第19話 快進撃

 にわかに浮上したヴィクトル様とルイーゼの結婚話に、家族の中で意見は割れた。

 

 賛成派は男性陣。つまり父と弟である。


「でっかくてかっこいい!」


 我が公爵家の跡継ぎこと、弟のシュテファンの意見はこれだ。


「あんな大きな男の人はじめて見た! すっごく強そうで頑丈そう! あの方が義兄上になったらわくわくする!」


 つ、強そうとか頑丈そうとか、そんな理由で? と思ったが、賛同者が現れた。我が公爵家の当主こと、父のルドルフである。


「シュテファンの言うこともわかるぞ。ヴィクトル殿は男が惚れる男というか……大きくて強くて頑丈そうでわくわくする……」


 お父様、九歳のシュテファンと言っていることが同じです。


 要するに父も「でっかくてかっこいい」に一票なのだ。男というのは強さに憧れる生き物らしい。なぜなのか。

 

 一方、反対派はルイーゼ以外の女性陣。つまり母と私だ。

 

「でも、あなた。体の弱いルイーゼに辺境伯夫人が務まると思いますか?」


 そうため息をつくのは、母のフロレンティナ。


「こんなことを言いたくはないけれど、ルイーゼは子供を産めるかどうかわかりません。ずっと我が家で暮らす分にはそれでいいけれど、他家に嫁ぐのなら……それも当主の妻になるのなら、避けては通れない問題ですわ」


 当主の妻は必ず子供を、特に男子を産むことを求められる。


 三人の子を持つお母様でさえ、男の子のシュテファンが生まれるまではとやかく言われて悩むこともあったらしい。


 ヴィクトル様はリートベルク家の後継者。いずれは辺境伯家の家長となる方だ。


 辺境伯は国境を守護する国防の要。危険ととなりあわせの大任であることを考えても、辺境伯夫人は多くの子を産める頑健な女性が望ましいだろう。


 しかしルイーゼは病弱な体質だ。幼い頃よりは丈夫になったとはいえ、出産に耐えられるかどうかは大いに不安が残る。


 私が反対寄りなのもそれが理由だった。


 私だってルイーゼに幸せになってもらいたい。ルイーゼが恋した人と添わせてあげたいとは思うけれど、結婚とは当人だけの問題ではない。

 

 温室育ちのルイーゼに過酷な辺境の暮らしができるかも心配だし、後継ぎをもうけることを要求されてルイーゼが辛い思いをしないかも気にかかる。


 ルイーゼの恋を応援するべきか、あきらめさせるのが本人のためなのか。いくら考えても、答えは出なかった。


 私が悶々とする間にも戦況は進み、ヴィクトル様の率いる軍勢は快進撃を続けた。


 ヴィクトル様は非凡な統率力を発揮し、数で圧倒的に勝るテュルキスの大軍相手に一歩も引くことなく、自ら最前線に立って侵略の手を食い止めた。


 まさに獅子奮迅、八面六臂の活躍だと歌ういさおしが、王都にまで聴こえてくる。


 一方、私たち姉妹は贅沢を控え、孤児院や修道院に通っては奉仕活動にいそしむ日々を送っていた。


 連戦連勝を重ねるヴィクトル様の勇名はますます高まり、いつしか「不敗の猛将」の異名さえも国内外にとどろかせていたが、ルイーゼは浮かれる様子はなかった。


 求婚してきた男が英雄と呼ばれていることに少しくらい舞い上がってもよさそうなものなのに、ルイーゼはただ毎日ヴィクトル様の無事だけを祈り、生還を心から願っていた。


 重く立ち込めた戦争の日々が終わりを告げたのは、開戦から二年が経とうという頃。

 

 リートベルクはついに陥落を許さなかった。


 ヴィクトル様は国境を抜かせず、この国を守りきった。


 その難攻不落な堅固さに難渋したトゥルキス軍が、ついに根を上げ、和平調停の締結を承諾したのだ。


 元帥を務めていた老公爵は昨年、敵軍の将に討ち取られており、ヴィクトル様は戦火の中で元帥の地位を継いでいた。


 我が国がテュルキスに征服や併合はおろか、侵行さえもされずに済んだ。その尽力と功績は、論功行賞に際しても高く評価されることになった。


陞爵しょうしゃく……?」


 聞き返した私に、お父様は大きくうなずいた。


「ああ。このたびのヴィクトル殿の武勲を称えて、リートベルク家の爵位は引き上げられることになった」


 辺境伯の地位は公・侯・伯・男爵の四階級とは別枠である。同じ辺境伯と呼ばれる地位でも、家によって序列が異なるのだ。

 

 リートベルク辺境伯家はこれまで伯爵と同格とされてきたが、今回の陞爵を受けて侯爵と並ぶことになる。


「実にたいしたものだ。見事というほかはない」


 お父様は心底感嘆したように言った。


 ヴィクトル様は比類なき武力を発揮し、軍功を挙げ、自ら生家の爵位を押し上げた。


 陞爵の誉れにあずかるなど、男として最高の名誉なのだろう。


 しかし、私は不満だ。ええ、いたく不満である。


 なぜかと言えば、終戦からこちら、いくら待てど暮らせどヴィクトル様がルイーゼに会いに来ないからだ。


 二国間で調停が締結された後、ヴィクトル様は自軍を率いて凱旋を果たした。しっかり王都に帰ってきているのだ。


 それなのにまったくルイーゼに会いに来ないばかりか、会いたいとの申し入れさえ我が家に届かない。どういうことなの!


 考えられるのは、もうルイーゼへの想いが冷めている可能性。

 長い遠征中に別の女に目移りし、その女とよろしくやっている可能性。

 陞爵したことにおごって、我が家など視野に入らなくなった可能性。


……だめだ。どれも許せない。


 特に他に女ができた場合が許せない。想像なのにむかむかする。


 ルイーゼはずっと待ち続けているのに! あの子に求婚したのは嘘だったの!?


 不敗の猛将だか何だか知らないが、うちの妹を弄んだとしたら絶対に許せない。


 そんなもやもやに駆られる日々は、しばらく続いた。

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