第3話 新しい仲間

「こちらで少々お待ちください」


『応接室』と書かれた部屋に通された。

中心にテーブルがあり、それを挟む形でソファーが置かれている。

一般的な応接室だ。

政府機関のわりに豪華すぎず、質素すぎず、

適度なインテリアがあり、落ち着ける空間となっている。

俺は入って左手側の大きなソファーに腰掛ける。

想像以上にふかふかで大きく沈み込む。


少しすると扉が開き、長身の女性が入ってくる。

背中まで伸びた茶髪を、後頭部でまとめ

長いコートがよく似合う細身の身体で

それを翻しながら優雅に歩く彼女はテーブルの向かいにあるソファーに腰掛けた。


「まったく、久しぶりに連絡をよこしたと思ったら、ただの報告のためですか。

 たまには仕事抜きで、食事に誘うくらいしてくれてもいいんですよ?」


腰掛けるなり大きな溜め息とともに愚痴をこぼす。


「何言ってんだよ『カエデ』、お前めっちゃ忙しいだろ」


彼女の名前は『立花 楓(タチバナ カエデ)』

ギルドでトップの役職、【ギルドマスター】を任されている俺の幼馴染だ。


コイツはずっとこんな調子なのだが

子供の頃から優秀で何をやらせても、そつなくこなしてしまう

才能の塊のような奴だ。

はぁ~やだやだ。

俺なんか昔から何やったって上手くいかねぇのに。


「さて、鈍感なマサト君のことは放っておいて、仕事の話を始めますね」


鈍感って何?

仕事の話するのに放っとかれるの俺?


「まぁいいや。

 今日来たのはモンスターの異常の報告だ。

 俺らの常識から外れたヤツがいた」


俺は真剣な表情でカエデの目を見つめる。

なんか心なしか顔が赤いか?

まぁ忙しい奴だしな。

風邪でもひいているのかもしれない。


「な、なるほど。

 モンスターの異常はマサト君と違って放ってはおけませんね。

 それで、そのモンスターと異常の内容は?」


俺を引き合いに出す必要あったか?

いつものことだけどさぁ。


「モンスター名はミノタウロス。

 異常については、いるはずのない階層への出現と階層の移動だ。」


簡潔に今回の異常の内容を伝える。

するとカエデは驚いた表情で立ち上がる。


「ミノタウロス!?

 危険度Bランクじゃないですか!

 またあなたは一人でそんな危険なモンスターを…

 それにしても、出現するはずのない階層への出現と、

 階層の移動……確かに厄介で すね。

 安全だと思っている場所でのエンカウント、

 そして、確立された逃走手段である、階層の移動が使えない…

 これは上級探索者でも即時の対処は難しい相手ですね……」


はぁ、と溜め息を吐きながらソファーに座り直す。


「あなたの無謀な行動はいつものことですが

 もっと自分の実力に見合った安全なダンジョンで……」


カエデが説教モードに入りそうだったので

俺は慌てて止めに入る。


「ちょっと待て!

 俺はいつものダンジョン、【深緑の洞窟】に潜ってただけだ!

 あのダンジョンは希少金属が少ない分

 比較的安全な部類なのはギルドマスターならわかるだろ?」


焦ったままの勢いで話を進める。


「それに、深緑の洞窟は二十階層まであると予測されてるが

 俺がミノタウロスとエンカウントしたのは七階層だ!

 ソロで潜れるギリギリのラインのはず!」


ダンジョンは特殊なエネルギーを放出していることがわかっている。

それは【マナ】と呼称され、ダンジョンの壁や床、

トラップ、モンスターからも計測されている。


最低階層がわかっているクリア済みダンジョンとマナの値を比べて

大体のダンジョンの深さなどを予測することが出来るようになった。

難易度が高いダンジョンについては注意喚起をするなどして

ランクの低い探索者が入らないようにしている。

階層に深く潜れば潜るほどモンスターが強くなっていくので

階層の数=ダンジョンの難易度と言っても過言ではない。


「深緑の洞窟…しかも七階層でのミノタウルスの出現……

 確かに、あそこは十五階層から急激にモンスターが強くなって

 未だに攻略されていないダンジョンですが

 十五階層より手前は、探索者ランクEの人でも

 パーティーを組んで、注意すれば行ける難易度のはず。

 なのに低階層で、そんな強力なモンスターが……」


この話を聞き、どれだけ深刻な問題が起きているのか

すぐに察したようだった。

顎に手を当て、深く考え込んでいたかと思うと

すぐに扉前で待機していた女性職員を呼び

懐から紙を取り出し、何かを書いたかと思うと職員に渡していた。

そしてカエデが何か耳打ちしたかと思うと

職員は慌てて応接室を出て行った。


「今、全ギルドに通達を出しました。

 そのうえで深緑の洞窟は一時封鎖。

 それとマサト君」


カエデが俺を真剣な表情で見つめてくる。


「ん?どうした?

 話なら聞いてるぞ?」


なぜ呼ばれたのか、わからないでいる俺を

覚悟を決めたかのように見つめ続けるカエデ。

そしてゆっくりと口を開いた。


「マサト君には、今回の異常調査部隊の先遣隊としてパーティーを組み

 深緑の洞窟へ向かってもらいます」


俺の思考は停止した。


「は?」


きっと今の俺はものすごいアホ面をしているに違いない。

それだけ突拍子もないことを言われたのだ。


「以前から思っていました。

 マサト君の状況判断力、対応力、環境への適応力、

 そして頭の回転の速さ。

 これらはランクDの中でも群を抜いています。

 やる気のなさから正確なところはわかりませんが

 私としては贔屓目なしにランクB…

 いえ、ランクAに匹敵すると感じていました」


確かに俺は生活に困らなければいいという程度の考えで

【ランク昇格試験】も受けず、

その日に必要な希少金属を回収するという生活を続けている。


「いや…確かに俺はやる気はないが

 だからってAは言いすぎだろ。

 このランクで通用してるかも怪しいとこだぞ?」


俺は適当にはぐらかそうとする。


「そんなことはありません!

 現にミノタウロスに、ソロで遭遇して生還しています!

 それにあの時のマサト君は……!」


そこまで言ってカエデは言葉を止める。


「いえ、なんでもありません。

 しかしこれは、マサト君の実力がなければ

 甚大な被害が出ると判断したためです。

 もし、私の観察眼が間違えていたとしても

 誰もあなたを責めませんから」


そんなこと言われたら……

頑張るしかないだろ。

昔からこういうとこずるいんだよなぁ。


俺は頭を掻き、大きく溜め息を吐きながら

カエデに質問をする。


「わかったよ。

 それで?

 パーティを組んでって話だったが

 自慢じゃないが、俺とパーティーを組んでくれるような奴は

 知り合いにいないぞ?」


俺の能力、隠密は完全に個人技だ。

そのためパーティを組んだとしても

全体に恩恵を与えられない。


俺を入れるより、バフ・デバフを配れるスキル持ちを入れる方が

勝率は格段に上がるのは明白だ。


「大丈夫ですよ。

 私がマサト君のスキルを存分に活かせる人材を見付けておきました」


カエデは満面の笑みを作る。

しかし、俺は嫌な予感しかしなかった。

当然だ。

今まで、俺なんかとパーティーを組むなんて、

物好きな奴は存在しなかったのだから。


「外に待機させているから入ってもらいますね。

 入ってきていいですよ」


カエデの呼びかけと共に扉が開くと

背中ほどまで伸ばした黒髪の

セーラー服姿で可愛らしい少女が

自信のなさそうな瞳でこちらを見つめていた。

俺も見覚えがある。


「げっ…お前は……」


俺の嫌な予感は的中した。


「は、はじめまして!

 『四ノ宮 美々(シノミヤ ミミ)』です!!

 ミミと呼んでください!

 よろしくお願いします!!」


よりによって、噂の『バ火力爆発娘』かぁ……


俺は面倒ごとが増える未来がちらつき

そのまま頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る