第三章 ヤマタノオロチ編

第八話 「オカマ店主と東京」

 暑い、暑い、暑い。


 降り注ぐ太陽の光からというよりかは、籠る熱気と熱々の地面が暑さを増強させているように思える。アスファルトに滴る汗も、黒く滲んだかと思えば灰色へと時経たずして色を変える。さすが都会…喧騒の中で一人つぶやく。


 この場所はどこかと言うと、日本の中心地――すなわち東京である。なぜ東京にいるのか。ただ観光しにきたわけでも、ショッピングをしにきたわけでもない。とある人物へと会うために、猿之助の案内の元、鈴音も東京へと同行していた。


「はぇえー、ここが新宿かぁあー。」


 多くの人が行き交う朝の新宿駅前。まるでパレードかのように縦横無尽と人が入り乱れるその姿に、横浜出身の鈴音でさえも田舎者のような反応となってしまう。


「さすが東京って感じやなぁ。そういえば嬢ちゃん、今日のその服装どうしたん?」


「ぇ?」


 今日の鈴音のファッションはかなり気合が入っていた。白オーバーオールに麦わら風のハット。白を基調としたコーデは柔らかさを演出するとともに、夏らしい爽やかさも兼ね備えていた。


「どうしたも何も無いですよ!だって東京ですよ!?新宿ですよ!?ここは横浜国民として、劣れを取るわけにはいかないじゃないですか!」


「よ、横浜国民って…。プライド高いんやな…。」


 鈴音の威勢の良さに、普段はひょうきん者の猿之助ですら引いてしまう。


「っていうか!サルさんこそなんですかその服装は!?」


 一方で猿之助のコーデは絶望的だった。と大きく書かれたTシャツ。やはり、猿之助のファッション軸は、日本の中心地に降り立ってもブレることは無かった。


「これええやろ!東京人ってTシャツを着ることで、東京の人たちに紛れようって作戦や!」


「一人でやる分には良いんですけど、隣にいると恥ずかしいので止めてくださいよぉ…。」


 変わったファッションをした猿之助に対し、駅前を歩く多くの人々の視線が突き刺さる。そしてそれは、近くにいる鈴音に対しても間接的に視線が刺さっていた。


「ってかここにずっといると集まる視線が辛いので、もう行きましょうよ!どこなんですか?目的地は!」


「せやな、わいらのファッションセンスが輝きすぎて注目を集めてまうから、ぼちぼち行くとするか。」


「…それ、多分違う意味だと思いますよ?」


 二人は人混みを避けながら、ズンズンと新宿の奥地へと入り込んでいく。奥地に行くに連れて、今まで沢山目に映り込んでいた会社員や若者の姿は減り、ホストクラブの看板が目立ち始める。


「…あの、もしかして変なところの案内されてます?私?」


 さっきの新宿駅前の雰囲気とは大違いだ。全く人も歩いていないし、お店もほとんどが閉まっていて活気がない。明らかに異様な雰囲気が漂っていた。


「ねぇ、猿之助さん…ほんとに道合ってますか?」


「……。」


 その質問に猿之助は無視。

 聞こえなかっただけだろうか。それともわざと無視しているのか。だとしたらなぜ…と思っていたのも束の間。猿之助は1つのお店の前で足を止めた。


「…ここやで。」


「え…ここって…。」


 そこには電光の消えたBARと大きく書かれた看板のお店があった。この雰囲気からなんとなく想像はできるが、まさかこの先に目的の人が…?


「入るぞ。」


「…えっ、ここですか…?」


 猿之助はドアノブに手をかけ、そして音を殺すかのようにドアをゆっくりと引いた。だがその時、ドアの内側に備え付けられたベルが揺れ、薄暗いBAR内に甲高い音が響き渡った。


「はぁーい。だれぇ?まだお店はやってないのよォ…って…。」


 そのベルの音に気が付き、店内の奥から人が現れる。その人は、訪れた私たちが最初はただの客だと思っていたようであるが、猿之助たちの姿を見て、言葉を止めた。


「やぁだぁ!猿ちゃんじゃないっ!来るなら先に連絡してよぉもう!」


「すまんすまん!急に訪問して悪かったわ。」


「びっくりしちゃったわァ。もぉう…。」


 目の前に現れたは口元に手を当てて驚いた表現をする。


 ここまでの口調、姿、反応。鈴音はそれらの情報を全て統合し、そして結論に至った。この人はもしや…


「――オカマ…?」


「んーそうよぉ!?あたくしは正真正銘のオカマBARの店主、アンコちゃんよォっ!」


 胸元が大きく開いたドレスを着たアンコは、鈴音に向かってお得意のウインクをかます。


「あ、あははっ…。サルさん…この方とは一体どういう関係で…?」


 ウインクの反応に困りながらも、猿之助に耳打ちして問う。


「あぁ、言っとらんかったな。こやつは神楽の守り人の一人、契約者のアンコや。」


「え!契約者なんですか!?」


「あら、そうよぉ?」

 

 まさか神楽の守り人の仲間であるとは考えに及ばず、その結果驚きのあまり大声を上げてしまう。それはそうと…


「神楽くん、一体どこで知り合ったんだ…。」


「あたくしのダーリンとは長い付き合いでねぇ…。話すと長くなるわよぉ?」


「や、やめておきます…。」


 目を輝かせながら話すアンコの様子から、本当に話すと長くなりそうだという予感がし、キッパリと断る。


「アンコは東京の神楽の守り人を束ねとるリーダーをしとる。」


「え?神楽の守り人って東京にもあるんですか?」


「あ、そういや言っとらんかったな。実は東京にも我々と同じ契約者が集まった組織支部があるんや。今は何人おるんやっけ?」


 猿之助に聞かれ、アンコは指をおりながら人数を数えて答えた。


「あたくしを含めて6人ね。といっても、集まることは滅多にないんだけれどもね。」


「へぇえ。」


 東京にも支部があり、そこにも6人は人数がいることを初めて知り、その組織の大きさに驚きを感じる。神楽は二年間でここまで組織を大きくしていったのだろうか…年齢はほぼ変わらないのにすごい統率力だと離れたところで感銘を受ける。


「それで、何かあったのかしら?あたくしにただ会いに来たってわけじゃないでしょ?」


「…ああ。本題を話す。アンコ、テーブルを借りてもええか?」


「もちろんよ、こっちにおいで?」


 アンコに店の奥へと案内される。BAR内のソファーへと三人は座り、テーブルを挟んで会議を始める。


「まずひとつは、新たに鈴音が仲間になったからそれを紹介したかったこと。」


「そうよねぇ!やっぱり見たことないわよね!あたくしの記憶が間違ってるのかと思ったわぁ!よろしくねぇ?ぶちゅっ!」


「うぇぇ…。」


 投げキッスをされた鈴音は、心の中に感情を閉まっておけず、思わず自然と口から言葉が漏れてしまった。もちろん顔も、目を細めていかにも嫌そうな顔を見せる。


「そんでもうひとつや。これを見てくれや。」


 テーブルの上に置かれたのは一冊のノートであった。


 猿之助がそのノートを開けると、そこには出会った悪魔の日時や出現場所、特徴がズラっとまとめてあった。


「今まで会ぉたことのある悪魔はこないな風に昔から記録しとんねやが、最近の出現した悪魔を見てほしい。」


 鈴音とアンコは同時にノートを上から覗き込む。


 そこには出現場所と日時、悪魔の種類の他にランク付けがされていたのだが…


「このランク付けは戦ってみた体感で決めておるんやが、まぁここ最近は急激に強い悪魔が出現しとる。巨人の悪魔や死神なんてもんも出た。」


「死神も出たのね…あの死神に勝てたわけ?」


「…あぁ。相手が弱っとったこともあって勝とった。とは言うてもや、こんな怪物クラスの悪魔が出てきたことは活動を始めてから1度もなかった。苦戦しても一人二人で倒せるレベルが普通やった。今後、この傾向が続けば死神クラスの悪魔が出てくる。せやから、何人か東京から応援が欲しいと思って相談に来たっちゅうわけや。」


「うぅーん、なるほどねぇ。」


 アンコはそう言いながら顔を天井に向け、しばらく目をつぶる。少しの時が経って目を開けたアンコは、猿之助の目を見つめて返答した。


「実はねぇ、東京もちょっときな臭くなってきててねぇ…。鈴音ちゃんは東京の大結界って知っているかしら?」


「…東京の大結界?」


 その言葉を全く聞き覚えのない鈴音は、首を傾げてオウム返しをする。その様子を見たアンコは一つ甲高い咳払いをしてから口を開いた。


「東京の大結界っていうのはね、東京の五社とも言われている、明治神宮・日枝神社・靖国神社・東京大神宮・大國魂神社で構成されているわ。これらは大昔、首都が江戸に移った時代に悪魔を寄せ付けないように五芒星状に配置したのよ。それが大結界となっているおかげで、東京には重大な悪魔被害はあまり出ていないわ。」


「そんなものがあったんですね…でもそれが何かあったんですか?」


「…鈴音ちゃんは鋭いわね。最近、この結界の強さが弱まってきているの。結界は人々が五社の神を信仰する限り絶大な力を維持し続けるはずで本来は急速に弱まることは無いのよ。なら、何が考えられると思う?」


 そう問われ、鈴音は脳をフル回転させて考える。結界が弱まってきていることへの考えられる理由、単純に考えれば――


「…信仰心がなくなって来ているとか?昔の人に比べたら神を信仰したりお参りしたりっていうのは少ないと思うし…。」


「うーん、まぁそれもあるわね?信仰心が無くなってきているのは確かよ。でもそれじゃあ、弱まっている理由には辿り着かないのよ。そこであたくしたちの仮説なんだけれど、この結界を弱らせている人物がいるかもってことなの。」


「…は、はぁあ!?」


 そのアンコの言葉に、今まで上の空で聞いていた猿之助が声を上げて驚く。


「いやいやいや、大結界やぞ!?それを弱めるなんて、神社を全部破壊するかぐらいやないと不可能やろ!?」


「…たしかに、物理的に破壊するならそうね。でも、この大結界は神を信仰することで作られたもので、いわば概念に過ぎないのよ。つまり、それを破壊する概念を作って対抗することだってできると考えられるわ。つまり、神によって作られた結界を神によって弱らせられるということよ。」


「そんなん無茶苦茶や…。せやけど、大結界を弱らせるために作られた神なんてあるんか?そんなんきぃたことないし、大結界を弱らせる程の神を今から作ることなんて不可能に近いやろ。現実的に考えてありえへん…。」


「…そう、ありえないのよ。そんなことは現実的じゃない。でも、考えられるのはこれぐらいしか思いつかない。だから、今その調査で東京組は大忙しなのよ。あと、例の宗教団体の残党狩りとかもね…。もしかしたら、横浜の悪魔が増えているのも、なにか関係があるのかもしれないわね。」


「なるほどなぁ…。」


 猿之助はその話を聞き、思わず頭を抱える。思わぬ東京の状況、その先に待ち受ける想定しうる未来の予測。それはひょうきん者の猿之助ですら悩ませるようなものであった。


「本当はうちの一番強い誠くんを派遣したいところなんだけれども、残党狩りでそこまで手が回らないのよ。」


「まぁそうやろうな。誠がいれば全てパパーッと解決出来んねんけどなぁ。」


「…あ、あのぉ。」


 二人の会話の間に、鈴音は申し訳なさそうに小さく手を挙げて言葉を口にする。


「その、誠さんって誰なんですか?」


 本当はこのまま口を突っ込まずに話を聞くだけでも良かった。けれども、鈴音も神楽の守り人の1人。情勢を少しでも知っておくことも大切なのではと思い、今の行動に至る。


「あぁ、せやなぁ。まぁ東京で一番…いや神楽の守り人の中でもトップレベルの強さを持つ契約者や。かつて東京には危険な思想を持った契約者の素質を持つ者たちのカルト集団があってな、そやつらは自分らを優秀な民族と主張して一般人を皆殺しにしようと計画したんや。〈我々は精神異常者として蔑まれる、我々の方が優秀な民族なのにー!〉ってな。いわば優生思想やな。そやつらと対抗するために東京組はできたんやが、その誠ちゅーやつが入ってからそのカルト集団を一人で蹴散らしてしまったんや。そんぐらい強い。」


「そんな人がいるんですね…。」


 一人でカルト集団を破壊した最強の契約者。ムキムキマッチョメンで、筋肉で全て圧倒したとかなのだろうか…何にせよ怖すぎる。


「その子はカルト集団に恨みを持ってるからねぇ…残党狩りの任からは離れたがらないと思うわ。ふたりは調査に向かってるし、もう一人は年がら年中パチンコ打ってタバコ吸って酒飲んで寝てるしねぇ…。」


「な、なんか一人だけすごい人がいたと思うんですがそれは…。」


 鈴音がその情報に思わずツッコミを入れる。


「ということであと一人しか派遣できないのよぉ。この子でもいいなら紹介するわぁ!レイナちゃん!かもーーんぬ!」


 アンコが大声で呼ぶと、上方からドアが閉まる音が聞こえ、その足音は下方へと向かってきた。そして店の奥から姿を現したのは、淡い青髪の長髪ツインテールの女の子であった。


「だんちょー呼びましたー?」


「いきなり呼び出してごめーんね?ちょっとここについてちょうだいっ!」


 アンコは自身の隣を手でペチペチ叩き、ここに座って欲しい意思を伝える。その意思を組んだレイナはアンコの横へと腰を下ろした。


「この子は岡崎麗奈ちゃんよ!東京ラブラブ団の副団長をしてもらっているわ!自己紹介よろしくねぇ!」


「…えぇ、突然は困りますよ…。」


 アンコの突然の振りに麗奈は顔を引きつらせながらも、仕方がないかといった様子で猿之助と鈴音に向かって自己紹介をする。


「うちの名前は岡崎麗奈。高校三年生のラストJK。他は何を言えばいいのかな…。あぁ、趣味は写真撮影かな。よろしくねー。」


 片手を左右に降ってゆるーく挨拶をする麗奈。

 可愛げのある魚の模様が入ったブカブカの青白のトップスに、それに合わせた青白のチェックパンツ。そしてメイクは今流行りの地雷風。まさに東京人、まさにこれぞ女子高校生。それをしかと鈴音は目に焼き付けられた。


「わいは豊川猿之助や!サルって呼んでもらってええで!そんでこの子は…っておーい聞こえとるかー!」


「…はっ!え、なに!?」


 東京との本当の差を見せつけられた鈴音は、目の前の女の子の可愛さの虜になり、全く話の筋を聞いていなかったが、猿之助の掛け声でやっと我を取り戻した。


「自己紹介や。」


「ぇ、あぁ!結城鈴音です!趣味はピアノを弾くことです!よろしくお願いします!」


 こうしてお互い、自己紹介をし終える。


「ってかなんやその東京ラブラブ団って、団名変えたんか?」


「そうよー?だって東京団ってなんか堅苦しいじゃなーい?そこにラブラブをつけたらぁ、可愛くなるでしょー?」


「そ、そういうもんなんか…?」


 団名変更の由来を聞いた猿之助は、分かりやすく困惑をする。その反応を見た麗奈が物憂げに言葉を口にする。


「本当はうちを含め、団員のみんなは反対だったんですよ?でも誠が、せっかく考えてくれたのにかわいそうだよって言うから、結果誰も突っ込まずにその名前になりました。」


「えぇえっ!ちょっと麗奈ちゃんそうだったのぉ!?ってことはみんな、良いって言いながらダサいとか嫌だとかって思ってたってことよねぇ!?一人舞い上がってたあたくしが馬鹿みたいじゃない!がっかりだわぁ…。」


 首ががっくしと折れ曲がり、落胆の意を表すアンコ。あれだけテンションが高かったオネエもさすがに心に来たようだ。


 衝撃的な裏事情が暴露されたところで、話が逸れてしまったことに気づいた猿之助は咳払いで一度仕切り直しの合図を送る。


「あ、そうね。話が逸れてしまったけれども、麗奈ちゃんを呼んだのは他でもないわ。転勤よ、横浜に行ってちょーだい!」


「え、えぇ…!?」


 何も知らずに呼び出された麗奈からしたら突拍子も無い話である。面食らって思わず体ごと仰け反り、うろたえた様子を見せる。


 しかし、時経たずして麗奈のうろたえた様子は無くなり、抗議する姿勢を示し始めた。


「さすがに突然過ぎますよ!うちだってまだ高校ありますし、部活だってしてるんですからね!」


「あら、何も今すぐとは言わないわよ。れいなちゃん、もうすぐ夏休みだなんて前に言ってたわよね?だから夏休みに入ってから横浜に行って欲しいの。それに部活も3年だし休んでも上からとやかく言われはしないでしょー?あなたが住む家ももう手配しちゃってるから、行かないって選択肢は…ねぇ。」


「ぐぐぐぐっ…。」


 全てが事実であることから言い返す言葉が見つからなかった麗奈は、悔しさから唇を噛む。そして、心が折れた麗奈は一言…


「あーもー分かりましたあ!行けばいいんですよね行けば!」


 ぶっきらぼうな口調でアンコの提案を承諾する。


「そうなったらみんなにも連絡しないといけないのでちょっと待っててください。連絡、してきます。」


 気だるそうにしながら席を立ち、BARの2階へとわざとらしく音を立てながら登っていく。その様子を見た猿之助は耳打つような微かな声でアンコに声を掛けた。


「なぁ、ええんか?あんなデタラメを吹き込んで…。」


 猿之助の衝撃的な一言を聞いた鈴音は、麗奈に放った言葉はデタラメだったのかと、思わずアンコの方へ顔を向ける。


「だって、あの子あのぐらい言わないと言うこと聞かないんだものー。」


「…ぇ、どこからどこまでが嘘なんですか?」


 猿之助の言葉を否定をしないアンコに対し、鈴音も口を開く。


「どこまでって、全部よ?あの子が夏休みもうすぐだとか知らないし、部活の様子も知らないし、住まいに関しては今さっき応援要請されたばっかだから手配してるわけないしね。まぁ、住まいはいずれ確保することにはなるけど?」


「うわぁ…。」


 目的を果たす為ならばと嘘を平気でついたアンコに対し、心から恐怖心を覚える。ニコニコ話しているその心では、何を考えているか分からない。こういう人が一番怖いことを鈴音は人生経験上知っている。


「あの子なら、必ず力になってくれるはずよ。腐ってもラブラブ東京団の二番目のエースだからねぇ。」


「誘導のされ方は可哀想やが、願ってもない話や!話が早くてほんまに助かる!ありがとさん。」


 交渉が成立し、これでひと段落したと思ったその矢先、上から大きな物音を立てながら慌ただしく麗奈が駆け降りてきた。


「たたたたたた、大変よっ!テレビ!テレビ付けて!」


 その慌てように異常さを感じたアンコは速やかにテレビのリモコンを手に取って電源を入れる。するとそこには…


「こ、これは…。」


「う、うせやろ?」


 画面に映し出されたのはニュース速報。横浜の中心街にて、八つの長い頭を持ったバケモノが暴れている光景であった。


 画面を見る限り、体長は横浜のビル群とほぼ同等。八つの頭で建物を破壊しながら、ゆっくりと横浜市内を移動していた。


「八つの頭に蛇のような体格…間違いない。あれは、ヤマタノオロチや。」


「「ヤマタノオロチ…」」


 三人は揃ってその名を口にする。


 ヤマタノオロチが世の中に出てきたとされているのは遥か昔、古事記に記されているほどの大昔のバケモノである。スサノオノミコトと呼ばれる者が退治し、それ以降は歴史上に姿を現すことがなかった。だが、それは突如として現代に蘇った。


「なんでそんなバケモンが出てくるんや…。現代でそんなバケモノが自然的に発生するわけが…。」


「猿ちゃん、今は横浜へいち早く向かうことが優先よ。あたくしも支度を終えたらすぐに向かうわ。猿ちゃん、鈴音ちゃん、麗奈ちゃんはすぐに横浜へ行ってちょうだい。みんなで協力して倒しましょう!」


「そうやな!よし、二人とも急ぐで!」


 その掛け声に、鈴音と麗奈の二人は相槌を打つ。


 突如現れたヤマタノオロチを討伐するため、契約者たちは横浜へと急ぎ集まるのであった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 猿之助達が新宿へ到着した同時刻。

 警官である扇浦と松田は車でとある場所へと向かっていた。


「扇浦さん、今回もまた悪魔関連の事件ですかね。」


 助手席に座る松田が扇浦に話しかける。


「まだ分からないが、私たちが呼ばれたということは、上層部が悪魔の可能性が高いと判断したということだろう。」


 扇浦はハンドルを右に回し、車体がゆっくりと方向を変える。


「今回の事件現場は横浜市の孤児院だ。孤児院内で火災が発生し、そこにいた30名前後が死亡した。というのは速報でも取り上げられた建前で、加えて死亡者には無数の切り傷があったそうだ。そして、孤児院内にはヘドロがいくつか付着していたとの情報もある。」


「えぇ…それもう確定演出じゃないですか。これでいない方がおかしいですよ…。」


「そうだな。だがな松田、私たち警官は事件を解明することだけが目的じゃない。これ以上の被害を減らすために動くんだ。犯人の足取りを辿り、犯人の動機を聞き出し、再発を予防する。それは悪魔であろうと何ら変わりは無い…着いたぞ。」


 車はその場で停止し、扇浦は颯爽とシートベルトを外して外へ出る。それに続いて松田も急ぎシートベルトを外して車外へ。すると目の前には…


「――うわぁ、これはひどい。」


 真っ黒に焦げ、壁の所々が崩れた孤児院の姿がそこにはあった。


「扇浦捜査官、松田捜査官、お疲れ様です!」


 歩みを進めると、現地にいた一人の警官が敬礼をして出迎える。


「お疲れ様。ここの管理者は誰だ?」


「はっ!森さんがこの場を管理しています!」


「森か…。」


 その名前を聞いた途端、扇浦の顔が曇る。


「あの、扇浦さんお知り合いなんですか?」


 その様子を見た松田は、扇浦に関係性を聞く。扇浦は、問い掛けた松田に目線を合わせることなく、曇り顔のまま口を開いた。


「あぁ、仲の良い同期だった。昔はな。」


「それはどういう…。」


「見ればいずれ分かるさ。行くぞ。」


 扇浦は歩みをさらに進め、松田も後ろを着いて歩く。すると、孤児院の前に警官が四・五人見え、その中に一人――腕を組みながら孤児院を眺める巨体の男の背中が視界に映った。


 近づく二人に気づいた一人の警官がその巨体の男へ声を掛け、そこにいた警官が全てこちらへと振り向く。


「誰かと思ったらお前か。」


「悪かったな、私で。」


 巨体の男と睨み合うような形で扇浦は立ち止まる。一言交しただけだが、二人の間には大きな火花が散っているのが誰の目にも映るぐらいの緊張感があった。


「あぁー?そういえば、悪魔対策とかいう、訳の分からない部隊に配属されたんだったなぁ?そこでの居心地はどうだぁ?」


 巨体の男は笑いを含め、バカにするような口調で扇浦へ言葉を放つ。松田も一言言ってやろうかと思うぐらいのイラつく言い方であったが、扇浦は決して冷静さを崩さなかった。


「ここでの仕事は最高だ。優秀な部下にも恵まれてるからな。ただ、居心地はたった今最悪になったよ。君は居心地を悪くする才能がある、素敵な能力を生かせるように別の仕事をおすすめするよ。」


「ちッ…あぁそうかよ。そりゃあどうもな。」


 大きな体に尖った顔。肌は茶色に焼け焦げており、全体的に威圧感を感じさせるような人物であった。この人がおそらく、ここの管理者である森という人だろう。


「私たちは悪魔が絡んでいる可能性があると見て呼ばれたのだが、誰か中を案内してもらってもいいか?」


「…おい、案内してやれ。」


「はっ!」


 森は部下へと案内を命令する。その命を受けた部下が二人を孤児院の中へと案内する。二人はその後を着いていき、問題のヘドロのある場所まで辿り着いた。


「ここがヘドロのあった場所です。」


「ご苦労。自分の仕事に戻っていいぞ。」


「はっ!失礼します!」


 敬礼をして、案内役の警官は姿を消す。残された二人は、その場の手掛かりを精査し始める。


「ヘドロ、かなりの量がありますね。」


 焼け焦げた部屋の一室。その壁際にはヘドロが大量に積み重なった塊があった。


「ヘドロの量は多いな、悪魔一匹分はあるだろう。だが、大事な手掛かりはそれだけじゃない。ここに来るまでの壁際を見たか?」


「見ましたが、所々ヘドロが付着していましたね。」


「…あぁ。ヘドロは言わば人の血痕と同じだ。となると…」


 まず、建物全体が大きな破損がないことからそこまで大きな力を持った悪魔でないことが仮説として有力だ。となると、このヘドロの量から推測するにここで亡くなった可能性が高いだろう。そして、壁際にあるヘドロの付着を考えると、悪魔がのたうち回ってここで果てたということが考えられる。つまり…


「――何者かが悪魔を退治したのか…?」


「そ、そんなことが有り得るんですか?悪魔って普通の武器じゃ対抗できないんじゃ…。」


「…あぁ。一般人が簡単に対抗出来るものでは無い。だがそれでは無いとヘドロがここまで流出していることに説明がつかない。」


 考えられることは三つ。

 一つは、契約者が悪魔を退治した説。一つは、施設内に対抗できる者がいたか。最後は、可能性は低いが、悪魔同士が戦ったか…。


「…おい、そこの君、ちょっと話を聞いてもいいか?」


 その時、近くで写真を撮っていた警官に扇浦が声をかける。


「ここにいた人はみんな亡くなったのか?」


「…いえ、死体として発見されていない者が二名います。足取りを追っていますがいずれも不明のままです。」


「…そうか。ちなみにその二人はどういう人なんだ?」


「はい。一人は5歳の少女で、生まれた時に親に捨てられてこちらに拾われたそうです。もう一人は15歳の少年です。5年前に両親を事故で亡くしてこちらに…。」


「なるほどな…。」


 扇浦は顎に手を添えて考え込む。

 5歳の子が悪魔を退治する力を持っているとは思えないが、15歳の少年ならば可能性はある。契約者だったのか…その過程は不明であるとはいえ、その者たちの話を聞ければ、原因究明…あるいは選択肢は自ずと絞られることにも繋がる。


「松田、まずはその者たちの捜索が優先だ。悪魔はおそらくだが、このヘドロの量であればここで息絶えている可能性が高い。だが、どう悪魔に対抗したか不明な点も多い。事情を聞き、ここで起きたことを究明することが優先事項だ。」


「そうですね、我々も捜索に参加しましょう!事件が起こって時間は経ってないですし、年齢も若い。まだ横浜市内にいるはずです!」


「その通りだ。そしたら森に伝えてこよう。」


 二人はその旨を伝えるべく、現場を後にする。焼けこげた事件現場を歩く二人。前を歩く扇浦に、松田は気になることを切り出した。


「あの、そういえば森さんとは仲が悪くなるきっかけとかあったんですか?あの様子だとかなり…。」


 その後の言葉を濁した松田の質問に対し、扇浦は静かに言った。


「あいつも根はいい奴なんだ。ただ、自分とは信念が相入れなかったってだけさ。」


 扇浦はそれ以上のことを口にすることはなかった。二人の気まずさが今後の捜査に支障をきたすことがないように祈るばかりだ。


 こうして孤児院から出た二人であったが、何やら先程とは打って変わって現場の様子が違っていた。落ち着いた様子から一変、警官が右往左往と忙しなく動いていた。


「一体何があった?」


 孤児院の前で警官たちに指示をしていた森に、扇浦は状況確認のため話しかける。


「あぁ、なんせ横浜中心街にバケモノが出たらしい。これを見ろ。」


 二人の目の前にスマホの画面が差し出される。ニュース速報としてそこに映っていたのは、ヤマタノオロチ型のバケモノが横浜中心街を破壊し尽くしている映像であった。


「扇浦さん、これは…。」


「…あぁ間違いない。これは悪魔だ。私はこれから横浜中心街へと急行する。どうする、松田も来るか?」


「お、俺ですか…。俺は…。」


 思わず両手が震える。

 今回は街を破壊し尽くすほどの悪魔…行けば今日こそ命は無いかもしれない。そんな恐怖が心を蝕んでいく。だが、


「…行かせてください。」


 松田はその恐怖に打ち勝てる覚悟があった。恐怖を抱いてもいい、必要なのは覚悟だけなのだ。


「よし、いい返事だ。ということで、私たちはそのように動く。」


「分かった。我らの部隊も避難誘導のため、準備が出来次第出発する。」


「よし、では行くぞ!」


 こうして、扇浦一行も横浜中心街へと急ぎ向かうのであった。

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