第9話

私の生い立ちはこれくらいにして、そろそろ私にも変化の時期は来る。

中学、高校とそんな感じで引きこもって過ごすことが多かった。

たまに学校に行って、話するくらいの友人が少しだけできて後は何も変わらない毎日。


ただ、SNSというものを教えてもらって利用し始めるようになった。

最初は現実の友人間でだけだったが、そのうちネット上で知り合っただけの人ともくだらない話をするようになってきた。

そんな時


『本当は人が苦手なんじゃないですか?無理して明るく振る舞わなくてもいいと思いますよ。』


そんなリプを見つけて、身体中から変な汗が止まらなくなった。

この人には全て見透かされているのかも知れない。

そういう考が頭の中をよぎっていた。


SNS上のくだらないリプ。

ただ適当な事を書き込んでいるだけかも知れないのに、なぜか本質をついてくる続きがその後にも続いた。

『明るい文章ですが、貴女がとても傷ついている気がします。』



後に聞いたら何と無く感じていただけで、私の気を引くための手段だったのだとか。

それでもその人の言葉は胸に深く刺さった。


それからその人とのやりとりは始まった。

ネット上では男性恐怖症なんてどこに行ったんだかと言うくらいに普通に会話は続いた。

その人の好きなゲームの話。漫画やアニメの話、いつか話してくれた話題は昔声優を目指して養成所にいたとか。

そこまでお互いの話をする時にはもう、電話をするようになっていたのだけれども、声優を目指していたから落ち着く声をしているんだと納得できた。

明るく、前向きでこの人の事を嫌いな人なんて世の中にいるんだろうか?

って思うほど優しい人だった。


でもそれは私が真っ当な状態の時の事。

陽性症状が出る時は、姉に頼んでスマホを隠してもらうようにしていた。

こんな姿を知られたくない。ただそれだけの思いだった。


この頃から彼を意識していたのだろうか。

ずっと過眠症だからと誤魔化し続けた。

この人は、私が暴れると言ったらどうするのだろうか?

母のように逃げ出すのだろうか?

姉達のように私のいないところに逃げて放置するのだろうか?

もしもだけれど、そう言う事をされると心が壊れてしまうような気がした。

だからずっと黙ってた。

でもいつしかひ2人の距離は少しずつ縮まっていき、私たちは外で会う時がきてしまった。


その日は不安なんか吹き飛んでしまい、朝から大忙しだった。

私の洋服をあれこれ選び、化粧までもしようとしていたので、それは丁重にお断りした。


なんで怖い男の人に会うだけなのにこんなにもおしゃれしているんだろう。

何でこんなにソワソワするんだろう。

姉達に上か下までおもちゃにされてしまって、とても恥ずかしい格好で家を出たのを覚えている。

待ち合わせ場所に着いてから、無性に自分の格好が気になってきた。

普通にデニムとTシャツを着れば良かった。

だんだん恥ずかしくなり一度家に帰ろうとした時、


「雛子さんですよね?」

そう、一度だけ写真を送っていたのですぐに分かっていたみたいだった。

「ぁ…」


ビックリした。

見上げるくらいに大きな人。

体格では無くて身長。

187㎝もある人だった。

145㎝も無い私が横に並ぶとまるで小さな子供だった。

とても釣り合わない。

恥ずかしくて恥ずかしくて逃げ出したかった。

その時


「思っていた通りの可愛い人で良かった。

俺なんか横に並んだらただのウドの大木だから、釣り合わないかも知れないけど

今日はよろしく。」

気恥ずかしい格好をしてきて良かったと少し思ってしまった。

それからいつも通りの楽しい話題。


私たちが付き合う事になるのに時間は掛からなかった。

それから何回かデートをして。

私が男性恐怖症だと打ち明けるのに時間は掛からなかった。

理由も聞かずにいてくれて、いつも優しく微笑んでくれた。


手を繋ぐのに半年かかって、それからは何も無くて、でも何も言わずに側にいてくれる。

このままじゃいけないような気はしていたけど、これからどうしたらいいかも分からない。

自分が情けなくなって辛くて、別れた方がいいかも知れないとも思っていた時にこう告げられた。


「俺は雛子と結婚をちゃんと考えてるよ。でも何も焦らなくていいから。

言いづらいことは、言いたくなった時に言ってくれたらいいから。」


決心はついた。

だからその日は無理やり彼氏の碧の手を引っ張ってホテルに連れて行った。

当然、碧はビックリして足が止まる。

背の高い人ってなんて重いんだろう。

一生懸命部屋まで引っ張って行って。

そこで幼少期の全てを話した。

…統合失笑症の話だけを隠して。


碧はただ黙って頭を撫でてくれていたが、いきなり私を抱き抱えてベッドに連れて行った。

「俺がちゃんと怖くなくなるようにしてあげるから。

雛子の事最後まで面倒見るから。」

それは碧の精一杯の誠意だったのかも知れない。

でも私はその時、やっぱり男の人って勝手だなぁと思った。


でも碧は本気で私を幸せにしてくれようと思ってくれている。

だから我慢できるはず。

いつかちゃんと受け入れる事もできるのかも知れない。

だから我慢した。

ただ痛いだけだったけど。


でも、また男の人を受け入れようと思う日が来るとは思わなかった。

本当に嫌で逃げ出したいと思う気持ちはあるけれど、それでもこの人の側に居たいと思ったので、最後まで我慢することができた。

彼氏なんて一生いらない。

そう思い続けていた私が初めて男の人と向き合うことができた日だった。

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