第22話 二人の妃

 やがて国をあげての華燭かしょくの典が大々的に執り行われ、マルグレーテ様は王太子妃となった。


 筆頭公爵家の名に恥じない、堂々たる輿入れだった。


 まだ終戦の爪痕も残る中、未来を担う王太子夫妻の結婚は大きな祝福をもって迎えられた。世紀のロイヤルウェディングは、この国に明るい空気を吹き込んだのだ。

 

 婚礼の儀からほどなくして、マルグレーテ様は懐妊された。


 そして順調に産み月を迎えられ、健やかな男の子をご出産された。


 さすがだ。さすがはマルグレーテ様である。何でも完璧にこなされる。やはり王妃はこの方しかいないと改めて確信する。


 マルグレーテ様の王子はフランツ様の名をミドルネームとして、エドガー・フランツ・ペルレブルクと名付けられた。


 エドガー様はフランツ様譲りの華やかなライトブロンドに明るい新緑の瞳をした、それはそれは可愛らしい王子様だ。


 マルグレーテ様の出産に先立って、私も側妃として後宮に入った。


 後宮は正妃と側妃が顔を合わせることのないよう配慮されている。それぞれの住む館は遠く離れ、お互いに干渉することなく過ごせるようになっている。


 ……と、思うでしょ?


 実際の私たちの住まいは遠くないし、専用の裏道もあるのだ。あるというか、作ってもらったというか。


 おかげで私とマルグレーテ様は人目につかない裏道を通って、毎日のように行き来を重ねたし、エドガー様のことも生まれた時から間近で見守ることができた。


 すくすくと成長されるエドガー様は本当に愛らしくて、どんなに見ていても飽きない。


 私はもちろんエドガー様の立太子を推していく所存である。マルグレーテ様に似て利発なエドガー様は、きっと英明な君主になられるはずだ。


 また、私の後宮入りが済んだことで、ルイーゼの婚礼も順調に進んだ。

 

 お父様とお母様は辺境に嫁ぐルイーゼのために、心を込めて純白のウェディングドレスを仕立てさせた。


 最高級の生地を惜しげもなく使った正絹の花嫁衣装と、繊細なレースに彩られた長いトレーンは見事で、清楚なルイーゼにそれはよく似合っていた。


「お父様、お母様。今まで大切に育ててくださってありがとうございました」


 ルイーゼにそんなことを言われた両親は号泣である。


 もちろん私ももらい泣きしたし、弟のシュテファンもルイーゼのドレスにしがみついて泣いていた。

 

 ヴィクトル様とルイーゼはリートベルク領の城下街に建つ、由緒ある教会で結婚式を挙げた。


 以前は老朽化していたらしいが、ヴィクトル様の功績が認められてリートベルク家が陞爵しょうしゃくしたこの機に、王家より贈られた褒賞金を使って改修したそうだ。


 教会は民衆にとって心の支え、信仰のよりどころだ。自らの奢侈のために散財するよりも、よほどいいお金の使い方だと思う。


 新しく生まれ変わったばかりの聖堂はため息がこぼれるほど美しく、神聖さと清らかさに満ちていた。


 穿うがたれた天窓から、まぶしい光がさしこんでくる。光は荘厳なステンドグラスの玻璃はりを透過して、白亜の教会を神々しく照らし出す。


 そんな夢のように美しい景色の中で、ルイーゼはヴィクトル様と永遠の愛を誓い、教会の前に集まった周辺の領民たちから万雷の拍手をもって祝福されていた。


 今までで一番幸せそうなルイーゼの笑顔に、私も胸が詰まった。


 この姿を見られただけでも、はるばる遠い辺境まで来たかいがあったというものだ。


 最愛の妹と遠く離れて暮らすのは寂しかったが、頻繁に手紙をやりとりすることを約束して、涙ながらに別れる。


 私たち家族は過酷な辺境地帯の暮らしがルイーゼの体に障るのではないかと心配していたのだが、結果的に言えば、それは逆だった。


 リートベルクは確かに寒冷地だが、その分、住居には様々な工夫が凝らされている。辺境伯の城はいぶした黒い煉瓦で強固に建造されているし、室内を暖める暖炉も大きくて立派だ。


 何よりも広がる大自然と澄んだ清浄な空気は、思った以上にルイーゼの体質に合っていた。


 ルイーゼの手紙からは、嫁ぎ先の人々に大切に扱われて、領地にもなじんでいる様子がありありとうかがえた。


 ヴィクトル様はルイーゼを心底溺愛していて、どこに行くにも抱き上げて運んでいるらしい。


 そんなに過保護にしていては周囲もあきれるのではないかと思ったが、当のルイーゼがとても幸せそうなので良しとする。


 やがて、ルイーゼの結婚から三年が経とうという頃。


 私は母になった。


 フランツ様とマルグレーテ様の王子であるエドガー様とは四歳差。


 もっと年齢を開けてもよかったのだが、エドガー様が何の問題もなく健やかにお育ちなこともあり、フランツ様に「もう理性が限界だ」と再三しつこく訴えられたこともあり、しぶしぶ白い結婚を卒業することになったのだ。


──できることなら女の子がほしい、と妊娠中の私は願っていた。


 私の子は、エドガー様の立太子を揺るがすことのない王女であってほしい。


 娘であればエドガー様の政敵と見なされることはないだろうし、マルグレーテ様と一緒に女の子の服を選んだりして、楽しく育てていきたい。


 そんなことをわくわくと考えていたのだが……月満ちて産まれたのは男の子だった。


 仕方がない。こればかりは授かりものだ。


 息子はリュディガー・フランツ・ペルレブルクと名付けられた。

 

 誕生の報告を受けたフランツ様は飛び上がって喜び、着地に失敗して足を捻挫していた。


 まもなく正式に即位して国王となる予定のお方がこれで大丈夫なのだろうか……と心配になる。


 フランツ様だけではない。マルグレーテ様もリュディガーの誕生をまるでご自分のことのように祝福してくださったし、エドガー様もとても喜んでくださった。


 エドガー様はマルグレーテ様に似て聡明な方だが、弟が生まれたことでますます立派に成長されている。


 エドガー様がリュディガーを可愛がり、弟の手本となりたいと言ってさらに勉学に励もうとする姿には、胸がときめいてしまった。


 さすがは未来の国王。頼もしい。多分フランツ様よりもしっかりしている。


 リュディガーは余り感情を表に出さない静かな子だったが、エドガー様のことは大好きなようだった。フランツ様に抱かれると毎回泣くのに、エドガー様にあやされるとすぐご機嫌になる。


 フランツ様は「なぜなんだ……!」と涙をのんでいたが気にしない。

 

 初めて発した言葉さえ「にぃに」だったリュディガーを、エドガー様は「せかいいちかわいい!」と喜んで、ますます深く愛でてくださった。


 フランツ様は「ぱぱを言ってくれない……!」と膝から崩れ落ちていたが気にしない。


 一歳を過ぎて歩き始めたリュディガーは、フランツ様とエドガー様が同時に手を広げていても、毎回必ずエドガー様の腕の中に飛び込んでいった。


 フランツ様は「どうしてなんだ……!」と絶望して地面を叩いていたが気にし……いつまで続くのかしらこれ。


 弟をこよなく可愛がってくださるエドガー様と、エドガー様のことが一番大好きなリュディガーは、実の父も入れないほど鉄壁の兄弟愛を築いていた。


「フランツ様。もしもマルグレーテ様とエドガー様をないがしろにされるようなことがあれば、私はいつでも王宮を出て、リュディガーを臣籍降下させる覚悟がありますので」


 私は折に触れてフランツ様にそう釘を刺しもしたが、おそらく言うまでもなかった気がする。


 正妃として完璧に務めを果たされるマルグレーテ様にフランツ様が感謝の気持ちを抱かれていることもわかっていたし、後継者として申し分なく優秀に育っているエドガー様を愛おしく感じられていることもわかっていた。


 その証拠に、フランツ様の即位に際してエドガー様は正式に立太子し、この国の王太子となったのだった

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