第1話

綺麗な青空、ここは都内某有名高等学校の屋上。

安全対策のために張り巡らされたフェンス。の外側。

そこの校舎の端に座る少女。

遠くの一点をずっと凝視している。

頬には涙の跡。

胸まである髪は風になびいている。


この場所はいつも優しい。

この世界はここにいる時はいつも優しい。

だから大丈夫。

今回は大丈夫。

そう自分を励ましていると後ろから声をかけられた。

「そこはいつも危ないって言ってるだろ。」

咥えタバコで怠そうにタバコに火を付けて

「ほら、腕を掴んでてやるからこっちに来い」

「大丈夫、いつも1人でも上がれてるし。」

「上から飛び降りるのも慣れてるし。」

笑いながら答える。


「平気でも万が一って事もあるからな。」


「でも腕痛くなる。」

「ならないようにちゃんと掴むよ。」

「蒼志ってたまに嘘つくから…」

「つかないつかない。ほらさっさとする」

フェンスに近寄ると、器用にフェンスの向こうから指だけを通して腕を掴まれる。

やっぱり少し痛い。

一番上に辿り着いた時。

「ほら、飛び降りろ。」

両手を広げて受け止める準備をして待ってくれている。

いつもの通りその腕を目掛けて飛び降りてこの人に受け止めてもらう。

「あそこは何度も危ないって言ってるのに、お前は絶対に言う事聞かないよな。」

呆れた声でそう言って受け止めた私の頭を撫でる。

優しい目をしてるのに口はちょっと悪い。

「なんかあったら俺の責任だっていつも言ってるのにな。素行不良少女。」

「別に悪い事して無いのに。」

「飛び降りようとしている。って通りがかった人が通報したら大変なんだよ。」

「飛び降りないのに?」

「飛び降りなくてもそう感じる人はいるんだよ。」

「そうなの?」

「ああ。」

「ふーん。」

少女はその返事に興味なさそうにフェンスの向こうに視線をやる。

「それよりね!」

「ママがやっと一緒に暮らしてくれるって言ってくれたの!」

「そうか、それは良かったな。」

男は笑顔で答える。

またか。

内心はそう思っていたけれど、男は表情には出さない。

「今度こそやっと一緒に住めるの!ただ、ママの彼氏も一緒なんだけど…」

一瞬、男は無表情で目を逸らした。

そして少女に笑顔で向き直り、

「じゃあ、今度は3人で住むんだな。引っ越しは車出してやるよ。

いつなんだ?」

「えっと…」

少女は嬉しそうに日にちを告げる。

「でも、荷物はそんなに無いのに…優しいねありがとう。」

「別に構わないよ。ただ、もうそろそろ先生って呼べ。」

持っていたライターの底で少女のおでこを軽く押す。

「蒼志だって私の事を日菜って呼び捨てにするじゃん。おあいこだよ。」

そう言って日菜は屈託なく笑う。

「そうだな。

…そろそろ次の授業が始まるぞ、たまには授業に出ていけ。」

「そうだなー。今日は気分が良いから教室に行って来る。じゃあまた後でね。」

ああ。と返事をして男は日菜に背中を向けて階段を降りて行く。


またか、またなのだろうか。

少女はこれからまた辛い道を歩くのだろうか。

自分は今度こそ彼女を守る事ができるのだろうか?

空に向かって紫煙を吐き出す。

神様というものが存在するなら。

今度こそ何とかしてくれ。

もうあんな顔は見たく無いんだよ。

そう願い、深く目を瞑り彼は祈る。



ここで彼女について少し話をしよう。

彼女は幼少の頃、母親から虐待を受けていた。

ネグレクト。

何ヶ月も放置されていた彼女が発見された時は、骨と皮だけで極度の栄養失調で入院を余儀なくされた。

母親が引き取りに来た時にはほぼ完治していたが、児童保護法で少女は祖父母の所で過ごすようになる。

彼女が中学3年の時に祖父母は交通事故で他界。

その後母親と暮らすが、ソリが合わなく現在少女はグループホームに居住を移している。

それは高校一年の時であり、母と暮らしたのは数ヶ月だけである。

幼児期の頃の食事の影響か、先天性のものか彼女は発達障害、軽い知的障害だと診断された。

これは担任の三条 蒼志が病院に連れて行った時に露見した。

朝比奈 日菜の状態は対人は困難という見解はあれど人より理解する力は少しだけ乏しいけれど普通高校に通ってもよいレベルである。

という結果だった。

毎日一生懸命に人に話しかけて勉強する姿がい伺えた、。

それでも勉強からも友人からの距離は離れていっている。

担任として見ていても空回りしているようにしか見えなかった。

それから数ヶ月後に状況は日菜の姿を教室で見かけることが段々と少なくなっていった。



彼女が学校を出て向かった先はガールズバーと言われる場所だった。

コンセプトカフェ。

底で週に3日ほどバイトしている。

もちろん未成年なので飲酒はしない。

笑顔でお客さんの話を聞いて、聞かれた事に答えてそれだけだが、何となく楽しく感じた。

ここでバイトするきっかけは、

「一緒に住むなら家賃くらい家に入れなさいね。」

そう言った母の言葉だった。

今日も時間まで働いて裏口を出ると担任がいた。

「また来たの?1人でも大丈夫って何回言ったら分かってくれるかなぁ…」

「危ないとか危なくない以前に、こんな時間にこんな所にいたら補導されるって何回も言ってるだろ?」

「それも大丈夫なんだけどなぁ…」

「バイトを許可した条件なんだから黙って車に乗れ。」

そう言って担任は歩き出す。

確かに高収入のバイトしたいって言って許可を出してくれた条件だった。

でもこう、毎回迎えに来てもらうと申し訳なくなる…

なんでいつもここまで世話を焼いてくれるんだろう?

そう疑問には思うが、亡くなった祖父母を少し思い出して頬が緩んだ。

おじいちゃんとおばあちゃんも何かと世話を焼いてくれたし、優しかった。


車内ではいつもその日のバイト先での出来事や、それに対してどう思ったかなど聞かれた。

楽しい事もあったが嫌な事を言うのは初めは辛くて、黙ったままだった。

でもなぜかこの男に話すと気持ちが楽になっていた。

だから最近はなんでも話すようにしている。


ただ、今日は…

途中から思い出して口をつぐんだ。

「どうした?黙り込むなんて珍しいな、何か辛いことでもあったのか?」

そう聞かれて何となく言葉を濁してしまった。

「そうか、久しぶりに何かあったな?別に怒ったりしないし楽になるから言ってみろ。」

笑顔でそう言われたので、そうだなと思って今日の出来事を口に出した。

「実は…バイト先にママの彼氏が来たんだ。私とも仲良くなりたいって。」

「優しい人だと思うんだけど…なんか気持ち悪かった。」

そう言って横を向くといつもと違う険しい顔。

言わなきゃよかったのかもしれない…そう後悔し出していると、何かを考えているような感じで

「気持ち悪いって思うような何かがあったのか?」

そう聞かれた。

質問はされているのだが、脳裏には先程の険しい顔が離れない。

「ごめん、言わなきゃよかったね。」

後悔して口に出すと

「そんなことは無いよ。何でも話せって言ってるのは俺なんだから。

怖い顔でもしていたか?ごめんな。気にしなくて大丈夫だからな。

それで何で気持ち悪かったんだ?」

「握手しようって手を握られたんだけど、それが気持ち悪かっただけ。

おかしいよね?これから仲良くしていかなきゃいけないのに、握手するのが気持ち悪いって…」

蒼志は黙ったままぽつりと話し出した。

「性格とか相性ってのもあるが、日菜は時々人を見る目がす鋭いところがあるからな。

多分そいつの性格が悪いのかもしれないぞ?」

「え?でもママの彼氏だよ?」

「ママも気づいてないのかもしれないだろ?」

「…そうしたらママはその人が悪い人だって気づいてないの…?」

「…ママは大人だからな。今は気付いてなくてもすぐに気付くだろうから心配はしなくても良いと思うぞ?」

「でもママにちゃん言ったほうが…」

「大丈夫だよ。俺から言っておくから。」

そう、本当に言っていればこんな事にはならなかった。

後悔しても遅いが、なせ別の選択肢ができなかったのか?

こんなことになるのなら。

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