第6話 邂逅

どれくらいの時間歩き回っただろう。

異様な重圧の中、常に緊張状態が続き、

時間感覚もわからなくなり、体力的にも精神的にも削られていった。


(なぁ、異常事態なのはわかるが、二人とも目に見えて疲弊してるのがわかるぞ?)

(どこかに一息付けそうなところはないのか?)

(でもさっきから、セーフゾーンらしいとこ見つからないよ?おかしくない?)


俺はまだ辛うじて余力はあるが

ミミが、もう限界そうなのは俺も気付いていた。

しかし、いつもはどの階層にも数か所はあるセーフゾーンが

一向に見当たらないのだ。

これも異常の一端なのかもしれない。


「こんなにいくつも異常が見つかるなんて初めてだ。

 もしかしたら今回のは今までにないほどの

 ヤバい何かが起きるのかもしれないな……」


俺はかなりの危機を予感する。


(今までにないほどのヤバい何かって……なんだよ)

(まぁ、今まで対処できて来たし、なんだかんだ大丈夫なんじゃね?)


リスナー達は口々に思ったことを話していく。

しかし、この四階層を経験したらそんなことも言っていられなくなる。

たぶんミミもそれは感じていると思う。


「あっ、マサトさん…あそこ……!」


残った力を振り絞ったかのような、か細い声でミミが指を差す。

そこには薄く白い幕を張ったような空間が見える。


「セーフゾーンだ!

ミミ!あと少しだ!

頑張れるか?」


俺の問い掛けに、無理をした笑顔で応えるミミ。

その反応を見て、俺は迷いなくしゃがみ背中を向ける。


「俺に背負われるのは嫌かもしれないが、今は少しだけ我慢してくれ!

セーフゾーンに着くまでだ!」


俺の行動に驚いていたが

すぐにミミの身体が、俺の背中に預けられる。


ミミのその行動に、俺から提案したことだったが

少しの安堵感を覚えながら立ち上がりセーフゾーンまで走った。


無事にセーフゾーンに到着はしたものの

俺も余力を使い切り、ミミを降ろしそのまま座り込んだ。


「大丈夫ですか?

私が体力ないばっかりに……すいません」


背中で揺られ、少しは休めたのか

ミミは心配の声を上げる。


(俺たちのミミちゃんのためによくやった。褒めてつかわす)

(しかぁし!ミミちゃんの身体に触れたことは万死に値する!)

(よって……ここに判決を言い渡す!)

(爆発しやがれ!!!!)


おいおい……

頑張ったんだから、もう少し労いの言葉くらい掛けてくれてもいいんじゃないか?

それにこんな危機的状況でやましいことなんて考えていません。

柔らかかったとか、いい匂いがしたとか……

そんなこと考えてなかったんだからね!!


俺の顔は、きっと緩んでいたんだろう。

リスナーから、変態だの、人でなしだの、甲斐性無しだの

また散々言われた……そこまで言わんでも。


今回はミミにも言われるかと覚悟してたんだが、

顔を真っ赤にして俯いてしまった。

嫌われたか……?

後でしっかり謝っておこう。


そして俺たちは休んでいる間にリスナー達も交えて

気付いたことや予測などを含めた意見交換をした。


「やっぱりおかしいよな。

 モンスターが一匹もいない。

 それに俺とミミが感じているこの感覚は

普段のこのダンジョンでは感じたことがない。

 そして極めつけはセーフゾーンだ」


ここまでの分析をみんな一言も発せず、静かに聞いていた。


「セーフゾーンは、一週間ごとのダンジョン再生成時、同時に場所が変わる。

 俺が、この階層でセーフゾーンを気にすることは、ほぼないんだが

それでも昨日入った時は、こんなんじゃなかった。

 ダンジョンが再生成されるまでまだ数日あるが、

 再生成されるにしても、大きな地鳴りがあるはずだ。

 しかし、そんなことはなかった」


みんなが固唾を飲んで俺のまとめの行く末を見守る。


「つまり…結論として、セーフゾーンが壊れていっている、

 または消滅しているかもしれないということだ」


その結論にみんなが息をのんだ。


(じゃ、じゃあ、もしかして……)

(今いるここも?)


「ああ、安全じゃないかもしれない」


そう告げた途端


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ——


轟音と共に、立ち上がることも出来ない揺れに襲われた。


「きゃあ!!」


ミミが悲鳴を上げる。

画面の揺れでリスナー達にも状況が伝わったようで


(大丈夫か!?)

(とりあえず、地震の時は頭上に注意な!)

(何が起こってるんだ!?)


とコメント内も混乱している様子が見られた。


数分ほどすると、轟音や揺れは少しずつ収まっていった。

そして辺りが静まりを取り戻すと、


パリパリパリパリ——


今度は何かがはがれる音がし始める。


「今度はなんだ!?」


俺たちは立ち上がり、キョロキョロと辺りを確認する。


「マサトさん!上を!!」


ミミの声に俺は上を見上げる。

セーフゾーンの薄く白い幕が

少しずつ剥がれてなくなっている様子が映った。


「くっ!やっぱりか!」


俺たちがその様子を確認するのと同時くらいに

セーフゾーンが剥がれて出来た穴の先——天井に大きなひびが入る。

そのひび割れは少しずつ大きくなっていき、とうとう穴を開けた。


ズウゥゥゥゥゥゥゥゥン——


そして壊れた天井と共に、何か大きなモノが落ち、砂埃を上げる。

砂埃の中の『それ』は、グルルル…と低い唸り声のようなものを発していた。

次の瞬間、バサッという音と共に、翼のような影が見え、それが動いたかと思うと、

砂埃は突風と共に吹き飛ばされる。

その姿が見えるようになると、俺たちは驚愕と共に恐怖した。


「ど、どうしてこんなところに……」


そこにいたのは、誰もが知る伝説上の存在。

今まで討伐情報どころか、目撃情報もなく、

こんなダンジョンの低階層で出会うなんて想像もしない、

俺たちの何倍もある巨大な最強種モンスターの姿があった。

その姿を見たミミは、言葉を失い震えている。


「ドラゴン……」

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