第3話

それからしばらくはうざい学校なんか行かなくてよくて、

グループホームには居座れないので

蒼志のマンションでのんびり過ごしてたりしてて、

蒼志が帰ってきてから一緒にご飯作って、くだらない話で2人で笑って。

そんな普通に楽しい日が続いてた。

このままこんな日がずっと続けば良いのにって思ってたんだけど、

神様ってやっぱり意地悪なんだって改めて思った。



いつもより早くチャイムが鳴ったから、今日はちょっと手間のかかる料理を2人で作ろうと思って、

餃子を2人でいっぱい包んで冷凍分も作ってスープとかも作ろうなんて思ってたんだけど、

カメラを見た途端に血の気がひいた。


…でも絶対には逆らえなくて慌てて玄関のドアを開けてその人物を迎え入れた。


「ママ…なんでここにいるの?」

「それはこっちのセリフよ?あなた担任と同棲しているの?」


ママの顔がまともに見れないほど怖い声だったから、俯きながら小さい声で

「ごめんなさい。」って呟き続けた。


そしたら髪の毛を掴まれてそのまま玄関の壁に叩き付けられた。


「すぐに用意しなさい。帰るわよ。」

そう言われてすぐに用意をして身支度を整えた。

餃子、作っとけば良かったな。

そんな事を考えて蒼志のマンションを後にした。



家に帰ると部屋には簡易トイレが置かれていて、外側に大きな南京錠が付けられていた。

今までどれだけ怒られたとしても、ここまでされたことは無かったのに…


「ママ、これって…」

嫌な予感がして向き直ると、思いっきり頬を叩かれた。


「あの担任に二度と近づいたらダメよ?

ママが言う事分かるわよね?

あそこにも二度と近づいちゃダメよ?

でないとー」


腕が大きく振りかぶられる。

バチンと大きな音がした。


「ごめんなさい!もう二度と行かないから!ごめんなさい!」


ごめんなさい。ごめんなさい。

そう呟き続けて腕で顔を庇った。


「分かったならこの部屋に入ってしばらく反省しなさい。」

扉が閉まる音。重そうな鍵がドアにぶつかる音。


そうして私はまた孤独になった。



一日に二度、食事とペットボトルの水、それと水が張った洗面器が持ってこられる。

それが一週間後くらいには一日に一回になっていた。

ママが段々と面倒になってきているのが分かった。


それから。

それからママの代わりにあの男が来るようになった。


そしてまたいつも通り。

何も感じない。何も考えたくない。

思考は段々と停止していった。




家に帰ると日菜は居なかった。

しまった!そう思った時は既に遅い。

あいつに限っては、俺は担任という立場は利用できない。

ただそのまま放置できることなんて事もなく、

何度も家に通ったが誰かが中にいるような気配もしなかった。

日菜が自由なら居留守なんて使う事はできない。

家にいないのか?

そうも思って以前居たグループホームにも連絡をしたが何も情報は無かった。

何もできない自分が不甲斐なく思ってた時その連絡は来た。




あれからどれくらい経ったのか分からない。

でもなんとなく最近熱っぽい。

体がだるい。この感覚は覚えがあった。

でも何も言わなければバレないと思ってた。

あの時バレたのは蒼志だったからだと思ってた。

だって他の人にはバレてなかったんだから。

それにママの彼氏と一緒になるのは絶対に嫌だったので、ずっと隠し通すつもりだった。


それがなんでバレたんだろう?


ママの彼氏に無理やり腕を掴まれて、車に乗せられてついた先は病院だった。

全身が震える。

逃げようとしたけど大人の男の人の力って強くって、

無理やり診察室に連れて行かれた。

もう、絶対に殺さないって決めてたから力一杯暴れた。

看護師さんに検査するだけだからって何度も説得されて、

泣きながら無理矢理診察台に上げられた。


5ヶ月だと言われた。


エコー写真の赤ちゃんは、

この前よりも大きくて可愛いと思った。


調べてくれている先生に泣きながら赤ちゃんを助けてって言い続けてたのを覚えてる。

この辺りから記憶は混乱していて、

ママの彼氏が

「担任が」

「困る」

「関係ない」

「なんとかして下さい」

とか言っていた。


私はずっと泣き続けて疲れてて、体力もなくてベッドに寝かされて

なんとなく遠くで先生とママの彼氏の話を聞いていたんだけど、

意識が朦朧としてきた時に大きな手が優しく頭を撫でた。

顔を上げるとそこにはずっと会いたかった人がいて、

温かい手のように優しく笑いかけてくれていた。


それから蒼志は2人の元に向かってなぜか何度も頭を下げていた。

それからしばらくして私は、蒼志に連れられてまたマンションに来ていた。


玄関の前で足は止まる。


「あのね…ママにもう蒼志のマンションに来ちゃいけないって言われてるんだ。」

「そうか。でももう大丈夫だから気にすんな。」

「でも…」

「…日菜。家に帰りたくないだろ?」

「うん…」

「じゃあ俺と結婚するか?」

「え?」

「結婚だよ。分かるだろ?」

「なんで?」

「それは…日菜が好きだからに決まってる。」

蒼志が?私を?

しばらく呆けてしまってたけど、大事なことを思い出した。


「ダメだよ…私また赤ちゃんいるから。ママの彼氏の赤ちゃんなんだけど…」

「その赤ちゃんの父親に俺がなるのは無理か?」

「え?あれ?蒼志が赤ちゃんのパパになれるの?」

「ああ、なれるよ。だからー」

「する!結婚する!!」

「赤ちゃんのためだったら即断だな。」


蒼志が笑う。

「違うの!赤ちゃんのパパが蒼志だったらいいなって思ってたの!」

「そうなのか?」


「うん!ねぇ、響のパパにもなってくれる?響も絶対に蒼志にパパになって欲しいと思う!」

「そうかな?」

「私はお母さんだから分かるんだ!だから蒼志と結婚したい!」


「結婚してくれるのか?」

「うん、私も蒼志と結婚したい。ありがとう!」


そう言うと、蒼志は今まで見たことがないような優しい笑顔で

「バカ、礼を言うのは俺だよ。日菜ありがとう。これからよろしくな。」


私もよろしくって言おうと思ったんだけど、なんだか照れくさくなってなぜか俯いてしまった。

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