第16話 女子会

 結果から言うと、女子会は大変盛り上がった。


 パーティーの後日。秘密裏に我が家を訪問されたマルグレーテ様を、家族一同諸手をあげて出迎えた。


 父と母は娘のお友達が遊びに来てくれるなんて嬉しいとにこにこしながら喜び、弟のシュテファンはこんなに気品があってマナーが完璧な令嬢に初めて会ったと感激していた。二人も姉がいるというのに、聞き捨てならない発言である。


 妹のルイーゼはもちろんとても喜んで、マルグレーテ様をもてなそうと真剣にお茶やお菓子を選んでいたし、メイドたちや料理人たちも当日の装花に料理にとはりきって準備をしてくれた。


「……オステンブルク家にこんなに歓迎していただけるなんて、思いもしませんでした……」


 ノルデンブルク家はもっと規律正しく、堅苦しい家風らしい。


 同じ公爵家でありながら厳格さのかけらもないフランクな我が家に、マルグレーテ様は驚きを隠せない様子だった。


 そして私の予想通り、マルグレーテ様とルイーゼはあっという間に打ちとけた。


 同年代に生まれ、同じような地位の家で育った私たちには、共通の話題がたくさんある。


 三人ですっかりおしゃべりに没頭し、お腹が痛くなるほど笑い、気がついた時にはもうお開きの刻限になっていてびっくりした。時間が経つのが早すぎる。


「こんなに楽しかったのは、生まれて初めてです……」


 別れ際、マルグレーテ様が名残り惜しそうにそう言ってくれて、胸がきゅんとしてしまった。


 王妃になるために厳しくしつけられてきたマルグレーテ様は、同じ年頃の友人を作ることも禁止されていたらしい。


 他家のお茶会すら、格下の連中とつるむなどくだらないと言われて行かせてもらえないのだとか。


 筆頭公爵家から見たらすべての家が格下でしょうに。それではどこの令嬢とも親しくなれないじゃない。ノルデンブルク公爵、頭が固すぎるわ……。


「お友達と夢中でおしゃべりする時間はこんなにも楽しくて、一緒に食べるお菓子はこんなにも特別美味しいものなのですね」


 お友達、とマルグレーテ様に言われて私も感動してしまう。なんていじらしい方なのかしら。


「私もとても楽しかったです、マルグレーテ様。どうかまた遊びにいらしてくださいませんか?」


 ルイーゼは澄んだ空のような青い瞳をきらきらさせて、マルグレーテ様をじっと見つめた。


「……っ……!」


 マルグレーテ様は一瞬、息を止める。


 わかるわ。うちのルイーゼのピュアな瞳でお願いされると断れなくなっちゃうのよね。ルイーゼ、おそろしい子。


「で、でも……オステンブルク家に何度も足を運んでは……お父様がお怒りになります……」

「別に我が家でなくてもよろしいですわ。例えば先ほど行ってみたいとお話していた舞台はいかがかしら?」


 今、王立劇場で上演されている舞台は、涙なくしては観られない傑作だと好評を博していた。王女と騎士の悲恋を描いたハンカチ必須のストーリーだとか。


「ノルデンブルク公爵はお芝居にはご興味がないお方でしょう? 屋敷を出てしまえばこっちのものですわ。劇場で待ち合わせて、一緒に観劇いたしましょう」

「そ、そんな楽し……悪いこと……!」

「行きましょう! ね、マルグレーテ様!」


 ためらうマルグレーテ様を姉妹でがっちりと挟み込み、左右から口説き落とす。


 根負けしたマルグレーテ様とともに観劇したお芝居は、それはそれは楽しかった。


 華麗な役者たちも、豪華な衣装も、のびやかな歌声の響く空間も、すべてが夢の中にいるような幻想的な美しさに包まれていた。


「素晴らしい物語でしたけれど……少々不満も残りますね……」


 閉幕後、ルイーゼが小首をかしげながらそう言うと


「ええ! あの時の騎士の行動は理解できませんわ! 姫を想う一心とはいえ、どうして単騎で敵に立ち向かうような真似をするのかしら? あれでは勇敢ではなく、ただの無鉄砲に見えてしまいますわ」


 マルグレーテ様がそう苦言を呈し、


「姫も姫ですわ。騎士を心配させたくないあまりに自分の心を押し殺して、その結果想いが伝わらずにいるのでは本末転倒。二人がもっと素直にお互いの気持ちを伝えていれば、あんな悲しい結果にはならなかったでしょうに……」

「それですわ、エリーゼ様!」


 解釈が一致した私とマルグレーテ様は、強く手をにぎりあった。


 すれ違いにすれ違いを重ねた上に悲劇の結末を迎える悲しい恋の物語を「コミュニケーション不足」と一刀両断しつつ、楽しいおしゃべりは尽きることなく続いた。


 すっかり仲良くなった私たち三人はその後、何度も秘密の逢瀬を重ねた。


 王都でも有名な老舗のカフェに出かけたら、奇遇にもマルグレーテ様の馬車も停まっていたので、たまたま予約していた三名用の個室でたっぷりと歓談に興じたり。


 今が見頃のアーモンドのお花を愛でに姉妹でピクニックに行ったところ、現地で偶然マルグレーテ様に出会ってしまったから、シェフが偶然たくさん作ってしまった軽食を一緒に囲んだり。


 振り返れば――普通の十代の女子らしく無邪気に笑いあったあの時間は、私たちにとって青春とも言うべき、貴重な日々だったのだ。

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