第9話 時間稼ぎ

「とりあえず…プリズム!」


俺は攪乱目的でプリズムを発動させる。

何人もの俺が四方八方にから、ドラゴンへと向かっていく。


「ドラゴンの明確な弱点なんかわかんねぇな……

 まずは尻尾を狙いに行くか」


手持ちの武器は、

いつも戦闘時に使う小刀が二本と、剥ぎ取り用のナイフが何本かある程度だ。

俺は能力的に機動力を活かした戦闘スタイル、ヒット&アウェイが基本戦術で、

そんなに攻撃力に特化した装備は、機動力を落としてしまうので持たない。


「これでどこまでやれるか……」


一抹の不安を抱えながら、

咆哮を上げてから、未だに微動だにしないドラゴンを見て、

イラつきを覚える。


「余裕のつもりかよ!」


俺は【スキル:身体強化】を発動させ、身体能力を強化し、

目標の尻尾へと辿り着く。

そしてその勢いのまま、イラつきを小刀に乗せ、斬り付ける。


——カキィィン


「は……?」


甲高い音と共に、小刀の刃先が顔の横を通過した。


折れた!?

なんだこの硬さ!!


「そりゃ余裕なわけだ……」


俺はドラゴンを見上げ、引きつった笑みを浮かべる。

そしてそのまま距離を取った。


「身体強化の一撃で、傷一つつかないどころか、

 武器が折れちまった。

 これで俺の攻撃は、無駄なことが証明されたわけだが……

 あとはミミに賭けるしかないな」


俺はドラゴンを見つめながら呟く。

コイツの目標は俺のみらしく、

ミミには気付いているはずなのに、見向きもしない。


まぁ、作戦的にはありがたいことだがな。

俺としては、ミミの準備完了までに、もう少し時間を稼いでおきたいところだが、

人間とドラゴンというサイズの違い、攻撃が通らない圧倒的防御力、

この現実を覆すための手段が俺一人では用意できない。


「これだけのマイナスがあるのに、

 まだ相手の攻撃力が未知数とか、厄介すぎるな……」


俺は引きつりながらも笑顔を続け、余裕があるフリをする。

ここで一気に攻められたら終わりだからな。


そんなことを思っていると、

ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。


「言ったそばからブレスかよ!?」


予備動作からブレス攻撃と即座に判断し、

俺は近くの岩陰に隠れようと走り始めるが、

ブレスの方が早いのは確実、隠れる前に吐き出される。


ドラゴンは溜め込んだ空気を一気に前方へと吹き出す。

すると、口から吐き出されたソレは大きな炎の渦へと姿を変え、

一直線に俺に向かって進んでくる。


「マサトさん!?」


ミミの叫び声が響き渡る。


「心配すんな!

 【スキル:縮地】!」


スキルを発動させると、俺の身体が加速する。


縮地は古武術に分類される現代にもある技だが、

スキルの縮地は、明らかにそれとは加速も速度も異なる。

現代縮地の超絶強化版と言ったところだろうか。


俺はそのまま岩陰に身を隠し、ブレスがおさまるのを待った。

直接当たらずとも、息を吸い込むだけで喉が焼かれそうなほどの熱量に、

酸素は枯れていき、酸欠になっていく。

そんな高温の炎に包まれたものの、フラフラになりながらも耐え切る。

周りの地面は溶け、

俺が隠れていた岩も、あと数十秒もすれば無くなっていただろう。


「間一髪耐えた……

 ミミは……?」


ミミが隠れる予定の岩陰に目を向ける。

そこにはインビジブルを解除し、不安そうな顔をしながらも、

両手を使い、頭の上で大きな丸を作っているミミの姿があった。

どうやら準備が出来たようだ。


「無事時間稼ぎの任務は果たせたようだな……

 あとは任せた……」


ミミに向けて握った拳の突き出し、親指を立て

返事をし、あとのことをミミに任せ、

俺はその場に座り込んだ。


「マサトさんに任されたので、

 ここからは私がお相手します!!」


ミミの声が聞こえてくる。

自信のこもった良い声だ。


「来たれ!古の浄火!悠久の時を越え、今顕現せよ!」


そう唱えると、散らばっていた分身の全てから、ドラゴンに向かって魔法陣が展開される。

魔法が使える奴が分身を使うと、こんなに派手なことになるのかと

辺りを見回し感動していると、

魔法陣の中心に、魔力が圧縮された炎の玉が出現し、どんどん巨大化していく。


「おいおいおいおい、これはいくらなんでも強力すぎませんか?

 こんな魔法まで使えるのかよ」


そういえば、詠唱しなければいけないような魔法は、

強力すぎるため、味方を巻き込む可能性があるため気を付けなければいけないと聞いたことがある。


俺はミミを絶対に怒らせないようにしようと心に誓った。


「いきます!

 私の全力全開!

 エンシェントブレイズ!!」


周囲に展開された巨大な炎の玉は

魔法陣から弾き出されたかのように勢いよく発射される。

分身の魔法に攻撃力は無いものの、目くらまし的な効果がありそうだ。


ドラゴンを中心に、四方八方にある岩陰に隠れたミミの分身から放たれた

いくつもの巨大な炎の玉はドラゴンへ向かって一斉に飛んでいく。


迫りくる炎の塊に圧縮された、とんでもない魔力量に気付いたのか、

ドラゴンは慌てたようにブレスで対処しようとする。

しかし、ミミの放った魔法の、強大すぎる魔力が部屋を満たし、

どれが本物か、感知できないようで、

一つずつブレスを当て、違えば隣へとブレスを移動させ、

本物を虱潰しに探しているが、間に合うわけもなく、

分身も含めたいくつかの炎の玉がドラゴンに直撃した。


すると、先ほどのブレスとは比較にならない熱量の火柱が

ドラゴンの身体を飲み込む。


『グオォォォォオ!!!!!』


大きな叫び声を発し、ドラゴンは苦しんでいる様子だった。

ドラゴンは火に耐性があるというのがゲームでの常識だが、

これだけの熱量だとさすがに関係ないか。

とんでもない火力だもんな。


「うおっ!!」


しかし、その熱風に俺も吹き飛ばされそうになる。

地面の亀裂にしがみついてはいるものの、

あまりの高熱に上昇気流までもが発生し、

俺の身体を宙へ押し上げようとする。


「マサトさん!大丈夫ですかぁ!?」


どこからかミミの声が聞こえる。

ミミに心配をかけないように、必死に踏ん張っていると、

ドラゴンが閉じ込められている火柱から殺気が放たれる。


しかし、その殺気が向かう先は俺ではなかった。


ミミのありったけは、周囲の分身を消し去るほどの威力があり、

それは今、自分を危険にさらしていた。


俺は即座に亀裂から手を離し、上昇気流を利用して高く飛び上がる。


「マサトさん!?」


ミミの驚く声が響く。

結局心配させちゃったな。


俺はそんなことを考えながら気流に乗り、ドラゴンへと近付く。

そして宙に飛ばされた身体が自由落下を始めると、


「【耐性強化・火】」


属性耐性のスキルを発動させ、小刀を握りしめる。

重力に落下速度を加え、

ドラゴンが閉じ込められている火柱へ向かって落ちていく。


それと同時に、火柱から鋭い爪が現れ、ミミへ振り下ろされる。


「ミミに手を……出すなぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


——一閃。

俺は火柱の中を突っ切り、ドラゴンの首元へ全力の一撃を放つ。

爪はミミに届く寸前で止まる。

俺はそのまま地面へ転がり、受け身を取るが、

疲れ果てた身体では完全な受け身が取れず、動けなくなってしまった。


「頼むから…これで終わってくれ……」


痛む身体で力なく言い放つ。

一瞬の沈黙ののち、


——ズズウゥゥゥゥゥン……


ドラゴンは、その巨体を地に伏せた。

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