第6話 ゴンゾウの穴

「ゴンゾウ! 聞こえているの!? いい加減、自分で起きてよ!!」


 王女学園の校庭の穴。生徒の間では早くも「深淵」や「ゴンゾウダンジョン」と呼ばれ始めたホラースポットに向けて、第三王女プリシアは怒鳴る。


「おかしいわね……。こんなに叫んでも反応がないなんて……」


 プリシアが眉を下げて困っていると、執事が眉間に皺を寄せて語る。


「プリシア様。もしや、ゴンゾウ殿は穴の中で死んでいるのでは?」

「えっ……!? そんな不吉なことを言わないでよ……!!」

「昨日の夜。ゴンゾウ殿は森へ向かった筈です。夜の森には夜行性のモンスターが闊歩していたことでしょう。いくら屈強なゴリラ、いえ、ゴンゾウ殿といっても怪我ぐらいはする筈。毒蛇の類に噛まれでもしていたら……」


 不安になり、プリシアは瞳に涙を溜めた。


「爺。灯を出して。中にはいるわ」

「承知しました……」


 執事はズボンのポケットから灯の魔道具を取り出し、穴の中を照らした。入口は緩やかなスロープになっており、ヒールを穿くプリシアでもなんとか歩くことが出来る。


「……獣臭いわね……」

「……はい……」


 二人は穴の中を進みながら鼻をつまむ。


「ゴンゾウって、お風呂入っているのかしら?」

「校庭にある水道で頭を洗っているのは見ました」


 暗い穴の中でプリシアは顔を顰めた。


「今度、石鹸を持ってきましょう。上半身裸なのはもう仕方ないけど、臭いだけはなんとかしてほしいわ」

「『石鹸の臭いがすると狩りの時に不利だ。逃げられる』とか言いそうですね……」

「あぁ、言いそ──」


 雑談に花を咲かせていると、プリシアのヒールが何かを蹴飛ばした。それは穴の中を転がる。


「爺、照らして!」

「はい!」


 灯の魔道具が音のした方を照らす。それは──。


「どんぐり?」

「どんぐりですな」

「何故、どんぐり?」

「聞いたことがあります。どんぐりは食べられると。ゴンゾウ殿が森で拾ってきたのでしょうなぁ」


 プリシアはどんぐりを拾い上げ、興味深く見つめる。そして土を払うと、それを口に放り込んで噛んだ。きっと、ゴンゾウのことを理解しようと思っての行動だろう。しかし──。


「おえぇぇぇ! 苦い!!」


 プリシアは慌てて吐き出した。


「大丈夫ですか?」

「はぁはぁはぁ……。何故、こんなものをゴンゾウは食べているの? 全く理解できないわ……」

「もしかすると、我々と味覚が違うのかもしれません」

「あり得るわね……」


 二人は更に穴の奥へと入っていく。


「ここが、ゴンゾウのベッドのかしら?」

「そのように見えますなぁ」


 灯の魔道具が照らすのは、地面にただ敷き詰められた草だった。ちょうど人の形に凹んでいる。


「ゴンゾウ、いないわね……」

「まだ、穴は続いています。進みましょう」


 執事に促され、プリシアは更に奥へと歩いていく。二人は無言になり、ただ足音だけが響く。時間の感覚がなくなり、もう何時間も歩いているような気分になる。


「あっ! 光が見えたわ!」

「まさか、反対側も外に繋がっていたとは。たった数日でこのような穴を掘るとは……。とんでもないゴリラですなぁ」

「爺。ゴリラになっているわ。一応、私の騎士なのよ?」

「これは失礼しました!」


 光が見えたことで二人ははしゃぎ、歩みが早くなる。穴の勾配は徐々にきつくなるが力強く進んでいく。そして、ついに外へと出た。


「ここは……!?」

「学園の廊下ですな……。ゴンゾウ殿。まさか自分の巣と校舎を繋げてしまうとは。寝床を校舎の一部とすることで『朝九時までに校舎に入らなければ遅刻とする』という校則を回避しようとしたに違いありません」


 深読みである。当然、ゴンゾウは校則なぞ知らない。


「それより、そろそろ授業の時間じゃない? 私、急ぐわね」


 そういってプリシアはドレスの裾を持ち、小走りで教室を目指す。


 少し息を切らしながら、教室の前に立つ。扉を開けようと伸ばした手がピタリと止まった。中から、耳慣れない音、いや、鳴き声が聞こえたからだ。


「ウォンウォンウォン!」

「ニャーン!」

「ヒヒーン!」

「メエメエ!」

「ブイブイブイ!」

「グギャギャギャ!」


 教室を間違えたかと何度も見直すが、そもそも王女学園には一クラスしかない。


「大丈夫……だよね?」


 独り言ち、プリシアは引き戸を横へスライドさせた。そこで目に飛び込んで来たのは……。



 

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