第3話 消えた兎と初期イベント

『イケメンKnight!』は剣と魔法のファンタジー世界を舞台としている。各王女は魔法で騎士を支援し、様々な課題に挑む。


 課題毎に順位が決められ、点数が付く。その点数が一番高かった者が王位継承者となる仕組みだ。


 入学式の翌日に行われる初期イベントも、「剣と魔法のファンタジー世界」ならではのものだった。



#



「ゴンゾウ、起きて! もうすぐ授業開始よ!」


 プリシアが校庭の穴に向かって叫ぶ。その横には腕時計を気にする執事の姿があった。


 通常、王女によって召喚された騎士は王女と同じ屋敷に住む。そこで寝食を共にすることによって様々な恋愛イベントが発生するのだ。


 しかし、ゴンゾウが住むのは校庭に勝手にあけた穴だ。無人島の洞窟で十年暮らしていたゴンゾウにとって、一番落ち着く寝床は柔らかいベッドではない。穴の中に敷いた葦の上だ。


「はやくおきてよ! 授業に遅刻したら減点になっちゃうよ!」


 プリシアが泣きそうな声を出した。ようやく、穴の中でゴンゾウの動く気配がした。のっしのっしと音が響き、朝の光がその身を照らす。


 ゴンゾウは相変わらず上半身裸で短パンに裸足。しかし、昨日とは違うところがあった。首に白い毛皮を巻いていたのだ。


「あれ、ゴンゾウ? そのマフラーどうしたの?」

「うむ。腹が減ってな」


 マフラーと「腹が減ってな」の台詞が繋がらず、プリシアは首を捻る。その横では執事が目の色を変えていた。何かに気が付いたように。


「プリシア様……。ゴンゾウ殿の手をみてください」


 プリシアがゴンゾウの右手に注目した。そこには白い棒切れのようなものが握られている。


「えっ、骨?」


 プリシアの言葉にゴンゾウが反応した。


「なんだ。プリシアも腹が減っているのか? もう肉はないが、骨をねぶるか? うさぎの骨は──」

「いやあああぁぁぁぁ……!! 聞きたくない!!」


 プリシアは耳を塞ぎながら叫んだ。その脳裏には王女学園のうさぎ小屋が浮かんでいた。


「プリシア様、急ぎませんと……」


 取り乱すプリシアを執事が必死になだめる。一方のゴンゾウは右手にもつ兎の骨を飴でも舐めるように咥えていた。



#



 王女学園にはクラスが一つしかない。王女も騎士も貴族の子息子女もすべて、いっしょくただ。席順なども決まっていない。


 ただ、そこにも派閥の力は働く。クラスの左半分は第一王女エカテリーナとその取り巻き。右半分には第二王女シャルロットとその取り巻きが座る。


 プリシアとゴンゾウは教室の一番後ろに二つ席を並べ、ぽつんと離れて座っていた。


「講師を務めるバイオレットだ。よろしく!」


 現れたのは紫色の髪をしたイケメンだった。黒縁眼鏡をかけている。


「今日は能力チェックを行う! 二人組を作ってくれ!」


 王女は当然、自分の騎士とペアを組む。


 それ以外の貴族達がガヤガヤと話始める。王女学園に通うのには派閥の結束を高める目的の他に、自分の将来の相手を見つける! という目的もあるのだ。


 取り巻きのいないプリシアは二大派閥の様子を羨ましそうに眺めていた。


 それにゴンゾウが気付く。


「なんだ、仲間が欲しいのか?」

「えっ? ……そりゃ、欲しいけど」

「今度集めてきてやろう」

「えっ……!?」


 プリシアが戸惑っていると、教室内は静かになった。貴族達のペア組みが終わったのだ。


「よし! それでは修練場に移動するぞ!」


 バイオレットの声に生徒達は立ち上がる。


 第一王女エカテリーナとグアリン、第二王女シャルロットとアザエルはそれぞれ手をつないで歩き出す。


 プリシアをそれを見て、「私たちも手を繋ぐべきでは?」と考えた。しかしゴンゾウの手はウサギを殺めたばかり。


 ぷるぷると首を振って、プリシアは諦めた。



#



 修練場には太鼓のような形をした大きな的が用意されていた。それにはダメージカウンターが取り付けられていて、的に与えた衝撃を数値化出来るようになっている。


「チャンスは一回! この的に剣撃を当てて、最大のダメージを目指してくれ!」


 課題の内容はシンプルであった。魔法を使える者が、剣を使える者に支援魔法を掛け、最大ダメージを競うのだ。


「では、希望者からやってくれ!」


 バイオレットが合図を出すと、第一王女派閥、第二王女派閥から交互に貴族達が前に出て、的に挑み始めた。


 その様子を見て、プリシアは不安になる。ゴンゾウが剣を持っていなかったからだ。剣を借りようにも、周りは敵派閥。貸してはくれないだろう。


 服装ばかりに気を取られていた自分の失態だ。とプリシアは落ち込む。


 プリシアの焦りをよそに、時間は進む。


 シャルロットとアザエルが的の前に出た。


 第二王女派閥の貴族達が歓声を上げる。シャルロットはそれに応えるように魔力を練り始めた。その身を赤い光が覆う。


 褐色の肌を持つ騎士、アザエルがその背から長剣を抜いて大上段に構えた。


 シャルロットの手に赤い光が集まり、それは激しい炎へと姿を変えた。


「フレイムソード!」


 詠唱によって炎はアザエルの長剣へと移る。赤熱によって修練場の温度が一気に上がった。


「はぁっ……!!」


 鋭い踏み込み。灼熱の刃が真っ直ぐ的に振り下ろされた。


「おおぉぉぉ……!!」と感嘆の声。


 バイオレットがダメージ数を読み上げる。


「シャルロット、アザエルペアのダメージ数は……5000!」


 それまでの最大ダメージ3000を大きく上回る数値に修練場が沸き立った。


 アザエルが振り返ると、そこにシャルロットが駆け寄り、抱擁を交わす。


「次はエカテリーナ、グアリンペア!」


 バイオレットの呼びかけに、二人が歩み出る。


 グアリンとアザエルが視線をぶつけた。


「お前には負けない!」とお互いに引かない。


 しばらく睨みあった後、シャルロットとアザエルは自分達の派閥の場所に戻った。


 エカテリーナが魔力を練り始める。その身が水色の光に包まれると、熱くなっていた修練場が一気に冷めた。


 大気中の水蒸気が氷結し、エカテリーナの周りでキラキラと輝き始める。


「美しい……」


 第一王女派閥の貴族達がうっとりとした表情で呟いた。


 それに応えるように、騎士グアリンが腰からレイピアを抜き、斜に構える。


「アイスエッジ!」


 エカテリーナの詠唱によって絶対零度の氷晶がレイピアに移った。グアリンの息が白くなる。


「穿ッ……!!」


 目にも止まらぬ突きだった。的が一瞬で凍り付き、修練場が静まりかえった。


「……エカテリーナ、グアリンペアのダメージ数は……6000!!」


 バイオレットの読み上げに、冷え切っていた修練場がどっと沸く。


 エカテリーナとグアリンが振り返り、得意げな顔を見せた。その視線の先には悔しそうに歯嚙みするシャルロットとアザエルの姿がある。


 第一王女派閥の貴族達は「エカテリーナ様達の勝利だ!」と盛り上がっていた。


「ゴンゾウ……。次は私達の番だけど、どうしよう?」


 プリシアが上目遣いで尋ねた。ゴンゾウは一瞥し、「ふん」と鳴らすだけだった。

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