第7話 発光と効果音

 うきうき。 うきうき。


 城の中庭に面した調理場の一角。


 ルカは鼻歌を歌いながら、高速で玉ねぎを切り刻んでいた。


 皮を剥き、みじん切りにし、油を回して一気に火で炒める。


 今朝のスープは鳥を数羽まるごと使って、じっくりと出汁を取ったものだ。


 そこに炒めた玉ねぎを加えてコクを出し、牛乳を足しながらコトコトと煮込んでいく。


 にんじんにいんげん、きのこやレンズ豆を入れると彩りが良くなるし、ボリュームも出て食べごたえがある。大食漢の騎士たちにも美味しく食べてもらえるだろう。


 仕上げに卵黄を混ぜて、さらにスープにコクを出していた時。その騎士たちが汗を拭きながら、どやどやと調理場の前の中庭まで押し寄せてきた。


「あー、腹減ったぁー」

「おっ、すげーいい匂い!」

「今日のメニュー何っ……」


 三人そろってにぎやかに現れたのは、騎士のユリウスとクラウスとマリウスだ。


 厨房の軒をくぐった瞬間、三人は三人とも目を覆った。


「「「まぶしっっっ!!!」」」


 どういうわけか、外よりも室内の方が異常に明るい。調理場一帯が、煌々とした光に照らされているのだ。


「ユリウスさん、クラウスさん、マリウスさん。おはよう!」

「さ、爽やかぁ……!」


 光源はルカだった。


 彼の明るい金髪はいつも以上に明るく輝き、笑顔はいつも以上に爛漫にきらめき、立っているだけで後光がさして見える。


 結婚前からにこやかな男だったが、結婚後は以前の比ではない。幸せという言葉を全身で体現しているかのように、きらっきらのぴっかぴかに光を放っていた。


「なぁ、人間って発光すんだっけ?」

「するみたいだな。どーゆー原理かわかんねーけど」


 ユリウスとクラウスが目を見合わせて首をかしげると、同じく朝食作りに精を出していた料理人のヨハンとハンスが二人そろって「本当にどういう原理かさっぱりなんですよねぇ……」とうなずいた。


「まぁ手元が明るくなって、作業しやすいからいいんですけどね」

「ええ。照明がわりになってちょうどいいです」

「順応性高っ!」


 仕組みはよくわからないものの、明るくて便利だと思うことにしたらしい料理人たちに、マリウスも突っ込みを抑えきれない。


「今日も気持ちのいいお天気だね」

「すっげー雨降ってますけど」

「世界は美しくて、人生は素晴らしいよね」

「聞いてねーな」


 ユリウスとクラウスも立て続けに突っ込むが、ルカはあいかわらず幸せを天元突破したような満面の笑顔を絶やさなかった。


 謎の発光現象だけではない。彼が移動するたびに、うきうき、とはずんだ音が鳴るのも聴こえる。


「どこから出てんすかその効果音」

「いやー……すげーな……」

「よっぽど幸せなんだな……お嬢との新婚生活……」


 ユリウスとクラウスとマリウスがしみじみとあきれ……感心する横で、ルカは石窯の扉を開けてパーラーを差し込み、パンを取り出した。


「はい、パンが焼けたよ~!」

「「「うおおお! うまそー!!」」」


 パンはむらなく均一に焼き色がついていた。ほかほかと立つ麦の香りが食欲をそそる。


 結婚してからというもますます幸せそうなルカは、料理の腕もますます磨きがかかっている。


 ──美味いものを食えるんだからいっか、と割り切って、ユリウスとクラウスとマリウスは今日も朝食に舌鼓を打つのだった。




 ***




「まぁ……」


 感嘆したのはマリーだった。


 マリーはアレクシア付きのメイドだが、アレクシアは昔から手のかからない女主人だった。


 日常的な着替えや身支度はメイドたちの手を借りずにさっさと自分でやってしまうし、騎士との訓練や領地の見回りに適した実用的で質素な服ばかり好んで着るから、凝ったドレスを着付ける機会はめったにない。


 アレクシアは仮にも高位貴族の令嬢なのだが、お年頃と言っていい年齢になっても浮いた話ひとつなく、それどころか毎日のように山で獣を相手に弓を引き、駐屯地で騎士を相手で剣をふるい、どんどん人間離れしていく一方だった。


 ──もっと手をかけたい、かけさせてほしい、とメイド一同どんなに切に願ったことか……。


 そんなアレクシアがついに婿を取り、人妻となった今日この頃。


 着る服装は以前と変わりないのに、明らかに以前とは変わったと感じることが増えた。


「まぁまぁ……」


 マリーはもう一度感嘆のため息をこぼして、うっとりと目を細めた。


「お嬢様、最近ますますお綺麗になられましたね」

「そうか?」


 アレクシアの漆黒の髪は艶々として、なめらかな光沢が輪を作っていた。肌も以前にもまして張りと弾力があって、きめ細かに輝いている。


「ルカ様に愛されておいでなのですねぇ……」

「関係があるのか?」

「ありますとも。ご存知ですか? 植物も優しい言葉をかけるとよく育つのだそうですよ」


 草や木も美しい音楽を聴かせると、発育が良くなると言われている。


 人間もそうなのだ──とマリーは語った。愛情のこもった褒め言葉を注がれると、さらに美しく花咲くものなのだと。


「そういうものか……」


 アレクシアは素直に首肯した。


 ルカに愛されていることは実感している。


 毎日欠かさず愛の言葉をささやかれ、真摯なまなざしで一途に見つめられて。

 まるで器に水を注ぐように、絶えず満たされていると改めて思った。

 

 マリーはくすくすと笑った。


「お嬢様以上に、ルカ様も光輝いておられますけどね」


 先ほども騎士のユリウスとクラウスとマリウスたちが「どーゆー仕組みかわかんねーけど最近のルカ様は発光してる」と首をかしげていた。


 恋を叶えた男というのは、こんなにも内側から輝いて見えるものなのかと感心するほど、とにかく毎日ルカは上機嫌で、嬉しそうで、幸せそうだ。


 幸せに満ち足りた人間がいるだけで、周りも自然と明るく照らされるものだ。それがアレクシアとの結婚によってもたらされたものだと思うとなおさら微笑ましくて、マリーはふふっと目を細めた。


「若いっていいですわねぇ。私も夫と出会った頃を思い出しますわ

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