第9話 ゴンゾウの罠
教室に現れたゴンゾウと仲間達を見て、第二王女シャルロットとその騎士アザエルは表情を消した。失望と怒りが顔に現れないように。
ゴンゾウは相変わらず裸足で教室に入り、犬、猫、ヤギ、馬、オークが続く。
「多様性」を訴えていたインテリ貴族が席に着いたゴンゾウ達を見て不思議そうにした。気になって仕方がないのか席を立ち、教室の後ろに向かって歩く。
「ゴンゾウ君。仲間が一人足りないようだけど、どうしたの? 確か、ゴブリンがいたと思うけど……」
インテリの言葉にゴンゾウは悲し気な表情を作る。
「昨日の晩、校庭で見つけた肉をめぐってオークタヴィアヌスと喧嘩になってしまって……。ゴブリエルは頭を強く打ち……帰らぬ人に……。俺がもっと早く止めていればこんなことにはならなかったのに……」
ゴンゾウは涙を流そうとして「フンッ!」と踏ん張るが、涙腺とはそのような仕組みになっていない。ただ顔が赤くなるばかり。その様子を見て、インテリ貴族は「二人の喧嘩を止められなかった自分に怒りを感じている」と考えた。
「ゴンゾウ君……。そんなに自分を責めることはないよ」
インテリの言葉に、ゴンゾウは虚空を見つめて叫ぶ。
「肉が沢山あれば……!!」
「ウォンウォンウォン!」
「ニャーン!」
「ヒヒーン!」
「メエメエ!」
「ブイブイブイ!」
仲間達もゴンゾウに続く。そこに、ゴブリエルの声はない。
その様子を横目で見ていたシャルロットとアザエルは口元だけを軽く歪めていた。
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茜色の空は短く、夜はすぐにやって来た。校舎の明かりが消えると、王女学園は静寂に包まれる。
固く閉ざされた校門を越える影が二つ。闇に紛れるように黒いスーツに身を包んでいた。
月明かりが、燃えるような赤い髪をした女と頭に角を持つ男を照らす。
男の背にはパンパンに膨れたリュックがある。
二人は慎重に足を踏み出す。物音一つが命取りになるとでもいうように。
ゆっくり、しかし確実に。目的地へと近づく。
校庭にあいた穴は昨日と同じように二人を迎えた。
「……」
アザエルが足をピタリと止め、シャルロットに注意を促す。
何事かと、視線を漂わせる。
ボコッ。と校庭の一部が盛り上がった。そこには十字に組まれた木が立っている。墓標だ。
また、ボコッ。と墓の土が山となる。まるで、地中に眠る死者が地上に這い出てくるかのように。
アザエルは腰の短剣に手を伸ばし、墓標を睨みつけながら構える。シャルロットも右手に魔力を練り始める。
ボコッ。と盛り上がった土によって墓標が倒れた。いよいよ、何かが出てくる……!?
ドシャッ!! っと何かが地中から出てきた。しかし、それは墓標があったところではない。シャルロットとアザエルの足元だった。
地面から突き出た手が二人の足首を掴み、引き倒す。そしてその主は地中から現れると、二人を宙吊りにした。
「やめろ……!?」
「キャァァ……!!」
月光が照らすのはゴンゾウ。
野人は二人の身体を両手に持ち、宙にプラプラさせながら走り出す。
「おろせ!」
「いやぁぁ!」
二人はバタバタと暴れて対抗するが、ゴンゾウは物ともしない。そのまま校庭の端に行き、シャルロットとアザエルを地面へと放り投げた。
二人はまるで紙でも破るように、地表を突き抜け、ぽっかりとあいた穴へと落ちた。落とし穴であった。
「プリシア!」
ゴンゾウの声を合図に校庭が灯の魔道具で照らされた。プリシアと執事が駆けてくる。
「やったぞ! 獲物が落とし穴に落ちた!」
「ゴンゾウが無理矢理落としたんでしょ!! ただの実力行使じゃない!! 思っていた展開と違うわ!!」
プリシアの言葉にコンゾウは不機嫌になった。褒められると思っていたのだ。
ゴンゾウの様子を見て、執事が空気を変えようとした。落とし穴の底を灯りの魔道具で照らす。察したプリシアが照らされた二人を見た。
「えっ……シャルロットお姉様。それに騎士アザエルも……。二人は何故、夜の校庭に? まさか、毒入りの肉を仕掛けたのは……」
プリシアは顔を白くして言葉を震わせた。自分の姉が毒を仕込むとは考えていなかったのだ。意地の悪い貴族の仕業ぐらいに予測していた。
「毒? なんの話? 私達は今日教室でゴンゾウが『肉が沢山あれば……!!』と叫んでいたのを聞いて、差し入れにきただけよ?」
シャルロットが取り繕って語り、その横でアザエルがうんうんと頷く。
「差し入れ」の言葉を聞いて、ゴンゾウが鼻を引くつかせた。
「これは牛肉だな。しかも極上」
「……よく分かったわね? ゴンゾウと仲間達の為にわざわざ高級なものを買ってこさせたのよ? 穴から出して頂戴」
「こんな扱いをされるのは心外だ!」という態度をとるシャルロットとアザエル。執事は黙ってロープを落とし穴に垂らし、二人を地上へ引き上げた。
土を払う二人に執事が声をかける。
「今回はゴンゾウ殿が大変失礼しました。しかし、昨日毒入りの肉が仕掛けられたのも事実。お二人の無罪を証明した方が、わだかまりが残らないと考えます」
穏やかな口調だが、執事の視線は鋭い。二人を毒入り肉を仕込んだ犯人だと睨んでいるのだ。
「失礼ね! まるで犯人扱いじゃ──」
「毒味も騎士の仕事です! 今日、お二人が待ってきた牛肉をアザエル殿とゴンゾウ殿が味見するのはどうでしょう!?」
強い口調での提案であった。「逃がさない!」という意思が感じられた。
「うん? 肉を食えばいいのか? お安い御用だ。アザエルもいいよな?」
ゴンゾウはアザエルが背負っていたリュックを指差す。
ここで断れば、アザエルは騎士としての振る舞いを放棄したことになる。そのような外聞が広がるのは不味い。それに、アザエルの種族は魔人。毒には耐性がある方だった。
シャルロットとアザエルが一度目を合わし、頷きあった。
「いいだろう。牛肉を毒味してやる」
リュックから肉の包を一つ出すと、アザエルは手早く開いてゴンゾウに差し出した。
掌より大きなステーキ肉をつまむと、ゴンゾウは生のままペロリ。「噛まなくても舌の上でとろける!」と上機嫌になった。
その様子を見て、シャルロットの顔が強張る。大型モンスターでも即死させる程の毒が仕込まれているのだ。「ゴンゾウは何者なのか?」と額から汗を流した。
「さぁ、次はアザエル殿の番ですぞ?」と冷たい執事の声。
「あぁ。流石に生はなぁ。シャルロット。火魔法で炙ってくれないか?」
「もちろんよ。任せて」
素早く魔力を練り上げると、シャルロットは手のひらに青白い炎を現出させ、アザエルが持つ肉をこんがりと焼き上げた。よく焼きだった。
香ばしいかおりの中、アザエルは肉を手に取り恐る恐る一口食む。
途端、その身体が硬直した。ガタガタと震えるのを必死に抑えるように。
「どうなさいましたか?」と執事。当然、アザエルの異変には気がついている。
「……美味い肉だと思ってな……」
「それでしたら、もう少し召し上がったらどうでしょう?」
「それには及ばぬ。既に夕食は済ませてきたからな……」
言い終えた頃には、アザエルの顔は真っ青になっていた。
「もう満足したでしょ? 私達は帰るわね」
シャルロットはアザエルの肩を抱くようにして、歩き始めた。しっかり、肉の入ったリュックは回収しながら。
シャルロットに支えられながら歩くアザエルの背中をみながら、執事はポツリとこぼす。
「プリシア様。勝ちましたね」
「……そうね。でも、悲しいわ。お姉様に命を狙われるなんて……」
プリシアの頬に涙が伝う。ゴンゾウがいつかのハンカチーフを取り出し、それを拭った。そして言葉を紡ぐ。
「サバイバルではいつ、何から命を狙われるかわからない。だから強くなるしかない」
微妙に的外れだったが、プリシアの心には響いた。
「私、強くなるね! そして、女王を目指すの!」
プリシアの決心を聞き、執事は満足気に頷いた。
そして、校庭に別の足音が響く。
ゴブリエルがアンデッド化し、地中から這い出していたことに三人が気付くのはもう少し先の話だ。
無人島育ちの野人、乙女ゲー世界に転移する。学園ファンタジーなのに校庭でサバイバルして世界観をぶち壊す! フーツラ@発売中『庭に出来たダンジ @futura
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