第21話 プロポーズ②
戦時中、自粛していた慶事関連の話は、終戦ムードの中で一気に進んだ。
その最たるものが王太子であるフランツ様の婚姻である。停滞していた王太子妃選びが、終戦を機に再び動き出したのだ。
といっても、候補者はほぼ二人に絞られている。マルグレーテ様と私だ。
ノルデンブルクの令嬢か、オステンブルクの令嬢か。
二つの公爵家は歴史の長さも家格もほぼ等しく、後ろ盾に差はないといっていい。私たちのどちらが王太子妃に内定するのか、どちらの家につく方が利があるのかと、貴族たちはしきりに情勢をうかがっていた。
そんな中、私は久しぶりにマルグレーテ様と逢引きをした。
お土産のお茶を楽しみ、ルイーゼの婚約がまとまりそうだという話題で盛り上がった後、マルグレーテ様は不意に背筋を正した。
「エリーゼ様、一生のお願いです」
マルグレーテ様は私を真正面から見つめて、意を決したように告げた。
「私と一緒に、王太子殿下に嫁いでください」
まぁ、と私は息を飲んだ。
「もちろん、エリーゼ様が正妃です。私よりも年長、さらに王太子殿下のご寵愛も深いのですから当然です」
毅然とした声に迷いはない。
「私は側妃となります。ノルデンブルク家の誇りにかけても、長い間妃教育を受けてきた
この国は基本的には一夫一妻だが、国王および王太子だけは例外だ。必ず世継ぎをもうけなくてはならない立場のため、複数人の妃を娶ることが認められている。
フランツ様も複数の女性を囲う資格があるが、当然ながら正式な妻は一人だけ。正妃以外の女性は側妃や公妾として扱われる。
マルグレーテ様は王妃の座を私に譲り、ご自身は側妃に甘んじると言っておられるのだ。
「ですが……ノルデンブルク公爵がお認めになるはずが……」
「お父様は私が説得します。四大公爵家でただ二つ残った「北」と「東」、どちらが王妃の冠を
ノルデンとは「北」の意味で、オステンとは「東」の意味。
かつてこの国には、東西南北の名を冠する四つの公爵家が存在した。
しかし「西」と「南」はすでに没落し、現在まで残っているのはノルデンブルク家とオステンブルク家の二つだけだ。民にしてみればどちらから王妃が出ようと違いはないだろう。
しかしノルデンブルク公爵にとっては大違いだ。
公爵がマルグレーテ様を王太子妃にと推しているのは、決して私利私欲ではないと私は思う。
公爵はご息女が見事に期待に応えられ、完璧な淑女に成長されたからこそ、自信を持って推挙しているのだ。それは傲慢ではなく、努力に裏打ちされた自負だ。
だがマルグレーテ様はご自分のことよりも、フランツ様を
「王太子殿下のお心はエリーゼ様にあります。一国を統べる至高の座とは孤独なもの。愛する方を正式な妻に迎えることは、玉座を担う何よりの活力となるでしょう。どうか殿下のお気持ちに応えられてください」
ご自分の保身には
「私は王太子妃になるべく育てられました。その地位を誰にでもたやすく譲るとは思わないでいただきたいのです。……ですが……エリーゼ様ならば納得できます。私の自慢の……お友達ですもの」
「マルグレーテ様……!」
その瞬間。私の覚悟は決まった。
「プロポーズありがとうございます。マルグレーテ様」
「プ……プロポーズ……!?」
「喜んでお受けいたしますわ。私はマルグレーテ様と一緒に嫁ぎます」
私はマルグレーテ様の手を取り、しっかりとにぎった。――善は急げだ。
「フランツ様にお会いしてまいります。私の気持ちをお伝えしなくては」
***
「ということで、マルグレーテ様を王太子妃になさってください」
「ということで!?」
単刀直入に切り出すと、フランツ様は
「ということでの意味がわからないのだが!?」
「マルグレーテ様とお約束したのです。共にフランツ様に嫁ぎましょうと」
「ますますわからない!」
「では、もう一度申し上げますね」
私は居住まいを正してフランツ様を直視した。何年も前から求愛されていたのに、この方とこうして向かい合うのは初めてのような気がする。
「マルグレーテ様は筆頭公爵家の公女。地位のみならず人格も国母にふさわしいお方です。フランツ様にはマルグレーテ様を正妃に、私を側妃にしていただきたいのです」
だって、どう考えても私よりマルグレーテ様の方が適任なのだ。
はっきり言って私は社交界が好きではない。まだ数えるほどしか参加していないのに、もう嫌気がさしているのだから、よほど向いていないのだろう。
こんな怠惰な私が、権謀術数うずまく宮廷でそつなく渡り合っていける気はまったくしない。
表舞台には出ず、日陰にいる方がずっと性に合っている。我ながら私は明らかに王妃の器ではないのだ。
「何なんだ君は! ライバルを正妃にしてほしいだの、自分を側妃にしてほしいだの、そんなことを望む令嬢がいるか!」
「いるかは存じませんが、私は望んでいるのです」
フランツ様はぐぬ……という顔をした。
「……マルグレーテ嬢は素晴らしい淑女だと私もわかっている。地位も血統も教養も申し分ない」
「はい。申し分ないお方です」
「彼女を王妃にすれば、誰も異を唱えまい」
「はい。私も唱えません」
「君は唱えてくれ!」
唱えるはずがありませんけど?
考えるまでもなく私よりもマルグレーテ様の方が王妃に向いているし、うちのお父様よりもノルデンブルク公爵の方が王族の外戚に向いている。人には適正というものがあるのだ。
フランツ様はぐぬぬ……という顔をした。
「エリーゼ、王妃になればあらゆる栄耀栄華が思いのままだ。君はもっと贅沢な暮らしがしたいとは思わないのか?」
「え? 私は公爵令嬢ですわよ?」
私は公爵家で生まれ育った。国内でも最高水準の豪奢な生活をさせてもらったことは自覚している。
もちろん王妃や王太子妃の方がより贅を極めた暮らしをすることは可能だろうが、もう充分である。これ以上の贅沢なんてどうでもいい。
フランツ様はぐぬぬぬ……という顔をした。どこまで続くのかしらこれ。
「フランツ様。私を愛していると言ってくださるなら、私の願いを叶えてはいただけませんか?」
「何……?」
「マルグレーテ様を正妃にしてくださるのなら、私はフランツ様に嫁ぎます。ですが聞いてくださらないのであれば他家に嫁ぐつもりです。奇特なことに、私を妻にと望んでくださる殿方はたくさんいらっしゃいますので」
「は……?」
「ちょうど妹も婚約したばかりですので、私も急ごうと思っていますの。姉の私が先に縁談をまとめなければ、妹だって嫁ぎにくいですものね」
「……君は……どこまで私を翻弄するんだ……!」
フランツ様はライトブロンドの髪をぐしゃぐしゃにかき回して、
「……何でも言う通りにする。だから他の男に嫁ぐなんて言わないでくれ。エリーゼ、君なしでは生きていけない」
と、すがるように言った。
「社交界に興味がなければ出なくていい。
「わかりました」
私は添えられた手をそっとにぎり返した。初めて会った日、ダンスを踊った時のように。
「フランツ様がお望みならば、生涯おそばにいるとお約束します」
「エリーゼ……!」
フランツ様の顔がぱっと明るくなる。
しかし数秒の後、その笑顔は何かを察したように曇った。
「……君はまさか……子も産まないつもりか……?」
「産まないとは申しませんが、マルグレーテ様がお世継ぎをもうけられた後が望ましいと思っております。余計な後継者争いを生じさせないためにも」
フランツ様とマルグレーテ様の間に正統な後継者が誕生され、無事にお育ちになれば、私も安心できる。だから、それまでは――。
「それまでは白い結婚を貫きたいと思っています」
「……勘弁してくれ……!」
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