第58話 また最初から
食堂に顔を出したアレクシアは一瞬、青玉の目を見開いて驚いた。
壁にも棚にもカラフルな花があふれんばかりに活けられ、まるで部屋ごと花畑の中に置いたかのようだ。
テーブルには乗り切らないほど多くの料理がずらりと並べられ、ほかほかと香ばしい湯気を立てている。
今日は何かの記念日だっただろうか、と疑問に思ったが、どうやらエリザベートが初めて一人で歩いたお祝いに、使用人たちがはりきって用意してくれたらしい。
「この豪華な食事はそういうわけか」
話を聞いたアレクシアは納得して、娘のまだ柔らかい金髪を撫でた。
「よく頑張ったな、リザ」
「ままぁ……」
城のみんなから褒めちぎられたエリザベートは、疲れたのかすでに眠たそうだった。母の膝に抱かれて身を委ね、うとうとと瞼を閉じそうになっている。
最近のエリザベートは食べむらがひどい。離乳食は順調に進んでいたのに、一歳を過ぎた頃からあまり食べてくれなくなった。
おかげで近ごろのルカは「リザ! ジャムを服に塗りたくらないで!」とか、「飽きたからってお皿をひっくり返さないで!」とか、「僕の口にお肉を押し込まなくていいから自分で食べて!」とか、人生で一度も言ったことのないセリフばかり言うはめになっている。
エリザベートはせっかくの豪勢なお祝い膳にもほとんど興味を示さず、父の焼いた好物の
そのタイミングでアレクシアが帰ってきたので、エリザベートは両手を伸ばして「あっこ」と抱っこを求め、べったりと甘えている──というのが現在の状況である。
よしよしと頭や背をさするうちに、エリザベートの体は眠い時特有の高い体温でぽかぽかとあたたかくなっていった。全身から力が抜けていき、ゆっくりと重たくなっていく。
「みんなに可愛がられて、リザは幸せ者だな」
「ね、ありがたいよね」
エリザベートに惜しみない愛情を注いでくれる使用人や騎士たちには、いくら感謝しても足りない。
「アレクシア。リザは僕が抱っこするから、君は先に食べて」
「ありがとう。だが、余り食欲がなくてな……」
「え!? 大丈夫!?」
「大丈夫だ。心配はいらない」
心配いらないと言われても心配である。
ルカは顔を曇らせたが、アレクシアは眠りに落ちる寸前のエリザベートの髪を愛おしそうに
撫でた。
「……どんどん大きくなっていくな。ついこの間生まれたばかりのような気がするのに」
うん、とルカも同意した。アレクシアに先に食べてもらおうと、エリザベートの抱っこを交代する。
生まれた時の感動をつい昨日のことのように思い出せるのに。エリザベートはいつの間にか首がすわり、離乳食を食べ、最初の一歩を踏み出し、言葉を覚えて話そうとしている。本当にあっという間だった。
「リザの成長はすごく嬉しいし、みんなが一緒に喜んでくれるのも本当にありがたいと思ってる。でも……少しだけ寂しい気持ちもあって……」
生まれたてほやほやの小さなエリザベートは可愛かった。
寝返りに成功したものの元に戻れなくて泣いていたエリザベートもとても可愛かった。
一所懸命にはいはいしながら後追いしてくるエリザベートもとてもとても可愛かった。
もう、あの頃に戻ることはないのだ。
立って、歩いて、いずれは走って。赤ちゃんから少しずつ子供になっていく
これからも元気に成長していってほしいと願う気持ちと、ずっとこのままの小さな姿でいてほしいと祈る気持ちが、どちらも矛盾することなくせめぎ合う。
もしも時を戻せるならばもう一度、新生児だったエリザベートを抱っこしたい。
「うちにはもう小さな赤ちゃんはいないんだって思うと……すごく寂しくて……」
「そうだな。だが、それについては……」
アレクシアは照れたようにはにかんで、エリザベートのぬくもりが残る腹に手を当てた。
「……もう一人、また最初から育てることになりそうだが」
ルカは刮目したまま停止した。
「え……え……えええ!?!?」
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読んでいただきありがとうございます!
第二子妊娠しました♡
本編はまだ続きますが、いったん中断して、次回からは番外編を送りします。
アレクシアの母ルイーゼ視点です!
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