第24話 未来へ
かつてマルグレーテ様とルイーゼと私と、女三人で集まっていた関係に、今はそれぞれの子供たちが加わって、にぎやかに過ごしている。
この光景をきっとルイーゼも見ているはずだと──そう思った。
ルイーゼが病死したのは、リュディガーとアレクシアが六歳の時だった。
享年二十九歳。まるで眠るような、安らかな最期だった。
不満はなかった。
ルイーゼは愛する人と結ばれて幸福だったと知っている。病身のルイーゼのために、ヴィクトル様やリートベルクの人々が最大限に手を尽くしてくれたことも知っている。
わかっていても、悲しみは尽きなかった。生前のあの子を思い出すだけで胸が詰まって、涙があふれて止まらなかった。
私の覚えている一番古い記憶は、ルイーゼが生まれた日のことなのに。
ルイーゼがこの世からいなくなっても、私の人生は続いていく。
たった一人の妹は、永遠に若いままで時を止めた。
私たちは二歳差の姉妹だったはずなのに、どんどんと年齢が開いていく。
ルイーゼの死後、何も喉を通らないほどの喪失感に打ちひしがれた私を、支えてくれたのはマルグレーテ様だった。
マルグレーテ様はしっかりしろとは言わなかった。元気を出せとも言わなかった。
ただルイーゼを悼み、私に寄り添い、一緒に泣いてくれた。その気持ちが何よりも嬉しかった。
ルイーゼが没してからも、アレクシアとの交流は絶えることはなかった。
ヴィクトル様は私たちとアレクシアの親交が途切れないようにと気を配り、折に触れては会う機会を持たせてくれた。
今回もアレクシアはオステンブルク家の祖父母と会うために、辺境からはるばる王都へやって来たのだ。
私とリュディガーもしばらく公爵家に滞在するつもりだが、里帰りに先立ってアレクシアをマルグレーテ様とエドガー様に会わせようと、後宮へ連れてきた次第である。
マルグレーテ様はルイーゼの面影を残す娘を見て涙ぐむほど喜んでくれたし、エドガー様もアレクシアが気に入ったようだ。「こんな破天荒な令嬢は初めてだ!」という種類の気に入り方ではあるが……。
「おお、私の天使たちよ。会いたかったぞ!」
リュディガーとアレクシアを連れて実家に里帰りすると、お父様は
「二人ともまた大きくなったわね。来てくれて嬉しいわ」
両親の孫は今のところリュディガーとアレクシアの二人だけだが、王子であるリュディガーにも気負うことなく、普通の祖父母のように接してくれるし、もちろんアレクシアのことも手放しで可愛がっている。
両親の気持ちはよくわかる。私にとってもルイーゼの名をミドルネームに持つ姪はとても可愛い。
ルイーゼを亡くした悲しみは変わらないが、忘れ形見であるアレクシアの存在は間違いなく私たち家族の慰めになっていた。
リュディガーとアレクシアはまだ元気が余っているようで、公爵邸でもにぎやかに揉めたり騒いだり言い争ったりしていた。
二人はケンカばかりしているのに、なぜか離れることなく一緒にいる。まったく仲がいいのか悪いのかわからない。
子供のすることだからと放っておいたのだが、しばらくして妙に静かになる。
「リュディガー? アレクシア?」
不思議に思って見に行ってみたところ、散らかり放題に散らかった部屋の真ん中で、息子と姪が力尽きたように眠っていた。
「……あらあら、まぁまぁ……」
使用人に頼んで寝室を整えてもらい、行き倒れているリュディガーとアレクシアをそれぞれベッドまで運んでもらった。
先ほどまで元気に遊んでいたからか、アレクシアの額には汗が浮かんでいる。にじむ汗をそっとハンカチでぬぐって、私はしみじみと姪を見つめた。
「……」
いつかこの子が、自分が生まれたことでルイーゼが命を縮めたのかもしれないと心を痛めることがあったなら、教えてあげたいと思っている。逆だと。
あなたはルイーゼの宝物だ──と。
ルイーゼは出産で亡くなったわけではない。それどころか二十歳を迎えることはできないだろうと言われていたルイーゼは、実に二十九歳になるまで生きられた。
もしもリートベルクに嫁がなかったなら、ルイーゼの寿命はもっと早くに尽きていたはずだ。
愛する夫と少しでも長く過ごすために、愛しい娘の成長を一瞬でも長く見るために、ルイーゼは運命さえくつがえして生きたのだ。
あなたとあなたのお父様がルイーゼを長生きさせてくれたのだと、そうこの子に伝えてあげたい。
「……アレクシア……」
ふと、幼い頃のことを思い出した。
私はかつて生家を継ぐかもしれない立場だった。女公爵になるかもしれないと目されていた。しかし九歳の時に弟が生まれたことで、跡継ぎとなる道は閉ざされた。
私はそのことにほんの少しだけがっかりし、そして大いに安堵した。
女が当主になることは
だが、アレクシアは違う。
この子は辺境伯になるだろう。この国の歴史上で初となる、女辺境伯に。
ルイーゼの娘は、国防の要と呼ばれる辺境地帯を統べる領主になる。広大な領土と強力な自治権とを併せ持つ、辺境伯領の元首に。
圧倒的に男性優位な貴族社会の中でも怖じず、退かず、誰にも屈することのない堂々たる統率者に、この子ならきっとなれるはずだ。
健やかに眠る横顔にそっとキスをし、ふわりと毛布をかける。
「おやすみなさい、アレクシア」
姪の手には、顔に傷のあるくまのぬいぐるみが抱かれていた。
fin.
エリーゼ編ご覧いただきありがとうございました!
次回からは本編の続きをお送りします。
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