第10話 終わり、そして始まり

俺はゆっくりと身体を起こす。

今まで感じたことがない激痛が全身を駆け巡った。


「ッツ……!!」


痛みで顔が歪む。

それでも立ち上がり、

足を引きずり、肩をおさえながら、一歩一歩進む。


「ミミ…無事か……?」


エンシェントブレイズ……

とんでもない破壊力の魔法だった。

分身どころか、セーフゾーンの影も形もない。


ミミが最終的に隠れる場所は決めていたが、

ここまで地形が変わってしまうと、さすがにわからない。


「声が聞こえる……」


微かに聞こえる声を頼りに、その出所を探す。

どうやら話をしているようだ。

スマホ自体はミミに預けていたので、リスナーと話をしているのだろう。


「はは……みっけ」


岩陰に隠れるミミを見付ける。

その顔は不安と心配が混じり、涙で溢れている。


「マサト……さん?」


俺の方にを向いたミミは、一瞬泣き止むが

またすぐ、滝のように涙を流し、俺に抱き着いてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁん

 なんて無茶するんですか…!

 マサトさんのばかぁぁぁぁぁあああ!!!

 マサトさんがいなくなったら、私…私……!!」


顔を俺の胸元に沈め、俺の身体を強く抱きしめながら

大泣きするミミに、驚きつつも頭を撫でる。


「……そんなに心配してくれたのか?

 すまないな。

 ソロが多かったから、そこまで気が回らなかった」


俺は噓を吐いた。

心配をかけることはわかっていたが、

ミミに殺気を向けられて、黙ってられなかったなんて

言えるはずがない。


それ以上は何も言わず、ミミが落ち着くまで頭を撫で続けた。



「——ところで……」


しばらく経ってミミの大泣きが落ち着くと、

俺はこの空気で、とても言いづらくなりながらも口を開く。


「なんですか?」


ミミは、ひっくひっくと、しゃっくりをしながら聞き返してくる。


「……結構身体が痛くてな。

 手加減してくれると助かる」


ミミが心配した、と抱きしめてくれたのは、

心配されることのないソロ探索者としては嬉しいことだったが、

全身がズキズキと痛み、そろそろ限界だった。


「…………!?!?すすす、すみません!!」


ミミは俺の顔を見つめ、最初は何のことかわからない顔をしていたが、

今の状態にハッとなると、顔を赤くしながら、後ろに飛びのく。

その様子から、ケガなどはないとわかり安心した。


ふと視線を落とすと、

彼女の手には俺のスマホが握られていた。


(ちっ!泣いて取り乱してたミミちゃんをせっかくこの『俺』が慰めてたのに!!)

(戻ってきて早々イチャつきやがって!!ちなみに慰めてたのは俺な)

(俺らに感謝の言葉とかはないもんかねぇ。本当に慰めてたのは俺だけど)

(男どもは少しマサト君の心配してあげたらどうなの?

 そんなんだからモテないのよ!)


スマホを返してもらい、コメントを確認すると、

相変わらずの雰囲気で、実家に帰って来たような安心感を覚える。


「助かった。

 俺が戦い始めてから戻るまで、ミミのそばにいてくれてありがとう」


俺は素直に感謝を伝える。


(ど、どういたしまして?)

(改めてそんな素直に言われると、反応に困るんだが)

(ま、まぁ、ドラゴン戦のお前はカッコよかったぞ……俺の千分の一くらいな)

(逆だろ?)

(マサト君、本当にお疲れ様!)


リスナー達の反応は、今までにないくらいに大人しく

思わず笑ってしまった。

ミミもつられて笑う。


そんな穏やかな時間もつかの間、


——キイィィィィィィィィィィン


俺の頭に奇妙な甲高い音が響く。

ミミの方を見ると、彼女も不快そうな顔をしていた。

スマホを見ると、


(どうした?)

(何かあったん?)

(なんだなんだ??)


というようなコメントが流れ、

俺とミミだけが感じている事だというのがわかる。


その音がだんだんと大きくなり、俺の意識はそこで途切れた。



————気付くと俺とミミは真っ白な空間に立っていた。


「ミミ、無事か?

 ここはいったい……」


「大丈夫です。

 私もこんなところ初めてで……

 さっきまでダンジョンにいたのに」


俺の手に握られていたはずのスマホもなくなっていた。

二人で状況を把握するために、辺りをキョロキョロと見回す。

すると突然目の前に、白く輝く巨大な球体が、下からせり上がって来たかと思うと、

頭の中に声が響く。


『我が子らよ。

 まずは試練の突破おめでとう』


我が子ら?

試練って言うのはさっきのドラゴンのことだよな?

ということは…


「もしかしてあんたが、ドラゴンが言っていた弱体化されたという神か?」


俺の言葉に驚きながら、

ミミも固唾を飲んで球体からの返事を待つ。


『そうです。

 弱体化された影響で、このような姿になっていますが、

 邪神がこの世を支配する前は、私がここを守護していました』


その答えに驚きはしなかった。

おかしな空間に、奇妙な球体、

こんなモノを見せられれば誰だって想像はつく。

俺は、横にいるミミに視線を移す。


……誰だって、というのは訂正する。


「それで、ここはどこだ?

 ただおめでとうを言うために呼んだわけじゃないだろ?」


勝手に試練とやらを受けさせられ、命の危機に瀕した。

許せるわけがない。

そんな思いを、言葉に乗せてぶつける。


『ここは精神の世界。

 私が存在する世界です。

 あなた達と話をするために、精神を繋げさせてもらいました。

 身体には怪我がないよう

 丁重に扱わせていただきましたのでご安心を。

 ……そんなに睨みつけて敵視しないでください。

 このような形で進めるしかなかったことは、申し訳なく思っています。

 しかし、あなた達の世界には時間がなかったのです』


俺とミミは顔を見合わせた。


「俺たちの世界には時間がない?

 どういうことだ?

 ドラゴンがこの世界は終焉を迎えるとか言っていたが……」


『その質問に答えるために、

 少しお時間を頂けますか?』


俺たちが頷くと、巨大な球体は

気持ちを落ち着けるように一呼吸置き、

静かに話し始めた。

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