第28話 御前会議②

「先手必勝、先んずれば必ずや人を制すると言うではないか!」


 開始早々、口角泡を飛ばしてえたのは案の定、アーレンブルク公爵である。


 公爵はあくまでも強気に、主戦論を展開した。


 近年さらに兵力を増強したテュルキス王国が、西にある小国を併合したこと。次に侵略の魔の手が伸びるのは、このペルレス王国であるかもしれないこと。


「テュルキス王国が相互不可侵を誓った和平協定を破って、我が国に侵攻してくるというのですか?」

「その通りだ!」


 ノルデンブルク公爵令息からの質問に、アーレンブルク公爵は胸を張って答える。

 

「テュルキスは先の戦争で圧倒的な武力を誇りながらも、我が国を征服することが叶わなかった。煮え湯を飲まされた当時の屈辱を晴らさんと、虎視眈々と機を狙っているに相違ない!」


 アーレンブルク公爵は、テュルキスが隣国のグルナートから大量の武器を供与された記録を挙げ、二国が共謀してこの国の侵犯を企てていると指摘した。


「しかし……テュルキスは大国だ。数では我が国が不利……」

「たとえ数の差があろうとも、初戦に勝利して短期間に終結するのであれば、勝機は決して低くはない! 戦の定石であろう?」


 情感たっぷりに熱弁をふるうアーレンブルク公爵は、いかにも民を思い、国をうれう愛国者といった風情である。


「国を、領土を、家族を踏みにじられてからでは遅いのだ! ここで臆すわけにはいかない。民を守るためにこそ、我々が今立ち上がるべきだ!」


 公爵はいかに開戦が国を護ることにつながり、国益をもたらすかを滔々とうとうと語り、


「そうであろう? リートベルクの令嬢」


 と、アレクシアに水を向けた。


「そなたの父はかつてテュルキス軍を水際で食い止め、かの国に苦杯を舐めさせた英雄であった。その子であるそなたもさぞ勇ましく名を成さしめてくれるのだろう? 自らを嗣子と誇るほど身の程知らずなのだからな」


 一見して持ち上げるような言い回しだったが、最後に身の程知らずと唾棄したあたりで本音が出ている。


「アーレンブルク公爵。父も私も、テュルキス王家とは隣国のよしみで親交があります」


 アレクシアは冷静沈着に応じた。


「だからこそ申し上げますが、テュルキス国王に侵攻の意志などありません。和睦を誓った協定を破棄し、他領を侵犯するというのなら、国際的なそしりを受けるのは我が国の方です」


 武器の供与に関してはペルレス王国もまた、少なくない数の武器をグルナートから輸入している。テュルキスに流れたのは決して法外な数字ではない、とアレクシアは述べる。


「親交があるだと!? そのようにうそぶくのであれば、貴様が女らしくその親交とやらを利用すればよかったではないか!」

「どういうことですか? アーレンブルク公爵」

「知らぬとでも思うのか?」


 アーレンブルク公爵は鼻を鳴らして指摘した。


「テュルキス国王はかねてより、王子の妃にリートベルクの令嬢を迎え入れたいと申し出ていたそうではないか。なぜ王の求めを蹴った?! 不遜な小娘が!」


 それは事実だった。


 かつてテュルキスの国王はアレクシアを気に入り、息子の妻にならないかと再三の誘いをかけていたことがある。あくまでも茶飲み話の一端であり、公式の打診にまで発展することはなかったが。


 なお、この話はルカにはしたことがない。無駄に心配させてしまう気がするので、黙っているつもりだ。


「貴様がおとなしくテュルキスに嫁いでいれば、両国間の平和は保たれていたのであろうが! 女が使える武器など体くらいしかないものを出し惜しみおって! そのような思い上がった傲慢な女だから、卑しい末端令息くらいしか婿のあてがないのだ!」


 その「卑しい末端令息」が、先ほど羽振りがいいと舌打ちしたばかりの大工事を叶えてくれたのだが、アーレンブルク公爵の罵倒は止まらない。


 アレクシアはそっと額を押さえた。口撃がこたえるわけではないが、シンプルにだるい。


 公爵ががなり立てるほど周囲の空気がよどんでいくからだろうか。胸焼けするような不快感に襲われて、アレクシアは長いため息を吐いた。


「女の身ひとつで平和が買えるなら安いものだっただろうに! 和睦を破るなと偉そうにほざきながら、貴様はしょせん口先だけの──」


 ガタッと音を立てて席を立とうとするシュテファンをなだめつつ、アレクシアは淡々と告げた。


「アーレンブルク公爵。私は確かにテュルキス国王よりそのようなお話をいただいたことはあります。もっともそれは『リートベルクごとテュルキスに嫁いでこい』という主旨の申し出でしたが」

「……なんだと!?」


 テュルキス王はアレクシアを気に入っていたが、同時にリートベルクも気に入っていた。


 中央から地理的に離れ、独自の軍隊と強い自治権を持つ辺境伯は、しばしば歴史の潮流によって身の振り方を変えることがある。


 過去にも辺境伯が政府から離脱し、国として独立した例はあるし、他国からの招請を受けてその国の属領となった例もあった。


 テュルキス国王はアレクシアごと、リートベルク辺境伯領をめとることを望んでいたのだ。


「私が縁談を受ければ、テュルキス王は末永くリートベルクを守ってくださったでしょう。リートベルク


 出席者一同が一様に青ざめる。


 もしもリートベルクがテュルキスに吸収されていたなら、この国の防衛体制はもろくも崩壊していたことだろう。


「アーレンブルク公爵は私が嫁ぐべきであったと、本当にそう思われますか?」

「い……いや……」


 アーレンブルク公爵の脂ぎった顔に、冷や汗がつたう。


「また、私は夫に何の不満もありません。今後、夫への誹謗は我が家への中傷と取らせていただきますので」


 アレクシアは射殺すような視線で釘を刺した。


 この男装の麗人よろしく軍服を着こなした令嬢は、自身が身の程知らずだの不遜だの傲慢だのと言われた時は受け流していたのに、夫を悪く言われることは看過しないらしい。周囲はごくりと息を飲んだ。


「テュルキス王国は戦うべき相手ではありません。学び、ならい、共存していくべき相手です」


 アレクシアはそう主張したが、仰々しく招集した会談の場がそうたやすく収まるはずもない。


 喧々諤々けんけんがくがくの議論はその後も続いたが、結局結論は出ることなく、会議は翌日に持ち越しとなった。


「──いいか。貴様に拒否する権利などない」


 アーレンブルク公爵は脅すように声を低めてアレクシアをめつけ、はらを決めるのだな、とささやいた。


「出兵には必ず同意してもらう。必ずだ!」 

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