第5話 周囲の反応

 第二王女の住む屋敷。豪奢な調度品が並ぶ寝室には激しく動く二人の影があった。


 授業の後のシャルロットの熱った身体を、アザエルが肉体的な奉仕によって鎮めていたのだ。


 シャルロットには悪癖があった。魔法を使った日の晩、必ず男が欲しくなるのだ。


「アザエル……!」


 褐色の肌に抱かれ、シャルロットは果てた。燃えるような赤い髪がベッドの上に広がる。


 アザエルはベッドに腰掛け、サイドテーブルに置かれた水差しで喉を潤していた。


 一息つくと、物思いにふけるような仕草をみせる。


「どうしたの?」


 放心状態から回復したシャルロットが起き上がり、ベッドボードにもたれ掛かった状態で尋ねた。


 魔道具の明かりが、その蠱惑的な肉体を照らす。


 しかし、アザエルは見向きもしない。鋭い目つきで、思考を続ける。


「アザエル?」

「済まない。考え事をしていた」


 その悪魔的に妖しい横顔に、シャルロットは見惚れていた。


「昼間のこと?」

「あぁ。ゴンゾウという男についてだ」


 シャルロットの顔が歪む。


「靴すら履かない野人。あんなのが騎士だなんて信じられないわ。まぁ、出来損ないのプリシアにはお似合いだけど」

「確かに、騎士には相応しくない。しかしあの怪力は厄介だ。侮ることは出来ない」


「うーん」とシャルロット。何かを思い付いたのか、急に顔が明るくなる。


「あの野人、その辺で狩った動物を食べているらしいの。食べ物に毒を仕込んで置いておけば勝手に死ぬんじゃない?」


 アザエルがシャルロットを見つめた。瞳が笑っている。


「はははっ! それは面白い考えだ。まさか騎士が拾い食いをするわけないからな。もし、それで死んだとしても、『ゴンゾウが騎士に相応しくなかった』だけだ」

「そうよ。あんなゴリラ、さっさと退場してもらいましょう。大型モンスターにも効く毒を用意させるわ」


 二人はケタケタと笑い、そして見つめ合う。シャルロットの瞳が潤んだ。そして手を伸ばす。


「アザエル……。もう一度」


 シャルロットがねだると、またアザエルは奉仕を始めた。



#



 第一王女の住む屋敷。


 その中庭では月光に照らされながら、剣舞を続けるグアリンとそれを見つめるエカテリーナの姿があった。


 金糸のように美しいグアリンの髪が煌めく。レイピアが銀光をもって、見えない敵を貫いた。


 残心。


 フウ。とグアリンが息を吐くと、緊迫した空気が溶ける。


「今日は随分と力がこもっていたわね。どうしたの?」


 エカテリーナが近づき、グアリンにタオルを渡した。汗を拭いながら答える。


「昼間、嫌なものを見たからだ」

「ゴンゾウのこと?」


 グアリンは顔を顰める。


「あぁ。かつて、私の住む街はゴリラのモンスター、シルバーバックの群れに襲われた。ゴンゾウが的を吹き飛ばした時、その時の記憶が脳裏に浮かんだんだ」

「ゴンゾウは、似ているの? そのモンスターに」

「そのものだ。あれは騎士どころか、人間かどうかも怪しい」


 嫌悪感を露わにしてグアリンは吐き捨てた。


「学園では武術大会も開かれるわ。ゴンゾウと戦う可能性もある」

「その時は私がレイピアであの野人の喉を貫いてくれよう」

「頼もしいわ」


 ゴンゾウを全く恐れないグアリンを見て、エカテリーナは微笑む。


「さぁ、部屋に戻ろう」


 グアリンはエカテリーナの手をとり歩き出す。


 いつもは氷の王女と呼ばれ周囲から恐れられているエカテリーナだったが、この時だけは乙女の顔をしていた。



#



 王女学園の講師バイオレットは修練場で魔道具師と一緒に唸っていた。


「一体、何があったんですか? 的がこんなになるなんて……」


 魔道具師の視線の先にあるのは、ゴンゾウによって破壊された的だ。元々は太鼓のような見た目だったのに、今はガワが残っているだけで中身は空っぽだ。


「第三王女の騎士、ゴンゾウが骨の剣で殴りつけたらこうなったんだ」

「何を訳わからないこと言っているんですか!? この的は十万ダメージでも壊れない設計になっているんですよ!? 骨の剣で壊れるわけないでしょ!!」


 魔道具師は興奮した様子で捲し立てる。


「いや、しかしダメージカウンターはゼロだったぞ?」

「えっ!? ちょっと見せてもらいますよ」


 的の外枠に取り付けられたダメージカウンターに魔道具師が近付き、工具を使って分解を始める。


 ダメージカウンターの蓋が外れると、「530000」という数字が見えた。


「えっ……ちょっ待ってください……」


 魔道具師が震え始める。「あかん……これはあかんやつや……」とボソボソと呟く。


「おい、どうした?」


 バイオレットは魔道具師の背後からカウンターを覗きこんだ。


「……!? 五十三万ダメージ!? どういうことだ!?」

「外から見えるのは四桁までだったんですよ……。まさかと思って蓋をとって見たら……第三者王女の騎士は、とんでもない化物ですよ。絶対に怒らせたら駄目ですね。国が無茶苦茶になってしまいます……」

「学園長に報告する……」


 そう言ってバイオレットは魔道具師を残し、修練場を後にした。その脚はガクガクと震え、なかなか思うように進まなかった。

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