第7話

心理学で性的なものを表す物質は、水だと聞いたことがある。

それは私にとって恐怖を表す単語。

私の情交というものはいつも水という苦痛で結びついていた。

溺れ、息ができなくてもがき、苦しみ、息を引き取る寸前で水から顔を引き上げられる。

髪は鷲掴みにされて、私が抵抗できなくなるまで何度も何度も。

私にとって水とはそういう驚怖を表す物質だった。


幼稚園に上がる前、その当時同居していた従兄弟の優しいお兄ちゃんに

レイプされた。


まだ女として身体が出来上がっていなかった私は、激痛に耐えきれずに号泣した。

何とか逃げようと足掻き、お兄ちゃんを爪で引っ掻き、噛みついた。

そして私の行動に怒ったお兄ちゃんは、髪を鷲掴みにしてお風呂場に私を引きずって行った。

浴槽の蓋を開けて、私の頭を完全に水になっている湯船に浸けて。

永遠と思われる間頭を押さえつけていた。

泣いて許される。

そう思っていた私は、必死に謝りながら泣き叫んでしまっていたので大きく口を開けていた。

だから口の中に大量の水が入り込んできて、すぐに酸素の限界は来た。

そうして息が限界まで苦しくなった時、お兄ちゃんの腕に必死にしがみついてもう無理だと訴えた。

だが、私の頭は更に浴槽の奥深くまで沈められた。

そして気がついた時はお兄ちゃんのベッドの上で、また同じ行為が繰り返されていた。


それが私の物心ついた時からの記憶。

それから逃げようとすると殴られ、蹴られ、いつも風呂場に連れて行かれる。


何故そうなったからだと問われれば、姉妹の中で私が末っ子で幼かった。

姉妹の中で一番小柄で背も低かった。大人しかった。

ただ、それだけの理由だったのだと思う。

中学生の従兄弟からすれば、いちばん運びやすくて言う事を聞きやすい。

ただそれだけで、幼少の頃からの私の人として女の子としての尊厳なんてものは踏みにじられてゴミ箱に捨てられてしまった。


お陰で私は今でも顔に水がかかるだけで怖くて大声を出して暴れ回ってしまう。

性的な行為に対して拒絶反応を起こしてしまう。

男性が怖くて、傍によるだけで体が震えてしまう。

身体と心にそれらの恐怖は刻み込まれてしまっていた。


小学校の時だった。

修学旅行で海が近い場所に行き、自由時間の時に皆んなで海に行こうという提案が出た。

もちろん水がある場所には近づきたくなかったけれど、引っ込み思案で学校を休みがちだった私に発言権は無く、皆と共に海岸へ向かった。


ただの子供の悪戯。

砂浜で1人佇む私に、友人達が手のひらで汲んだ水をかけた。

悪戯でもなかったのかもしれない。

私も仲間に入れて遊んでくれるつもりだったのかもしれない。

でもその海水が少しだけ顔にかかった。


私は半狂乱になり、泣き叫びながら暴れ出した。

子供の力数人でも取り押さえるのが無理なくらいに暴れ回った。


近くにいた大人が4人がかりで私を取り押さえて、病院に搬送された。

鎮静剤というものを打たれて、言われたことは水恐怖症。

当然の結果であった。


ただ、恐怖であれなんであれ、友人を殴って暴れ出した。

というのは周りからイジメられる当然の理由だった。


水恐怖症だから。

水が怖いから。

従兄弟に犯され続けて浴槽に頭を沈められ続けているから。

小学生にそんな理由を言ったところで誰が理解してくれようか?


イジメはだんだん酷くなって私は学校に行かなくなってしまった。

かと言って家にいると、従兄弟に毎日のように虐待を受ける。

母親も姉達も叔父さんも誰も彼も知っているのに助けてくれない。


生きるって苦しいんだな。早く死にたい。


そう思って手首を切ると心療内科に連れて行かれた。

家族は水恐怖症でうつ病という診断結果を待っていたが、実際に聞かされたのは

『統合失調症』という聞いた事がない病名だった。



統合失調症

幻覚・妄想などの代表的な症状が見られる。

不眠、不安、神経過敏、身体症状などが現れることがある。

陽性症状と陰性症状に分けられる。

・陽性症状:幻覚、妄想、精神運動興奮、混迷など

・陰性症状:抑うつ、無気力、引きこもり、倦怠感、感情の平板化など



原因は不明との事だった。

原因なんか一つしかない。

でも母と叔父はワカラナイと繰り返していた。

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