった。白状してしまうと、少し怖い。
「S、だったか。お前が言ってたチームとかの話……お断りだ。テメェの尻ぬぐいなんざ御免だし、こんな会ったばかりの怪しい連中とツルめるほどお人好しじゃねえ」
「ちょっ……! お兄ちゃん!!」
Sの方へ向き直った不良は、親指で後ろに居る自分達を指してそう言った。
……なるほど。出会ったばかりの連中、というよりは恐らく……顔も見えない自分のみを指して言っているのだろう。
途中から違和感を覚えていた。ふと頭に被っているヘルメットを意識した時、その違和感に気が付いた。
明らかに自分だけ恰好が浮いていたのだ。テレビで見た動画では、他の人達もコスチュームのような物を着ていたと思う。誰が誰とかは分からないが、明らかに目立つ巨人も居た筈だ。なのに、他の人は普通の服を着ていて、自分だけが目立つ格好をしている。かなり恥ずかしい状況だ。
周りから見れば、自分は黒ずくめの怪しい人間なのだろう。更にほとんど喋らないというオマケも付いている。これでは信用以前に警戒して然るべき相手と見なされてしまうだろう。
「その意見には賛成。未だに顔も見せない奴とチームとか無理」
金髪女子の目が自分を射抜く。怖くて言葉を返せないが、こちらとしても敵意は無いし、今すぐにでもこの服は脱ぎ去りたい。その方法を教わればいいのだが……本当に言葉が出てこない。上手くまとまりそうな話が自分のせいで拗れていると考えるだけで、自分の体は硬直したまま動かなくなった。全く何とも情けない話である。
「えー、俺チーム賛成だよ。怪人と戦いたいもーん」
「そんなの協力し無くたって出来るだろ。テメエで勝手にやれガキ」
「絶対チームの方かっこいいじゃ~ん。悪そうなお兄さんもヒーローなんでしょ?」
少年が不良を説得しようとしているレアな構図を横目に、自分は現実逃避を……危ない、それでは駄目だ。危うく本当に投げ出すところだった。もっとしっかりしないと、この先が思いやられる。
「……君、すまないが顔を見せてくれないか? 話を進めたい」
「えっと…………すみません、脱ぎ方が分からないです」
申し訳なさそうに話して来る茶髪の男に、自分は情けなく本当の事を明かした。
「ハァ? 何じゃそりゃ」
「いや、逆に聞きたいんですけど皆さんどうやって元に戻ったんですか……?」
自分が恐る恐るそう聞くと、他の全員が顔を見合わせ始めた。
……え? 遂に何の反応も無くなった。不味い事でも聞いてしまったのだろうか。
「俺等は……普通に戻りたいって思ったら戻れたぞ?」
「はい……」
「私も、そんな感じ」
「あんま意識してなかったや」
「……何というか、念じたりとか試してみたか?」
その全員の言葉を聞いた自分は、純粋に嘘だろと思った。
どうやら色々と不便さを感じているのは自分だけらしい。
今思うと、テレビで見た人達のヒーローっぽい姿は何というか……統一性が無かったような気がする。まさか、この現れた能力には一貫性が無いのか?
「これは私の主観で申し訳ないが、君達が発露したと思われる能力には、それぞれ違う特性がある筈だ。夏代遊来の能力も他と勝手が違うのだろう」
こんな所まで貧乏くじを引くとは……もう笑う事しか出来ない。本格的に悲惨な運命の人柱になっている気が拭えず、乾いた笑いしか出てこなかった。
「そうだ、俺達に出たこの能力ってのは結局なんなんだ?」
「……恐らくだが、全く違う反応が出ているだけで、怪人と同じ転化によるものだ。実のところ私も混乱している。その兵器に侵されてなお理性を保てている君達は我々からすれば奇跡のような存在だ」
「……? よく分かんないんだけど褒められてるのこれ?」
金髪女子が困惑した様子でそう言ったのを見て自分も頭をひねるが、そのSの真意はよく分からない。
……いや、そんな事は今どうでもいい。まずは一刻も早くこの変身を解除しなければならない。自分の能力は確実にビデオゲームと関連性がある。それっぽいコマンドを試すしかない。
「イグジット……終了、エスケープ、パワーオフ、ホーム」
「え? 何急に怖いんだけど……」
「どうした?」
「あ、いや、多分俺の場合それっぽい言葉で元に戻るんじゃないかって」
そうだった。それはそうだ。知らない人からしたら自分のコマンドはただの独り言にしか聞こえない筈だ。もっと早く気付くべきだった。
目立つのは慣れていないのにこの仕打ち。明らかに可哀そうな物を見る目がこちらに向けられている。そんな中、今からまた適当な言葉を試さないといけない……何だこの状況は? 罰ゲームか? このままでは余裕で黒歴史になってしまう。
「何で口に出せば戻るって思ったんだよ?」
「えと、多分俺のってビデオゲームっぽいヤツなんですよ。戦ってた時もそんな感じだったので」
「ほーん、ゲームね。じゃあポーズとかか?」
「あー、ポーズ?」
不良の男からの思わぬ助け舟にそのまま「ポーズ」と発声した瞬間、身に着けていた黒いコスチュームが一瞬にしてパーティクルを放ちながら消えていった。自分の体を見てみれば、学校の制服へと綺麗に元通りの状態となっていた。
ポケットを触ってみれば、壊れたと思っていたスマホが綺麗に収納されているのが分かった。どうやら変身している間は、収納している物ごと身に着けている服は何処かへ消えるみたいだ。
「も、戻れた……」
「か、カッケーお兄さん!!」
「何か俺達のとちげーな」
ひと悶着あったが、何とか変身も解けた。これで一件落ちゃ……そういえばまだ話し合いが終わっていなかった。これからどうするか話し合わないといけない。
あ、まずは感謝か。
「あの、ありがとうございます。おかげ様でした」
「ん? おぉ気にすんな」
不良の男はそれだけ言って皆の方へ体を向きなおした。早速話を進めようとしているのだろう。第一印象はアレだったが、思いの他イイ人なのかもしれない。
「さっきも言った通りだが俺は反対だ。ただの後始末なんざ納得できねえ」
「私も反対。あんたらの事あんま信用できてない」
不良の男と金髪女子が反対の意を唱えた。
「俺は断然、賛成です!!」
「わ、私も、人数が多い方がいいと思います!」
兄と意見が合っていないのが不思議だが、少年と不良の妹は賛成派みたいだ。
「……俺も賛成だ。チームとは言わないにしろ、協力はあった方がいいと思う」
更に追い打ちをかけるように茶髪の男が肯定的な意見を出した。実際にSと会話していたのは彼だし、信用に値すると判断したのだろうか?
「ガキとココアはいいとして、お前はそこの宇宙人を信用するってか?」
「そこはまだ分からない。だが協力するに越した事は無いと思う。そもそもの原因をよく知っているのはSだ。俺は人助けの為に、Sが握っている情報が欲しい」
「……ケッ、そうかよ」
不良の男はそれだけ言って、更に噛みつく事は無かった。妹が賛成派だからとも思えるが、恐らく別の何か信条的な理由があるようにも感じる。少し見直したからだろうか? 赤の他人である自分の目に、そう映った。
「君はどうする?」
とうとう自分の番がやって来た。しかし、考える時間はあったものの、自分はその判断を出来ないでいる。
正直、事態解決を目指す上では、Sと協力する他ないとは思う。これからランダムに出現するであろう怪人を相手するには少しでも情報が必要だし、自分にはその情報収集能力が無い。Sは、ここに居る6人の居場所を突き止め、この場に呼び出した。きっと何かしら情報に精通する能力を有しているのだろう。これは怪人退治において、かなり有用な力だ。
……そう理性は判断している。だが自分の感情の方の話をさせてもらうと、あまりこの提案には乗りたくない。Sが何故こんなにも協力的なのか未だに分かっていないし、これは恥ずかしい話だが、まだ戦う決心を着けられていない。今度は無事に済まないかもしれないと考えるだけで、腰が抜けそうになってしまう。
――そもそも、自分に選択肢なんてあるのだろか?
「お、俺は――」
「――話し合いの最中すまない」
自分が意見を口にしようとした所で、静かだったSが言葉を遮った。
「第2波が来た。出動だ」
何を話そうとしていたか忘れてしまうくらいの衝撃だった。つくづく未だ自分は現実を見ていないのだと思い知らされる。
もはや自分は何が正解か分からないでいるが、これだけは分かった。
いよいよ、ヒーローの出番らしい。
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