第2話 入学式

「お願いします! 服を着てください」


 王女学園の校庭の端に突如現れた穴。それはゴンゾウが住処とすべく掘ったものだった。


 その穴の入り口で、プリシアと執事が困った顔をしている。


「服は着ない。海の中で動きが制限されてしまう」


 穴の中から声がした。ゴンゾウだ。


「学園の中に海はないので大丈夫です! だから服を着てください!」


 プリシアは必死だった。自分が召喚した騎士が全裸で入学式に出ることを想像し、半狂乱になりかけている。


「それは潮が引いているからか? 満潮になればわかるまい?」

「海ないの! 本当にないの!!」


 あまりの剣幕に、ゴンゾウは穴の中から出て来た。当然、裸だった。


「お願いします! ズボンだけでもいいので、穿いてください!」


 プリシアと執事が頭を下げた。ここまでされると、ゴンゾウも考える。


「わかった。ズボンだけだからな? 見せてみろ」


 ゴンゾウの言葉に、執事はすかさず衣装バッグからスラックスを取り出した。ゴンゾウはそれを受け取ると、広げてじっくりと見る。


「動き辛そうだな……」

「いえ、そんなことは」


 執事が否定するが、ゴンゾウの考えは変わらない。


 左手で股上部分、右手で股下部分を持ってむずと引っ張る。


 ビリビリビリ! と生地が破ける音がした。再び広げると、スラックスは半ズボンになっている。


「これぐらいなら、下草に裾が引っかかることもないだろう」

「……式典会場に草は生えていません……」


 プリシアは呆れるが、ゴンゾウはお構いなしだ。


「入学式は何時からだ?」

「十時から。あと一時間後です」


 校庭に立つモニュメントクロックを指差しながら、プリシアが答えた。


「わかった。遅れないように行く。安心しろ」

「はい……。お待ちしてます」


 プリシアの言葉を聞くと、ゴンゾウは穴の中へと引っ込んでいった。



#



 式典会場は王女学園の中でも最も格調高い施設だ。床には黒い大理石が敷かれ、シャンデリアの光が反射している。


 間もなく、王女学園の入学式が行われようとしていた。


 参加者は第一王女エカテリーナ、第二王女シャルロット、第三王女プリシア。そして高位貴族の子息子女たち。


 王女学園という名前だったが、そこに通うのは王女だけではなかった。公爵家をはじめとする高位貴族が自分の派閥の王女を応援する為に子供を送り込むのだ。


 その為、会場の中は三つの塊に別れていた。一番大きいのは第一王女エカテリーナの派閥。次に大きいのは第二王女シャルロットの派閥。


 最後は第三者王女プリシアの派閥。ただ、プリシアに関しては派閥と言えるものではなかった。ポツンと会場の端に執事と二人で立っているだけ。


「ねえ、爺。まだゴンゾウは来ないのかな……。もうすぐ、入学式が始まってしまうよ……」


 プリシアが執事に不安を漏らす。


 その様子を見ていた第二王女シャルロットが赤い髪を靡かせながらやってきた。イケメン騎士を連れて。


「あら? プリシア。貴方は何故、一人なの? まさか、異世界から騎士を召喚出来なかったとか?」

「……いや、ちょっと」


 燃え上がるような赤い瞳でシャルロットはプリシアを挑発した。


「へぇ。この子が第三王女なのか? まだ子供じゃないか」


 その言葉はシャルロットの騎士アザエルが発したものだった。褐色の肌をして、頭には角が生えている。


 アザエルはシャルロットの腰に手を回し、見せつけるように身を寄せる。


「騎士を用意できなければ、王位争奪戦には参加できない。わかっているわよね?」


 シャルロットが甚振るように言うと、プリシアは緑の瞳を潤ませ、「はい」と答えた。


 そこへ、ヒールの音が響く。


 水色の髪からは冷気が漂い、その視線は鋭く全てを射貫く。現れたのは第一王女エカテリーナだった。その横に騎士を連れて。


「シャルロット。プリシアなんて相手にするのはやめなさい。時間の無駄よ」


 エカテリーナの冷酷な言葉。「プリシアなんてはじめから眼中にない」と突き放す。プリシアは下を向いて唇を噛んだ。


「まぁ、それもそうね」


 シャルロットの視線はエカテリーナの横に立つ騎士に注がれた。金糸のような美しい髪を後ろに束ね、その耳はピンと尖っていた。


「エカテリーナの騎士の名前は?」

「グアリンよ」


 グアリンは一歩前に出て、アザエルに握手を求めた。アザエルも名乗りを上げてから、前に出た。二人の騎士ががっしりと手を握る。


 第一王女、氷のエカテリーナとその騎士グアリン。


 第二王女、炎のシャルロットとその騎士アザエル。


 お互いがお互いを好敵手と認め合った瞬間だった。


 突如、ハアァァァァ……!! という掛け声が式典会場の外から響いた。


 会場を揺るがす覇気に、何事かと騎士達が身構える。


「墳ンン……!!」と耳をつんざく声。それと同時に大理石の壁に大穴があいた。


「モンスター!? それとも他国の刺客か!?」


 貴族の子息が剣を抜いて大穴に近付く。そこから出てきたのは──。


「ゴンゾウ!!」


 身の丈は二メートルを超え、筋骨隆々とした上半身を見せつける野人であった。辛うじて短パンは穿いているものの、裸足で大理石を踏みつける。


 プリシアはゴンゾウに向かって走り、その手を取る。「私の騎士よ!」と主張するように。


 それを見て、第二王女シャルロットが叫ぶ。


「ゴリラじゃない!? なぜ、こんなところに!?」

「ゴリラじゃないもん! 私の騎士だもん!!」


 プリシアは既に泣いていた。今まで、ずっと二人の姉には馬鹿にされて来た。その記憶が押し寄せてきて、もうどうすることも出来なかった。滂沱の涙が大理石に落ちる。


「泣くな」


 ゴンゾウがズボンのポケットからハンカチーフを出して、プリシア渡した。それは、先ほど破いたスラックスの股下の一部だった。


「それ、再利用するんだ!」という思いでプリシアの涙が止まる。


「騎士とはなんだ?」


 しんとした式典会場に、低いゴンゾウの声が響いた。誰も答えられない。


 その様子を見て、「ふん!」と鼻を鳴らした。


 ゴンゾウは中卒であり、そもそも学校に行った記憶はほとんどない。「騎士」という言葉は知っているが、それが何を意味するのかなど全く分かっていなかった。純粋に「騎士とはなんだ?」と尋ねたのである。


 しかし、会場にいた者の捉え方は違った。「お前達の態度は騎士としてふさわしいものなのか?」と問い掛けられたように感じたのだ。


「もう入学式が始まるわ。並びましょう」


 固まった者達を解したのは第一王女エカテリーナの声だった。


 それぞれが派閥の位置に戻り、やっと落ち着きを取り戻した。


 その後すぐに王女学園の入学式が始まった。


 何故、ゴンゾウが壁に穴を開けたのかは謎のままだった。

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