第14話 ルイーゼのデビュー

 さらにその翌年は、私の可愛いルイーゼがデビューする年だった。


 数週間前から念を入れて健康管理に努めて過ごしたかいがあって、ルイーゼは体調を崩すことなく当日を迎えることができた。


 初めて社交界に参列する令嬢は、必ず純白のドレスを着ると決まっている。


 王国の由来である真珠ペルレにちなんだ装いなのだが、染みひとつないまっさらな白の色と清楚な光沢は、清らかなルイーゼにとてもよく似合っていた。


 母も弟も私も、ルイーゼの愛らしいデビュタント姿には大満足だったし、パートナーを務める予定の父もでれでれと目を細めていた。


 そう、今回のパーティーで、ルイーゼをエスコートするのは父の役目。

 つまり私にはパートナーが不在なのだ。


 幸いと言うべきか、多くの家の令息から私のパートナーになりたいと希望する手紙が殺到していた。


 承諾の返事は、届いた手紙の中でもっとも高位の相手に対して出すことになるのだが……。


「エリーゼ! パートナーの申し込みを受けてくれて嬉しいよ!」


 フランツ様は新緑色の瞳を輝かせて、私の手をがっしりとにぎった。


 どうしてこうなった……と思うが、届いた手紙の中で一番身分の高い男性はフランツ様だったからこうなったのである。


 フランツ様と直接お会いするのは、私のデビューの日以来。つまり丸二年ぶりということになる。


 二年もの間、一度も顔を会わせていなかったにも関わらず、フランツ様は当時と変わらない熱意で迫ってくるものだから面食らってしまった。

 

「もう一度会いたいと、ずっと願っていたのだ。エリーゼ、君は以前と変わらず……いや、以前よりもさらに美しい……」

「あの、フランツ様。私は本日は妹のデビューを見守りたいだけなのです」


 手の甲に口づけてささやくフランツ様から距離を取って、私は今日踊るつもりはないことを正直に告げた。


「ですから、私のことは何もお気になさらないでください。フランツ様はどうか他のご令嬢をお誘いになり、ご自由にお過ごしくださいね」


 なぜかフランツ様はいたく不本意そうな顔をされていたが、気にしている暇はない。私はルイーゼのデビューを見届けるのに忙しいのだ。


「あそこにいるのが父と妹ですわ。ご覧になってください、フランツ様! うちの妹は世界一可愛いのです!」

「い、いや……確かにルイーゼ嬢も愛らしいが……エリーゼ、私は君の方が……」


 フランツ様がもごもごと何か言っていたが、よく聞こえない。


 真珠色のドレスに身を包み、プラチナブロンドの髪にディアデムを飾ったルイーゼは白薔薇のようで、間違いなくこの場で一番可憐だった。


 緊張した面持ちだが、それがまた初々しくて愛くるしい。エスコートするお父様もご満悦の表情である。


 何人もの令息が熱に浮かされたようにルイーゼに見とれ、ダンスを申し込もうと近寄ってくるが、すべてお父様がやんわりと遮断していた。


 私のデビューの日はいまいち頼りにならなかったお父様だが、さすがは二度目。ブロックのスキルが上がっている。


 ──こうして見ると、ルイーゼも本当に大きくなったわね……。


 早産で生まれて何度も生死の境をさまよった小さなルイーゼが、こんなに美しく成長して社交界へのデビューを迎えるなんて、思い返すだけで泣いてしまう。


 せっかく侍女たちが頑張ってくれたお化粧が台無しになるから泣くのは我慢するけれど、姉としては胸がいっぱいだ。


 お父様のブロックが功を奏し、無事に父娘でファーストダンスを踊り終えたのを見届けた頃には、私は「今日来た目的は果たしたわ……」と満足感でいっぱいになっていた。


 ルイーゼの幼い頃からの姿を走馬灯のように思い返しながら、妹の成長に感無量になっていた時だった。


「──オステンブルク公爵令嬢」


 冷ややかな声に呼び止められて、我に返る。


 声よりも冷ややかな目つきで私を見据えていたのは、落ち着いたアプリコット色の髪。


「……ノルデンブルク公爵令嬢?」


 筆頭公爵ノルデンブルク家の令嬢、マルグレーテ様。公式の場で言葉をかわすのは初めてだ。


(まぁ、かわいい!)


 とっさに抱いた第一印象はそれだった。


 きりっとした顔立ちがかわいい。

 勝ち気なのにあどけなさの残る瞳もかわいい。


「お初にお目にかかります。オステンブルク公爵令嬢。マルグレーテ・イレーネ・ノルデンブルクと申します」


(すごい……。かわいいだけじゃないわ!)


 マルグレーテ様が披露したのは、惚れ惚れするほど美しいカーテシーだった。

 

 しなやかに片膝を折りつつ、背筋はまっすぐに伸びているし、お辞儀の角度も完璧。細部まで気を抜かない所作は、指先さえも気品にあふれていた。


 私だって幼い頃から礼儀作法は習っているけれど、ここまで徹底したマナーが身についているかといったら自信がない。


 ルイーゼだってそうだ。あの子はとても愛らしいが、どこか抜けていて、カーテシーひとつとってもなかなか家庭教師から及第点をもらえずにいた。


 何度も直されて四苦八苦する姿を見ていたからこそ、ルイーゼと一歳しか変わらないマルグレーテ様がお手本のような素晴らしい所作を身につけているのには感服するしかない。


 偉いわ……と目を細めていると、マルグレーテ様はさらにまなじりを上げて私を睨みすえた。


「無礼を承知で申し上げます。オステンブルク公爵令嬢、王太子殿下を惑わすような真似はおやめください」

「殿下を……惑わす……?」


 そんなことしたかな? と首をかしげるものの、マルグレーテ様の目は本気だった。


「王太子殿下のパートナーをお受けになったかと思えば、一曲さえご一緒に踊られない。パートナーの務めをろくに果たされる気がないのならば、いったい何のためにこの場においでになったのです? 気まぐれで殿下を振り回して、楽しんでおられるのですか?」


 何のためかと問われれば、ルイーゼのデビューを見守るためとしか言いようがないのだけれど、はた目にはやる気のない態度に映っていたらしい。それもそうだ。


「二年もずっと王太子殿下の求婚にまともにお答えになっていらっしゃらないのですよね。それなのに今回はパートナーの申し入れを受諾したかと思えば、ろくにお相手もなさらずに、気もそぞろでいらっしゃるなんて失礼ですわ。殿下のお気持ちをお考えになったことがありますの?」


 求婚……? されてたかな……?


 フランツ様から届いたお手紙にそんなことが書いてあった気もするが、社交辞令だろうと受け流していた。


 え? もしかして……私、殿下の求婚をのらりくらりとかわしつつ、気まぐれでパートナーを受けたかと思えば、会場では殿下を放置して務めを果たさない非常識な令嬢に……なっている?


 そんなつもりはなかったのだけれど、マルグレーテ様の理路整然とした物言いに指摘されると、反論のしようもない。


「殿下のお気持ちに添われる気がないのなら、はっきりと辞退してくださいませ。オステンブルク公爵令嬢――あなたに王太子妃の座は務まりません」

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