かなり

@rabbit090

第1話

 「僕はまだ、迷ってる。何にって?それは教えられない、だってさ。」

 一歩一歩と進んでいく、けれどそこにあるのは、ただだだっ広いだけの絶望。

 「耐えない、という選択肢はすでに残されていない。だろ?」

 「そうだね。」

 「それより、どうやってここから出ればいい?お前、思いつかない。」

 「分かんない、ごめん。」

 「そっか。」

 とりあえず、ここにいるのは僕だけだ。

 僕以外はいない、けれど。

 「閉じ込められている、確実に。誰の仕業かは分からないけれど、とにかく恨みは人一倍買っている。」

 「………。」

 こいつは、何も答えない。それは分かり切っていることだった。ただ答えるためだけの存在、そんなものがこの世任存在しているだなんて、きっと誰も思いつかないだろうけれど、いるんだ。

 「扉は、あるんだけどなあ。開かないから。」

 多分、ここが開けば、外へ出られる。

 思いつくには数日前の出来事だった。

 その日、朝から僕は寝坊した。会社でもかなり怒られ(というか呆れられ)、心底参っていた。

 「なんか買ってくか…。」

 そう思って、自販機で飲み物を数本、購入した。それだけ、その日の記憶は、そこで止まっている。何があったのかは分からない、けれどその後に何かがあって、今僕はここに閉じ込められている。

 「待つしかないかな。」

 確かに、それしか選択肢はなさそうだ、なんて、思えない。僕は、一度とても強い悪意にさらされたことがある。そして、その女に殺されかけた。

 そいつは、

 「ふふふ。」

 にこやかに、今隣で笑っている女。僕の彼女だった、けれど僕を殺そうとした、一緒に死んでくれと、懇願された。でもそんなこと、受け入れられるわけがない、そう言って突っぱねていたら、死んでしまったのだ。

 本当に、それ以来、僕はこの幻とずっと一緒に暮らしている。

 幻は、何も答えない。答えても、当たり障りのないことだけ。

 はあ…。

 けど、策はある。

 僕には、力がある。だから扉を開けることなど、きっと簡単だ。

 それに、はあ、やっぱり迷ってしまう。だって、

 ”お前を消すことになるから。”

 そう、ここに僕を閉じ込めたのはきっと、こいつだ。分かってる、ずっとそういう奴だった。

 僕は悟ったんだ。

 人は、別に一人でも、生きればいい。

 けどそれができなくて、何もできなくて、苦しくて、それで、死んでしまった女の子を、知っているから。

 だから、

 「ごめんな。」

 そう言って、彼女を、消した。

 光が差し込み、扉など無くなっていた。そこにあるのは自宅の前、ただの玄関扉だった。

 「ただいま。」

 「おかえりー。」

 今は、妻と暮らしている。

 子どももいる、だけど、彼女はいない。

 だって、彼女は、もう死んでしまったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かなり @rabbit090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る