第27話 御前会議

 今回、会議の会場となるのは王宮の一角。通称「副官の部屋アトユタンテンツィンマー」と呼ばれる一室である。


 名前こそ謙虚だが、内装は少しも控えめではない。


 漆喰の壁には巨大な絵画が飾られ、柱には精緻な彫刻があしらわれ、天井には色彩豊かな模様が全面にほどこされている。


 この天井は丸みを帯びた穹窿きゅうりゅうの形状をしているのだが、弧の交差する四点には、かつて四大公爵と呼ばれた東西南北四つの公爵家の紋章が、それぞれの方位に合わせてはめ込まれていた。


 すでにすたれながら、家紋だけは今も刻まれたままの「西」と「南」を憎々しげに睨みつけるのは、ツェーザル・ハインリヒ・アーレンブルク。


 アーレンブルク公爵家の現当主であり、この会議の主唱者である。


 アーレンブルク公爵の大きな鷲鼻わしばなと厳しい目つきが、入室したアレクシアにもじろりと向いた刹那。ほわほわとした声が飛んだ。


「アレクシア! 久しぶりだな。ほらほら、こちらに座りなさい」


 おっとりとした笑顔でアレクシアを手招きしたのはシュテファン・ルドルフ・オステンブルク。オステンブルク公爵家の現当主だ。


 アレクシアの叔父でもあるシュテファンは、姪の軍服姿を見て目を細めた。


「とてもよく似合っているよ。うちの娘たちが見たらさぞかし騒ぎそうだ。そうそう、あの子たちと言えばこの前も君の──」

「内輪の話は後にしていただきたい! オステンブルク公爵!」


 不機嫌に恫喝どうかつしたのはアーレンブルク公爵だった。まだ開始前だというのに、身内どうしの世間話も厳禁らしい。


 きょとんとするシュテファンと、表情一つ変えないアレクシアを見比べて、アーレンブルク公爵はチッと舌を打った。


「……″東″オステンの系譜とは……忌々しい……」


 オステンブルク公爵家は穏健派として知られる。貴族にはめずらしいほど恋愛結婚の前例が多く、現当主のシュテファンも妻のシュテファニーと、彼の姉のルイーゼも夫のヴィクトルと、自由恋愛の末に結ばれている。

 

 オステンブルク家が政略結婚にさほど頼ることなく権力を保持してこられたのは、たまわった領地が温暖で肥沃ひよくな土地だった上に、所有する鉱山から金が産出したことも大きい。

 

 運よく豊地に恵まれたオステンブルク家は、名門でありながら謀略にうとく、手を血に染めたことが極端に少ない。かつて王国内が未曾有みぞうの内紛に揺れた時でさえ、紛争に関わることなく中立を保ってきた。


 結果として、権謀術数けんぼうじゅっすうに溺れた「西」と「南」がいずれも没落の憂き目に遭ったことを思えば、無欲さがオステンブルクを救ったとも言える。


 その悠長ぶりが、艱難辛苦かんなんしんくを舐めてでも成り上がってきたアーレンブルク公爵にはしゃくに障るようだ。


 強権をふるって筆頭の座を占拠してきた「北」よりも、さしたる苦労もなくのほほんと地位を維持してきた「東」の方が憎たらしい。


 その憎悪の目は「東」の血を汲むリートベルクの令嬢にも遺憾なく向けられていた。


「お召しにより参じました。アーレンブルク公爵にご挨拶あいさつ申し上げます」


 アレクシアが毅然と告げるも、公爵は挨拶を返すことなく、吐き捨てるように言った。


「……あんな僻地から出てきたにしては、思いのほか早かったではないか」


 リートベルクは北方の辺境地帯。登城には日数がかかるため、会議の開始に間に合ったのが意外らしい。


 それならもっと早く通達してくれればいいものを、あわよくば遅参して恥をかけばいいとでも思ったのだろうか。


 アレクシアは涼しい顔で答えた。


「はい。街道の改築を進めていますので」

 

 リートベルクから王都へと架かる道には今、大工事の手が入っている。


 以前から経年劣化に悩んでいたものの、資金繰りが難航して着手できずにいたところを、ルカが解決してくれた。彼は自身が相続した実家の財産を、街道の改修に使うと挙手したのだ。


 崩落や瓦解の目立つ難所から優先的に基礎工事を終え、今は舗装工事や橋梁きょうりょう工事を順々に進めたり、雨水が地中に流出するのを抑制して側溝へと流れるように誘導したりと、さらなる作業に着手しているところだ。


 おかげで危険も減り、馬の負担も少なくなり、以前よりも短い日数で王都に到着することができた。


「……ふん。随分と羽振りがいいのだな」


 アーレンブルク公爵はますます苦々しそうに、額に青筋を走らせた。


「しかし、貴様では話にならん。リートベルク辺境伯はどうした? なぜ当主が出席しない?」

「父が私に一任しました。嗣子ししが当主の代理で出席することは認められているはずですが」


 当主ではなく後継者が参加している家は他にもある。


 たとえばノルデンブルク家だ。当主は父の公爵だが、この場には令息が参加している。王妃マルグレーテの兄である。


 筆頭公爵家でさえそうなのだから、後継者が当主の代理を務めることは何の問題もない。……はずなのだが、アーレンブルク公爵は怒り心頭だった。


「何が嗣子だ! 貴様は女だろうが!」


 円卓を叩いて、公爵は怒鳴る。


「女に何ができる! 議題など理解できんだろうが! 貴様と論ずるなど時間の無駄もいいところだ!」

「アーレンブルク公爵! 姪を侮辱しないでいただきたい!」


 すかさず立ち上がったのはシュテファンだった。


「アレクシアは私よりもずっと強くて勇敢な子です。戦略にも戦術にも長け、熊は一人で倒すし岩は素手で砕くし馬上槍試合は無敗で優勝するし、うちの娘たちはすっかりアレクシアのファンで……」

「もう大丈夫です。シュテファン叔父様」


 アレクシアはそっと止めに入る。


「熊を一人で倒す」あたりからアーレンブルク公爵の顔色が変わっていたおかげか、その後は絡まれることなく、会議はしめやかに始まった。

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