【本編】テオドール・ルカ・リートベルク
第86話 アイストラウム
本編再開です。
80話の3年後のお話になります。
よろしくお願いします!
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穏やかな晴天に包まれた、小春日和の休日だった。
夜のうちに降り続いた吹雪が、城壁に囲まれた市街を粉ではたいたように白く染めていた。
気持ちよく澄みわたった冬天の下。
辺境伯夫妻と子供たちがこの日やって来たのは、新しい試みとして始めた「アイストラウム」だった。
「わあっ! すごーい!」
六歳のヴォルフリックは広大な公設の庭園を一望して、水色の目をみはった。
「湖みたい! 一面が氷で、とってもきれいです」
八歳のエリザベートもキラキラと瞳を輝かせた。
アイスとは「氷」、トラウムとは「夢」という意味である。
ロマンティックな名称を付けたイベントは、新たな冬の風物詩にするべく立ち上げたものだ。昨年に続き今年で二回目の開催となる。
城下に広がる市街地の中央には、最近完成したばかりの煉瓦作りの庁舎が威風堂々と並んでいる。その庁舎前に新設したのが、領内でも最大の規模を誇る公園だ。
そこを冬季限定で貸し切り、人工的に水を引き入れて、巨大な氷のリンクを張った。来場者はこの氷の上を各自、自由にすべっていいという催しである。
誰でも無料で出入りできるとあって、近隣の村や町からはたくさんの人々が訪れていた。小さな子供を連れた家族や、若い恋人たちの姿も多い。
子供から大人から老人まで、誰もが広大な氷のリンクに歓声をあげ、すべって競ったり、転んで笑ったりと、思い思いに楽しんでいた。
「行こう! 早くやりたい!」
元気よく手を挙げたのはヴォルフリックだった。
昨年初めてアイストラウムを開催した時の経験を、体が覚えているらしい。ヴォルフリックは少しも怖がることなく氷の上に立つと、足元がすべるのを利用して上手に前に進んだ。
「速くなったな、ヴォルフ」
アレクシアが目を細めると、ヴォルフリックはわくわくした顔で母を呼んだ。
「母上! 競争しましょう!
負けん気の強いヴォルフリックは隙あらば、最強のライバルである母に勝負を挑もうとするのだ。
「ヴォルフ! 周りの人に気をつけて! ぶつからないようにね」
ルカはすかさず注意した。
「今年から回る方向を決めたからね。逆走しちゃダメだよ!」
昨年のアイストラウムは特にルールを定めずに開催したのだが、子供どうしが接触する事故が起きてしまった。
幸い双方とも怪我はなかったのだが、反省点を踏まえて、今年は同じ方向に周回しながら滑走するというルールを設けた。中央の花壇を支点に、公園をぐるりと一周する形で氷を設計したのだ。
「はーい!」
ヴォルフリックは元気に返事をして、颯爽とすべっていく。祖父や母に似たのだろう。とにかく運動神経が人並み外れて高い子だ。
六歳とは思えないほど機敏で、騎士たちが舌を巻くほど腕力も強い少年は、ますます「
「お父さま、行ってきます」
「楽しんでね、リザ」
エリザベートは父に手を振ってから、母とともに氷のリンクに降りた。
家族でお出かけだからと父が張り切って結った髪は、細かい三つ編みをいくつも組み合わせた複雑な編み込みがほどこしてある。エリザベートがくるっと回ると結んだ髪も揺れて、まるで花の妖精が舞っているかのようだった。
生まれた時から可愛かったエリザベートは、最近ますます抜群の美少女に成長しつつある。ただ氷上に降り立つだけで周囲がざわつくので、父は心配でならない。
「よし、っと」
三人を見送ってから、ルカは腕の中に抱いていたテオドールを、氷のリンクから少し離れた庭園の一角に下ろした。
「テオはここで遊んでいようね」
「あーう?」
一歳のテオドールは不思議そうに水色の目をまたたいて、父親を見上げた。
地面には
「あー、だぁー!」
テオドールは機嫌よくあたりを散策しながら、手袋をはめた小さな両手で、積もった白雪をすくってルカに見せてきた。
「ぱぱ! あっあー」
「うん、雪だね。冷たいねぇ」
テオドールはエリザベートとヴォルフリックの弟。アレクシアが辺境伯となってから出産した、第三子である。
テオドールの誕生は上の二人の時よりも周囲の耳目を集めた。爵位を持つ現役の女性当主が子供を産むのは、前代未聞のことだったからだ。
それもただでさえ話題を博す「史上初の女辺境伯」が、である。
国境を守り危地を預かる特殊な地位が女に務まるのか、アレクシアは絶えず注目を浴びている。
そんな人物が当主の重責を担いつつも妊娠したのだから、話題の的になるのも無理はない。
リートベルクの領内からはもちろんのこと、王国中から傾注されて生まれた男の子は「
フルネームはテオドール・ルカ・リートベルク。
三人目にして初めて、父親の名をミドルネームに持つ子でもある。
女性当主もこの国に一人だけだが、「現役の当主自身が産んだ子」もテオドールただ一人だけだ。
明るい蜂蜜色の髪とくりくりした大きな瞳が愛くるしいテオドールは、両親や祖父はもちろんのこと、姉と兄からも溺愛され、末っ子の特権を思いっきり享受しながらすくすくと育っていた。
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