第6話 新婚夫婦の夜
義父との関係も良好であるが、夫婦の関係ももちろん極めて良好である。
とばりもすっかり降りた夜更け。一日の仕事を終えたアレクシアは、夫婦の共用の寝室で再びルカと顔を合わせた。
貴族は夫婦であっても寝室は異なるのが一般的である。夫も妻もそれぞれ個別の寝室を持った上で、さらに夫妻共用の寝室も持っている。
夫婦仲の好悪に関わらず、基本的に貴族は個々人の寝室で眠るのが普通なのだが、ルカとアレクシアは連日のように共用の寝室で過ごしていた。
アレクシアが髪紐をほどくと、結い癖の残る黒髪がゆるやかに波打ちながら夜着に流れた。
「僕がやっていい?」
ルカは
先日の視察の件から、明日作ろうと思っているメニューまで話は尽きない。ルカは持ち上げた髪に、愛おしそうに頬を寄せた。
「君の髪が好き。強くて勇ましくてまっすぐで、義父上と同じ色だ」
「君の目も好き。宝石よりも澄んだ綺麗な青で……瞳を見るだけでまるで青空を見ているような気がするんだ」
透き通った青の色をまじまじと見つめながら、ルカは真剣な顔で愛をささやいた。
「君の全部が好き。君と一緒にいるだけで嬉しい。君の声を聞くと心が弾むし、君に触れると胸がドキドキする……」
──思ったことを全部口にする男だな、と苦笑つつも、彼の素直さがありがたいとアレクシアは思う。
アレクシアは母を早くに亡くし、武骨な父と二人きりの家族として育ってきた。
女性らしい情緒に欠けていることは自覚しているし、恋愛面の機微にも疎いから、夫が
それに……声を聴くと心が弾むのも、触れると胸が高鳴るのも……彼の側だけではない。
「キスしていい?」
「ああ」
許可を求める声が降って、アレクシアは静かにうなずいた。
ルカの蜂蜜色の髪が頬をくすぐって、そっと触れるだけの優しい口づけが落ちる。
「ルカはよく、キスしていいかの確認をしてくるな」
「だって、もしも君が嫌なら無理強いはしたくないから」
だからキスの前にはなるべく同意を取るようにしているらしい。
今のところ、拒否したことはないはずだが。それでもちゃんと意思確認をしてくるのだから律儀な男だ。
「僕はいつだって君にキスしたいよ。したくない時は一瞬もない」
「そうなのか?」
「うん」
ルカはごく真剣な顔で語った。いつもどんな時も、アレクシアに触れたいと思っていること。隙あらばキスしたいと願っていること。
「いつでもキスしたい。なぜならば、いつでもキスしたいと思っているからです!」
「説明になっていないが」
堂々と言い放たれた謎の構文。
アレクシアは頬を緩めてかすかに笑みつつ、自分から顔を寄せて、そっと唇を合わせた。
もともと紅潮していたルカの顔がさらに一段と朱に染まる。
「……君には一生勝てないな……」
幸福な降伏をして、ルカは愛おしそうに水色の目を細めた。
「愛してる、アレクシア」
つないだ手から、体温が流れ込んでくる。
触れた肌から、ぬくもりが伝わってくる。
「言葉でなんて言い表せないくらい、誰よりも愛しているよ……」
アレクシアの呼吸を感じられること。
彼女の存在を、一番そばで確かめられること。
こんな幸せが自分に起こるなんて、考えられなかった。
こんな奇跡が人生に許されるなんて、思いもしなかった。
「……ん……っ!」
掠めるだけだった口付けが深さを増した。
ふたつの影がひとつに重なって、ひとつの吐息を二人で分け合う。
目を閉じると、感覚がさらに鋭敏になる。丁寧かつ的確なキスに、角度を変えて何度も攻め立てられて、アレクシアはびくりと眉を寄せた。
「……ルカ、待って……」
ルカが器用なことは知っていた。手先も達者だし、料理も上手だし、何をやらせても飲み込みが早い。
──それにしても。それにしてもだ。
「……上手すぎないか?」
それにしても、上達が早すぎる。
アレクシアの反応を全部記憶して学習しているのではないかと思うほど、日に日に技巧が進化している。年下の夫の成長が速すぎて怖い。
ルカは大きく目を見開いた。
「それは……褒めてくれてると思ってもいい……?」
耳にかかる熱い吐息に問われながら、アレクシアはそっとうなずいた。
そのわずかな頭の上下だけで、ルカの心臓は破裂しそうになる。
「……溺れそうだ」
切羽詰まった苦しそうな声が、脳髄にじんと響く。
「僕はとっくに君に溺れているよ……」
月光に照らされてルカを見上げるアレクシアは、我を忘れそうになるほど煽情的で、息が止まりそうになるほど美しかった。
(……幸せ……!)
ルカはあふれるほどの多幸感を噛みしめた。
夜は一番好きな人を抱きしめて、心地いい鼓動を感じながら眠る。
朝は目覚めたら一番好きな人の、無防備で美しい寝顔が目の前にある。
おはようからおやすみまで、最愛の相手と一緒にいられるなんて、こんな幸せなことがあるだろうか。
(結婚……最高……!)
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