第97話 食卓
美味しい料理で、胃も心も満たされる日々は続いた
またこの家の人々は私がいても特に気を遣わず、普段通りの会話を楽しんでいる。それもまた居心地がよかった。
「リリーが送ってくれた本、面白かったね」
「はい、私も読みました。素敵なお話でした」
食事中、義父上とエリザベートがそんな話をしていた。
そういえばテオドールに初めて会った時、持っていた本を「リリーから届いた本」だと言っていたな。あれのことか。
リリーとは以前この城に住んでいた少女の名前らしい。今は領内で出版の仕事をしていて、装丁を手がけた本が発売されるたびに見本を送ってくれるのだとか。
「前世で悲しい結末を迎えた恋人たちが、生まれ変わって現世でまた出会い、幸せになる展開がとてもロマンティックでした」
「うん。今はこういうのが人気なのかぁって感心したよ」
そういえば学園の令嬢たちの間でも、転生とか前世とか来世とか生まれかわりとかをテーマにした恋物語が流行っていたな……。
エリザベートが好きならば私もその本をチェックせねば……と心のメモに書き記していると、義母上がふふっと笑った。
「あの小さかったリリーが立派に働いているとは、私も年を取るはずだな」
「そう?」
義父上がきょとんと聞き返す。
「もちろん、年を取るのはみんな平等だけど……」
そう言う義父上は明らかに若いまま時が止まっている。全然平等じゃないし説得力がない。
「君はいつだって
堂々と告白する義父上。
思わず横に視線を向けると、ヴォルフリックは私の動揺を感じ取った顔でうなずいてくれた。
「通常運転です」
「通常運転」
「はい。いつもの風景です。父上は常にこんな感じです」
「常にこんな感じ」
おうむ返しになってしまったが、なるほど理解した。
義父上は常時こんな感じでストレートに義母上に愛を告げ、家族は完全に見慣れた光景として受け止めているらしい。
「私も見習わなくてはな……!」
エリザベートはこのご両親を見て育ったのだ。
私も義父上のようにまめに愛をささやくことを心がけよう!
そう思いながら噛んだ
***
三度の食事だけでも最高だったのだが、おやつに至っては最高を越えていた。なんとエリザベートのお手製だ。
「どうぞ、リヒャルト殿下」
初めて手作りだというおやつを出された時は感動に震えてしまった。
「ありがとう、エリザベート! 私のために作っ──」
「はい、ヴォルフもどうぞ。テオちゃん、こぼさないように気を付けてね」
「もぉ、姉上~! 子供あつかいしないでよぉ~!」
完全に弟たちと同じ扱いである。
まったく意識されていないのは感じていたが……もしかして私、弟が一人増えた、くらいにしか思われていない……?
危機感を募らせつつ、菓子はありがたくいただく。
その日のおやつは
「うまい!」
お世辞ではない。本当に美味しい。
バターを練り込んだ生地はしっとりとしていてコクがあり、蜂蜜の甘さと調和して幸せな口あたりに焼き上がっている。なんて豊かな味わいなのだ。
高級な菓子なら宮殿で山ほど食べてきたはずなのに、この素朴な
もっと食べたい! いくらでも食べられる!
ちなみに義父上はおやつを渡しがてら、ちゃっかり義母上にキスをしていた。ラブラブだなこの夫婦。三人も子供がいるわけだ。
「ふぁぁ……おいひぃぃ……!」
エリザベートの作る菓子はどれも美味だった。子供の頃から義父上と一緒によく料理していたのだという。
クッキーは焼き色がきれいで、
「素晴らしい。君はお菓子作りが好きなのだな」
――結婚してくれ、という念を込めながら褒めると、エリザベートは美貌の顔を曇らせた。
「はい。でも……」
一般的に貴族の令嬢は料理をしない。
エリザベートは実家では趣味の菓子作りを楽しんでいるが、他家に嫁いだら厨房には立たせてもらえないだろうと案じているらしい。
「もしも結婚したら……やめなくてはいけないのですよね」
「そんなことはない続ければいいいやむしろ続けてほしいそうだ王宮に君専用の厨房を新設しよう君の手作りなら無限に食べたいいくらでも好きなだけ作ってほしい」
「すご……
切れ間なく言い切った私を、テオドールが引いた目で見ている。その度胸や良し。
テオドールは可愛い顔をしてわりと歯に
何しろ私の義弟になるのだからな。義兄として度量は広く持たねば。
そのテオドールはおやつを食べ終えた後、熱心に机に向かっていた。家庭教師らしい人物に教わりながら本を読んでいるらしい。
「勉強か。感心だな」
辺境伯の爵位を継ぐのはヴォルフリックのはず。となると次男のテオドールは兄の補佐に回るのだろう。
おそらく義父上の手がける事業を継ぐなどして、この家を支えていくのはないだろうか。
……待てよ。そういえばエリザベートも以前、義父上の事業を手伝いたいと言っていたな……。
つまりテオドールが一人前になったら、エリザベートも安心して実家を離れられるということでは!?
「よし、テオ君。私が勉強を見てやろう! 今は何をやっているんだ? 算術か? 歴史か?」
「経営戦略分析です」
「なんて?」
聞き返した私の前に、どさどさと専門書が積まれた。
「これは近年の消費者行動変化についての研究報告。これは国内における物流事業の問題点、こちらは各国の労働環境を比較したデータで……」
「も、もういい。ありがとう」
どの本も鈍器として使えそうなほど厚く、難解な文章でびっしりと埋まっている。
「えっと……テオ君は十一歳だよな? その、ずいぶん難しいことをやっているのだな……」
「そうですか?」
「そうだよ?」
私たちの通う学園は十五歳以上が入学対象だが、ここまで高度な内容は習わない。十一歳でこれを学んでいるとは、天才ではないだろうか。
「いいえ、天才なのはエドです」
「エド?」
テオドールが言い、家庭教師かと思われた人物が丁重に頭を下げた。
エドアルドという名で、この城の家令と管財人の息子らしい。
エドアルドは私と同い年だが、世界一と言われるテュルキス王国の国立大学に飛び級で入学した上、首席での卒業がほぼ確実だという。今は大学の休暇中で、一時的に帰国しているのだとか。
「ほ、本物の天才だな……」
エドアルドの学費や留学費用は、すべてリートベルク家が負担しているそうだ。
元より知人であることもあるが、これほど優秀な人材を絶対他国には流出させない、という気概もこめての投資だろう。
テオドールも「エドには将来、兄上に仕えてもらいたいから」と語っていた。
「心配なさらなくても大丈夫ですよ、テオドール様」
エドアルドは
「この地の生まれである父はもちろん、他領から移住してきた母にも常々言われていますから。リートベルク家に誠心誠意お仕えし、この地の発展に尽力するようにと」
穏やかに語るエドアルドは、いかにも頭脳明晰という言葉がぴったりな賢い顔立ちをしている。年子の妹がいるが、その妹もやはりとんでもない才女らしい。
次代の
よかった。これならエリザベートも安心して嫁いできてくれそうだ。
私はほくほくしながら、義兄としてのメンツを保つべく、難解な学術書を必死で読み込むのだった。
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