第34話 報告
往路も快適だったが、復路はさらにスムーズだった。
天候にも恵まれ、順調に旅を終えて、アレクシアとモニカはリートベルクの地に帰領する。
「まあ! お嬢様!」
出迎えたのはメイドのマリーだった。
「ルカ様は
ルカはあいにく不在らしいが、マリーの息子のエミールに呼びに行かせたから、すぐにとんぼ返りで戻ってくるだろうとのこと。
荷を下ろしてほどいたり、馬の
モニカも旅装を解いて、マリーを振り返った。
「マリーさん。巻いて持ち運べるようなサイズの
「絨毯……ですか?」
「ええ。毛布でもかまいません。よろしくお願いします」
***
「アレクシア!」
ほどなくして、ルカが城に戻ってきた。全力で疾走してきたらしく、明るい蜂蜜色の髪は少し乱れている。
「もう帰っているって聞いて――」
「ああ。快適な旅だった」
襟元をくつろがせながらアレクシアが答えると、ルカの顔にみるみる朗らかな笑みが広がった。
「おかえり! 会いたかった!!」
喜色満面で飛びつくも、ルカははたと停止した。
「……?」
背後に控えた従僕が、身長ほどの大きさの絨毯をかついで立っている。彼はそれを床に下ろしたかと思うと、くるくると広げながらルカの背後に敷いていった。
「あの……? これは……?」
「念のために用意しておいた方がいいと、モニカが言うのでな」
「はい。ルカ様が倒れた際に、頭を打っては大変ですから」
「倒れる……?」
意味がわからなくてきょとんとしつつ、ルカはもう一度アレクシアに視線を移した。
「あの……アレクシア。一目見た瞬間から気になっていたんだけど、出発前よりも痩せたよね……?」
「よくわかるな」
「君のことなら、どんな小さな違いでもわかるよ!」
断言するルカの目には、愛する妻の変化はどんな微量な差であっても見抜ける特殊能力が搭載されているらしい。
少し痩せてしまっただけではない。アレクシアの顔色もすぐれない気がする。
心なしか不調に見えるアレクシアと、ルカが倒れるかもしれないというモニカの懸念。
そこから導かれる最悪の予感に、ルカは青ざめた。
「……もしかして……どこか体の具合が悪いの!?」
人一倍健康で頑丈なアレクシアが、体調不良をきたすなんてよほどのことだ。
もしや重大な疾患なのではないかと考えるだけで、全身が凍りつきそうになる。
「すぐ医師に診てもらおう!」
ルカはアレクシアの手を両手でがしっと包み込んだ。
「費用はいくらかかってもいいから! 僕が全部出すから!」
自分の個人資産を全部注ぎ込んでもかまわない。どんな手段を使ってでも、世界で最高の治療を受けてほしい。
そう必死に訴えるルカに苦笑しながら、アレクシアは首を振った。
「医師にはもうかかった。心配しなくていい。病気ではない」
「病気じゃない……?」
「ああ。妊娠した」
ルカの水色の瞳が、極限まで大きく見開かれた。
「子供ができた。私たちの子だ」
アレクシアはにぎられたままの手をすべらせた。
まだ見た目ではわからない引き締まった腹部を、二人の重なった手で円を描くようにそっと撫でる。
「…………!!!」
ルカは瞠目したまま硬直していた。そのまま何の防御も受け身も取ることなく、きれいに真後ろに倒れる。
「ルカ! 大丈夫か!?」
倒れた場所に絨毯が敷いてあったおかげで、後頭部を強打せずに済んだ。
アレクシアは心配して駆け寄ったが、モニカとマリーは「こうなると思っていました」という顔をしている。
「絨毯を巻いてちょうだい。次は旦那様のところへ行きますよ!」
マリーが動じることなくてきぱきと指示を出している横で、ルカは痛みを感じる余裕もなく、天井を仰いだまま放心していた。
それから数分後。
辺境伯ヴィクトルの巨体がノーガードで後ろ倒しになった激音が、城全体を地鳴りのように震わせて響きわたったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます