本とあの子
本たちとはじめて話した次の日。私はいつも通り親友の
「ねえ、琴葉」
「なに?」
「前から私、図書室の本の声が聞こえるって言ってたでしょ」
「言ってたね。 何回か一緒に行ってみたけど私には聞こえなかったな〜」
「でね、昨日、ちゃんと本たちと話すことができたんだよ!」
普通の人ならこういう時
「何言ってるの?」
とか言ってくるけど、琴葉は違った
「えっ!? 本当!? どんな事を話したの?」
「なんか、本を読む子どもが減ってきていて、想像力が少なくなっているから世界が崩壊しかけているんだって」
「うん」
琴葉は目を輝かせてしっかりと聞いてくれている。
「だから、一緒に世界をすくってほしい…って言われた」
「すごいじゃん! 本と話ができるんだよ! いや〜 私最近、本読めていないからなぁ」
そういう琴葉は吹奏楽部に入っていて、ホルンを吹いている。私達の学校、前田南中学校の吹奏楽部は全国大会で入賞したりする強豪校だ。その分、練習はとてもきついらしい。毎日遅くまで練習をしている。図書室の近くの教室で練習しているため、当番とかで図書室にいる時琴葉のホルンの優しい音色に癒やされていた。そんな事を話しながら歩いていると、いつもより早く学校に着いた。
そこからは別になにも変わらないいつも通りの日常だった。
国語、数学、理科、社会… 淡々と授業を受け、時間が過ぎていく。そうして放課後、私はいつも通り図書室に行った。そして昨日の事が夢じゃないかと思って『折り紙図鑑』のところへ行った。
「『折り紙図鑑』さん。今日も来たよ」
「栞ちゃんよく来てくれたわね」
しっかりと『折り紙図鑑』は喋った。私は昨日のことが夢じゃなかったと思って安心した。
「どうしたの溜息ついて」
「どうしたのって…昨日、『折り紙図鑑』さんたちと喋ったのが嘘だったらどうしようって思って不安だったの。 図書室に来たらもう声が聞こえないんじゃないかって」
「なぁんだ。そんなことね。良かったわ。 それなら大丈夫よ。あなたは想像力がある。だから私達と喋ったのが夢じゃないかなんて思ったのよね。想像力が足りていない、私達と話せない人たちはそもそも私達と話せたことを信じないわよ。 そうして『やっぱりそうだよなぁ。』 なんて言っていつも通りの生活をするものよ。 だから大丈夫。 あなたの想像力がある限り、私達と話すことができるわ」
「よかった〜」
私は思わず座り込んでしまった。
「で、昨日、『世界を救う』なんて言っていたけどあれはどういうこと?」
「それはね… あっカウンターの方に行って!」
「なんで?」
「いいから」
そう急かされて私は本棚を抜けて本の貸出、返却をするカウンターのところに来た。
「あの子を見て」
「あの子って?」
『折り紙図鑑』にはもちろん指せる指などない。だから今3人くらい居る図書室の中でどの子を指しているのか特定できなかった。
「あの子よ。あの子。 いま本棚のところで高めの本…参考書を取ろうとしている女の子」
『折り紙図鑑』が言っているのはいつも図書室に来てくれる常連の1年生の女の子だ。いつも一人で図書室に来ては勉強をしている。
「あの子がどうしたの?」
「あの子はね本が好きなように見えるけど、参考書とかの実用的な本ばかりを読んで、想像力が足りていない子よ。 別にね、勉強をするのが悪いわけじゃないのよ。だけど、参考書ばかり読んでいろいろなことに対する想像力が減ってきているのね。もちろん参考書はいい本よ。わからないことを何でも教えてくれる。私もある意味参考書かもね」
そんな声を響かせなから『折り紙図鑑』は続ける。
「あの子は多分、今勉強で行き詰まっているんだわ。じゃなかったらあんな真剣に参考書を選んだりしないもの」
確かに、あの子はなにか困った難しい顔をしている。特に数学の参考書を吟味しているようだ。
「勉強にもね、想像力が必要なのよ。私はそこまで詳しくないから専門の人を呼びましょう。 『中1数学』さ〜ん」
そう、声が響き渡ると(他の図書室に居いる3人には聞こえていないみたいだけど)なぜかカウンターの机の下の方から声が聞こえた。
「栞ちゃん。こっちこっち」
机の下を除いてみると、さっきまではなかったはずの『中1数学』の参考書が立っていた。私はとても驚いたけど、ここは魔法の図書室。なにが起きても不思議じゃない。
「『折り紙図鑑』さん。その通り! 数学の問題を解くのにも、解法や計算だけじゃなくて想像力も必要なんだ。 『この問題はこう、この問題はこう。』みたいな感じで機械的に処理しても良いんだけど、いずれ限界が来る。 だから想像力を膨らませて、『この問題はこんな解き方と、こんな解き方もあるなぁ』みたいな感じで、いろいろな視点から物事を考える想像力が必要なんだ」
「そうなんだ」
たしかに、図形の証明問題とか、どんな感じに図形を見て、補助線を引くのかによって全然問題の解き方が変わってくる。使える証明方法も変わってくる。
「だから僕たちはあの子を助けてあげなきゃいけない。想像力が足りない子には想像力を与えてあげないといけない。そうやって想像力を与えてあげるのが僕たち、本の使命なんだ」
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
「私達はあの子に話しかけることはできないのよ」
そう『折り紙図鑑』は嘆いた。
「本当は私達の口から言ってあげたほうが良いんだけど、それができないのよね。だから栞ちゃん、お願い。あの子を助けてあげて」
「でも、どうやって…」
「それはあなたが考えることなの。 あなたは想像力がある。その想像力を活かしてほしいの」
「わかった」
そうして私は1年生の女の子に近づいた。
「なにを探してるの?」
なるべく自然に話しかけた。心のなかではドキドキしている。
「えっと、数学の参考書を探しているの。お母さんがなにか探して自分で勉強しなさいって」
「そうなんだ。勉強って楽しい?」
「う〜ん、お母さんがやれっていうから」
「じゃあせっかく図書室に来たんだから参考書じゃなくて小説を読んでみない?」
こんな事を言って良いのかわからなくて手汗がじんわりと出てくる。
「読んで…みようかな」
私はすごいホッとした。
「どんな本があるんですか?」
「じゃあこっちおいで!」
そう言って私は彼女を別の本棚へ連れて行った。
連れてきたのは913の本棚。 913とは日本十進分類表(NDC)区分で表されている日本文学の小説. 物語の区分で前田南中学校の図書室はこの本棚の本が一番多い。図書室にある日本人作家の小説がすべてここにある。夏目漱石や宮沢賢治、芥川竜之介、太宰治などの有名な文豪を筆頭にここ最近の流行りの小説まである。
「本ってこんなにたくさんあるんだよ。それに同じ作品でも本によってぜんぜん違うんだよ」
「どういうことですか?」
「例えば… この単行本の『吾輩は猫である』と、この文庫本の『吾輩は猫である』を見てみて。 …どう? 同じ内容の本でも全然違うでしょ。本の紙の質感だったり、あとは目次の書き方とか…ね。こんな感じで本は面白いんだよ」
私は変なことを言っていないかと不安になった。
「確かに…単行本のほうがなんか堅い感じがする」
「そうそう。そういうこと! でね、この本が今までどんな人に読まれてきたかとかを考えるとすごく不思議な気持ちになるよ。それが図書室の本の良いところなんだ。自分だけじゃなくて、 誰かも同じ本を読んでいたんだよ。本を一冊読むだけでも誰かと繋がれる…それが良いんだ」
思わず自分の世界に入ってしまっていた。こっからどうしよう…想像力と本を読むことに結び付けないと…そうだ!
「そうやっていろんなことを想像するのが本を読む時に大切なことなんだよ。ほら。なにか気になる本ない?」
「じゃあ、『源氏物語』とかありますか?」
おっと、ここで渋いもの来ましたね〜どうしよう。この子どんどんどちらかと行ったら勉強の方に行っちゃう。でも古文こそ想像力が必要!
「じゃあ、簡単な方が良いよね。じゃあこの文庫本の解説付きのはどうかな?それで昔の光源氏とかの心情を想像してみるの。自分がもし桐壺だったら〜とかそんな感じに」
「『源氏物語』一回読んでみたかったんだよなぁ。 私数学苦手だし…」
「想像力を働かせたら数学とかももっと簡単に解けるようになるかもしれないよ」
良かった。しっかりと話しを戻せた〜
「うん」
「じゃあ貸出の手続きするね」
そうして私は彼女に源氏物語を貸出した。
「『源氏物語』楽しんでね。 勉強の息抜きも必要だよ」
「ありがとうございます」
「これで…良かったのかな?よくわかんないや」
そんなことを思っていると机の下から『折り紙図鑑』さんが言った。
「何事も何かをやることが大切なのよ。支離滅裂でも矛盾していても良い。自己満足だったとしても無理やり押し通さない限り相手に0以上の効果を与えられるわ。 大丈夫。しっかりと『源氏物語』にも魔法がかかっているわよ。少し見えなかった?あの本はあの子に連れられていくときに光ってたわよ。 本が手元に渡って少しでも開かれたら、後は本の魔法で想像力を与えられるわ。まずは小さなことから。栞ちゃん。ありがとうね」
「そうだね。みんな『魔法の本』だもんね」
私は初めての魔法の仕事?お手伝いをした。よくわからなかったけどあの子が幸せになりますように。
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