第23話 女の友情
マルグレーテ様と私にとっても、息子たちが仲良く育ってくれることは大きな喜びだった。
異腹の兄弟ということで、世間ではエドガー様とリュディガーの不仲説をかきたてる流言飛語が絶えなかったが、本人たちの相思相愛ぶりを知っている私たちは何も気にならなかった。
私とマルグレーテ様は姉妹ではないけれど、エドガー様とリュディガーは兄弟だ。
同じ父親を持つ息子たちの母として、マルグレーテ様と共に過ごせる人生を、私は楽しんでいた。
「要するに貴族たちは暇なのですわ」
まろやかな木洩れ日のさしこむ午後。優雅にお茶を喫しながら、マルグレーテ様は言った。
「私たちがいがみあい、王子たちが対立しあえば嬉しいのですわ。王族のスキャンダルは娯楽なのです」
王妃と側妃は仲が悪いもの。
後宮は醜い女の嫉妬がうずまいている。
第一王子と第二王子も犬猿の仲で、王位をめぐって火花を散らしている。
それが人々の認識だ。
事実ではなく邪推なのだが、彼らにとっては真偽などどうでもいい。
国王が複数の妃を囲えば、女どうしは不仲に違いないと決めつける。決めつけるだけでなく、むしろ不仲であってほしいと望んでいるようにすら見える。
その方が面白いからだ。
みんな私たちには夫の寵愛を欲してドロドロと陰湿な争いをしていてほしいし、息子たちには王冠をかけてバチバチと険悪に対立していてほしいのだ。
「……ばかばかしいこと」
期待を裏切って悪いが、ドロドロもバチバチも存在しない。
「そんな下衆な期待に、乗ってさしあげる義理はありませんわ」
「ええ。とことん仲良くしてやりましょう」
マルグレーテ様はくすくすと笑って、庭を駆け回る子供たちを愛おしそうに見つめた。
「私たちは敵ではありません。味方なのですから」
私は妹のルイーゼと仲良く育って楽しかった。だからエドガー様とリュディガーにも、このまま親しく育ってほしいと心から思う。
「だって、人生は長いのですもの」
ただでさえ孤独な王宮で、反目などしあっていたらもっと孤独になってしまう。
私はマルグレーテ様と同じ夫を共有する身だが、いがみあっているよりも笑いあっていたい。これから先もずっと、こうしてのんびりとお茶を飲む間柄でいたいのだ。
誰が首をかしげようと、奇妙な関係だと怪しもうとも、私は満たされていた。きっとマルグレーテ様も同じだと信じている。
「男女の愛は一時を満たすけれど、女の友情は一生を潤しますわ」
マルグレーテ様が言った時。強い風が吹いて、庭に
リュディガーが何かをわめいている声が聞こえたかと思うと、枝が弓のように
緑の葉を舞い散らしながら落下したのは、黒髪の女の子だった。見上げるほどの高さから飛び降りたにも関わらず、まったくよろめきすらしない。
しなやかな着地を見て、マルグレーテ様は上品に笑んだ。
「まぁ、すごい。アレクシア様は本当にお健やかでいらっしゃること」
「ええ。少々元気が良すぎるようですが……」
子供たちはかくれんぼをしていたらしいが、リュディガーは「そんなところに隠れるなんて猿か君は!」と怒り、アレクシアは「だめなのか?」ときょとんとしている。いとこ同士とはいえ、遠慮のない二人だ。
「女の子はお父様に似ると言いますものね」
「本当にそのようです。ルイーゼの子があんなに活発だなんて、嬉しい驚きですわ」
アレクシアはルイーゼの娘、私の姪だ。
実はヴィクトル様はルイーゼと結婚した時、子供は望まないと言っていた。
ルイーゼがいればそれでいい、自分の子供はいらない、辺境伯家の後継者には傍系から養子を迎える──と。
しかしルイーゼは子供を欲しがった。ヴィクトル様の血を引く子を授かりたいと望み、やがて念願叶って実子を出産した。
父親に似た黒髪と母親に似た青い瞳をした女の子は、アレクシア・ルイーゼ・リートベルクと名付けられた。
アレクシアはルイーゼの虚弱な体質を受け継ぐことはなかった。むしろ人一倍丈夫な子で、風邪ひとつ引かないという。
健康なだけではない。勇猛果敢な武門の家柄として名高いリートベルクの血らしく、身体能力にも秀でている。
ルイーゼはおてんばな娘に振り回されながらも、充実した毎日を過ごしていた。
「おい! 少しは待て!」
かくれんぼの次は鬼ごっこが始まったらしい。リュディガーはいくら走ってもアレクシアに追いつくことができず、ぜいぜいと息を切らしていた。
アレクシアは本当に運動神経がいい、と私は感心する。同い年のリュディガーよりもずっと俊敏だし、四歳以上離れたエドガー様にさえ勝っているくらいだ。
「リュディはおそいな」
「君が速すぎるんだ! 野生動物か!」
他の人間なら王子のリュディガーには丁重にへりくだるのに、アレクシアは少しも遠慮しない。
親族だからということもあるが、もともと物怖じしない性格なのだろう。そんな肝の座った姪が、私はとても気に入っている。
だいたい息子はちょっと周囲からちやほやされすぎていると思っていたのだ。自分の思い通りにならない相手が、一人くらいいたっていいだろう。
「リュディがあんなに感情をむき出しにするなんて……!」
新緑の瞳を輝かせて、感動にうち震えていたのはエドガー様だった。
リュディガーはエドガー様の前ではいつも丁寧で従順だから、怒ったりわめいたりする姿が新鮮でならないらしい。リュディガーをまったく敬わないアレクシアにも、珍獣を見つけたかのような感激の目を向けている。
「なんて度胸のある令嬢なんだ! 気に入った!」
エドガー様はつかつかとアレクシアに歩み寄ると、がしっと手をにぎった。
「エドガーと呼んでくれ」
「……エドガー?」
「ああ」
エドガー様は
可愛い弟には誰よりも幸せになってほしいと常々願っているが、リュディガーは着飾った令嬢たちに囲まれても顔色一つ変えないこと。誰に言い寄られても興味を示さないので、兄として心配していたこと。
「君しかいない! リュディと結婚して私の義妹になってくれないか?」
「ならない」
「そんなことを言わずに! リュディが本音で接するのは君だけなんだ!」
「いやだ」
エドガー様は善意に満ちたまなざしをきらきらさせて、さらに強くアレクシアに迫った。
「アレクシア! 君も王族にならないか?!」
「ならないと言っている。エドガーは話を聞かないのか?」
切って捨てるような拒否の言葉に、憤慨したのはリュディガーだった。
「おい、兄上になんて口をきくんだ! このゴリラが!」
「あなたこそなんて口をきくのです、リュディガー」
女の子に向かってゴリラとはどういうことだ。
叱る私と吹き出すマルグレーテ様と、「リュディに罵られるなんて羨ましい……やはり君しかいない……!」と何かの決意を新たにするエドガー様と、平和なひとときを包み込んで、涼やかな
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