第8話 新婚夫婦の朝

 ルカ・ヴィクトル・リートベルクの朝は早い。


 以前から早かったのだが、最近はさらに早くなった。

 

 理由は一つ。愛する妻の寝顔を見たいからだ。


 ルカが音を立てずに起き上がったのは、空が白み始めたばかりの薄明はくみょうの時刻。


 まだ寝ていてもいいのだが、必要もないのに自主的に早起きしているのである。


 息を殺してそっととなりをうかがうと、シーツの上にゆるく波打つ黒曜石の髪が目に入った。


 今は閉じた青玉の瞳。伏せた長い睫毛。

 規則的な呼吸をくり返しながらわずかに上下する胸に、早朝から心拍数が急上昇する。


(今日も世界一……綺麗……!)


 アレクシアを起こさないよう、ルカは心の中だけで盛大に悶えた。


 まだ薄暗い早暁そうぎょうの光の中に、アレクシアのしなやかな体の線が浮かび上がる。


 鍛えられた背筋。隙のない腹筋。全身にしっかりと筋肉が詰まった固い体躯。

 

(すっ……きいぃぃぃ……!!)


 あばたもえくぼ、というわけではない。

 

 引き締まった筋肉も、無双の怪力も、刻まれて消えない創痕そうこんも、全部彼女のえくぼである。あばたなど一つもない。


 アレクシアの強さも美しさも凛々しさも、すべてがルカの心をとらえて放さなかった。彼女を知れば知るほど、一緒に過ごせば過ごすほど、想いはますます募る。


 アレクシアに片想いをしていた頃。ただそばにいられるだけでよかった。


 彼女を想って生きられるだけで、かまわないと信じていた。


 でも、今は違う。


 憧れ、崇拝し、しかし心を殺してあきらめ続けた女性と結婚しても、想いが浄化されることはなかった。


 満足しても、たされても、飽きることはない。


 恋のその先にたどり着けたことに、ただ途方もない多幸感がこみあげる。


「はぁ……幸せすぎてこわい……」

「そうか?」


 心の中で噛み締めていたはずが、鳴き声が洩れてしまった。アレクシアは苦笑しながら瞳を開ける。

 

「ごめん! 起こしちゃった?」

「いや。朝の稽古があるからな。そろそろ起きようかと思っていた」


 正直に言えば、視線が突き刺さるのを感じて目が覚めたのは事実だ。


 嫌ではない。まじまじと見つめられるのは恥ずかしいし、こそばゆくもあるが、これまで味わったことのない安らぎをアレクシアにもたらした。


 何よりも、目が覚めて最初に見るのが、この上なく幸せそうな夫の顔なのは……悪くない。


――好きだ、とアレクシアは思った。


 ルカが自分を大切そうに見る目が好きだ。

 宝物を扱うように優しく触れる手が好きだ。


 慈しむように名前を呼ぶ声が、晴れた空のような澄んだ明るい笑顔が好きだ。

 心地よくて、愛おしくて、幸せだと素直に思えた。

 

 出会った時からずっとルカに対して抱いていた信頼や尊敬の気持ちが、はっきりと愛情に変わっていく。

 

 人を愛するとはこういうことか、と腑に落ちるような充実感が胸を満たした。


 もう、この溺愛から抜け出せそうにない。


「おはよう、ルカ」


 上半身を起こしてささやくと、羽織っていた毛布がはらりとベッドに落ちた。


「……っ!」


 露わになった絶景を前に、ルカの理性のたがが外れる音がした。


 思わずアレクシアを押し倒し、手首をつかんで敷布に縫い止める。


 朝練には無事遅刻した。







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新婚編ご覧いただきありがとうございました!

次回からは脇役キャラの番外編スタートします。

よろしくお願いします!

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