第6話『オバサン、大好きよ!』

◯川瀬さんチ・玄関

玄関かまちに立ち、ドアを睨んでいるミカ。決心がつき、笑顔になる。


ミカ「(独り言で)怖がりのくせに……パパ、ごめんなさい」


◯同・同(表)

に立って、空を見上げるミカとオバサン。レインコートを着ているミカ。手にはもう一着のレインコート。

まるで夜のように暗い空。風も雨も強い。

土砂降りの雨の中を走りだすミカとオバサン。


◯公園

笑顔で頷きあうミカとショウタ。

ショウタもレインコートを着ている。

2人を見上げているオバサン。


ミカ「ショウタ、もっと大きな声で叫ぶのよ」

ショウタ「うん」


嬉しいオバサン。

ありったけの声で空に向かって叫ぶミカとショウタ。


ショウタ「チビのママー、子雲はぼくんチにいるんだよー」

ミカ「でも、病気なの。早く手当てしてあげないと死んじゃうわー」


雨の音が強くて、母雲には聞こえていない。


ミカ「これじゃ、母雲に聞こえないよ。どうしよう……」


考え込むミカ。思いつく。


ミカ「あ、そうだ……」


公園の出入り口に向かって走り出すミカ。 

驚くショウタ。


ショウタ「あ、お姉ちゃん、どこに行くの?」


立ち止まり、振り返るミカ。


ミカ「すぐ戻るから。ショウタはそこで子雲のママに叫んでいて」

ショウタ「ぼくも行くぅ」


ミカを追いかけようとするショウタ。


ミカ「わたしを信じて。お願い、ね?」


優しく微笑むミカ。

不安顔のショウタ。一転、笑顔になる。


ショウタ「うん」


優しい笑顔で見守るオバサン。


ミカ「ありがとう」


走っていくミカ。

空を見上げるショウタ。


ショウタ「チビのママー(と一生懸命叫ぶ)」


ショウタを応援するオバサン。やはり母雲には聞こえていない。それでも叫び続けるショウタ。


ショウタ「チビのママー……」


◯歩道

土砂降りの中、ずぶ濡れで走っていくミカ。


◯公園

土砂降りの中、空に向かって叫んでいるショウタ。


ショウタ「チビのママー」


出入口の方を振り向き、驚くオバサン。

シーツを担いで走ってくるミカ。

ショウタの横まで走ってくるミカ。


ミカ「ショウタ、シーツの端を持って。チビのママに向かって広げるのよ」

ショウタ「あ、そうか……」


シーツを広げ、頭の上に持ち上げるミカとショウタ。が、ビューンと強い風が吹きつける。


ショウタ「あ……」


風に煽られたシーツに引っ張られ、転ぶショウタ。しかも、転んだショウタの上にシーツが覆いかぶさる。

驚くミカ。


ミカ「ショウタッ」


シーツの下で、モゴモゴしているショウタ。

慌てて、シーツの端を持ち上げるミカ。その時、シーツについた泥が跳ね、ミカの顔につく。

やっとシーツの中から顔を出すショウタ。顔に泥がついている。


ショウタ「あー、苦しかった」

ミカ「それは大げさよ」


ショウタの顔についた泥に気づくミカ。


ミカ「あ~ぁ、ひどい顔」


ショウタは思わず泥のついた手で顔を触る。もっと汚れるショウタの顔。


ミカ「もっと汚れちゃった(と笑う)」

ショウタ「お姉ちゃんの顔にも泥がついてるよ(と笑う)」

ミカ「嘘ッ」


思わず、泥のついた手で顔を触り、もっと汚れてしまうミカの顔。

顔を見合わせ、笑うミカとショウタ。

オバサンも笑う。

ビショビショに濡れ、泥だらけのシーツに気づくショウタ。意気消沈。


ショウタ「パパに怒られちゃうね」


暗い顔になるミカ。


ミカ「そうだね……」


すぐに、笑顔になるミカ。


ミカ「でも、仕方ないよ。それよりショウタ、もう一回」

ショウタ「(笑顔で)うん」


シーツを持ち上げようとするミカとショウタ。しかし……。 


ショウタ「 お姉ちゃん、さっきより重いよー」

 ミカ「濡れちゃったからね。でも、頑張ろう」

ショウタ「うん」


 フラフラしながらも、なんとかシーツを頭の上に持ち上げるミカとショウタ。

できる限りの声で、空に向かって叫ぶ。


ショウタ「お~い、チビのママー」

ミカ「気づいてー」


(あ、そうだ、と)気づくオバサン。空に向かって上っていく。もちろんミカとショウタには見えない。


◯空

全体が灰色に染まっている。 

子雲を心配な母雲。濃い灰色になり、悲しくて泣いている。(大雨を降らせ、雷を落とす。)

“ザーザー”

“ピカ” 

“ゴロゴロ”

ジェスチャーで、母雲に公園のシーツを教えるオバサン。

見下ろす母雲。

地上で、小さく見えるミカとショウタ。シーツを広げ、何か叫んでいる。が、雨と雷の音で聞こえない。

雨と雷を止める母雲。

ミカとショウタの声が微かに聞こえるが、なんと言っているかまでは聞き取れない。

耳をすます母雲。

やっと、ミカとショウタの話が聞き取れる。


ショウタ「チビのママー。子雲のチビはぼくんチにいるんだよー」

ミカ「でも病気なの。お願い、早く助けてあげてー」


驚き、唖然とする母雲。

地上を見下ろし、更に驚く母雲。

地上では、公園から出ていくミカとショウタの姿。

狼狽える母雲。

落ち着きなく、体のあっちこっちが出っ張ったりへこんだりする。体の色も真っ黒になる。

母雲を落ち着かせようとするオバサン。効果なし。

  ※   ※   ※

心配顔で見下ろしている母雲とオバサン。2人とも、あ、と驚く。

公園に戻ってくるミカとショウタ。2人でうちわを仰ぎ、その風に乗せて子供を運んでくる。

嬉しい母雲とオバサン。

空に向かって叫ぶミカとショウタ。


ショウタ「チビのママー、子雲を連れてきたよー」

ミカ「早く迎えに来てー。お願いー」


喜んで、下りていく母雲。が、途中で止まり、ビューンと一気に元の位置に戻される。

母雲、もう一度繰り返すが、同じ。

(大きすぎて降りられないのだ。)

悩む母雲。(体のあっちこっちが出っ張ったりへこんだりする。)

あ、と閃く母雲。必死でお腹をへこませ始める。汗を流し 、必死で力む母雲。

不思議顔のオバサン。

ついに、ドーナツのように真ん中が空洞になる母雲。

驚くオバサン。

母雲のお腹の空洞から降りていく太陽の光。キラキラ光ってとてもきれい。

感激するオバサン。

光と一緒に地上に降りていくオバサン。


◯公園

空を見上げているミカとショウタ。

灰色の空。

母雲の腹の空洞から下りてくる一筋の光 。オバサンも一緒に降りてくる。

その光を見上げているミカとショウタ。

ワクワク顔のショウタ。


ショウタ「あの光、母雲から降りてくるよ」


ワクワク顔のミカ。


ミカ「チビを迎えにきたのよ」


ついに、子雲に当たる光。子雲の体を抱きしめ、持ち上げていく。

応援するミカ、ショウタ、オバサン 。

光に抱きしめられた子雲が空に上っていく。

手を振るミカとショウタ。


ミカ「チビ、元気でねー」

ショウタ「また、一緒に遊ぼうねー。絶対だよー。約束だよー」


◯空

爽やかな青色。

光に持ち上げられてくる子雲。母雲が子供をギュッと抱きしめる。

きれいな虹がかかる。 


◯公園

空を見上げているミカとショウタ。

空には虹がかかっている。


ショウタ「あ、お姉ちゃん、虹だよ」

ミカ「きれいだね」


空を見上げているオバサン。満足顔。


◯川瀬さんチ・表

車道でタクシーが止まる。ドアが開き、降りてくるパパとママ。


◯同・子供部屋

入ってくるパパとママ、驚く。

ずぶ濡れ、泥だらけで立っているミカとショウタ。


パパ「ミカもショウタもどうしたんだい?」


汚れたシーツを見て驚くママ。


ママ「あーあーあー、泥だらけじゃない」


悲しくて俯くミカ。

心配顔でミカの顔を見上げるショウタ。ミカの手を握る。

驚いてショウタを見るミカ。

ミカを見上げて、頷くショウタ。

頷き返すミカ。


ミカ「(ママに向かって)ごめんなさい」


頭を下げるミカ。


ショウタ「ぼくが落としたの。ごめんなさい」


頭を下げるショウタ。


ミカ「ショウタは悪くないの。わたしの言うとおりにしただけだから」


嬉しくて、ウルウルとなるオバサン。 

ドアから入ってくる女性。


ミカ「(驚いて)あ……」


立っているおばあちゃん。


ミカ「おばあちゃん……?」

パパ「ミカとショータが心配していると思ったから、病院の先生に頼んで、一晩だけ退院させてもらったんだよ」


一瞬、嬉しいミカ。が直ぐに、汚れたシーツを見て、悲しい顔になる。


ミカ「ごめんなさい(と俯く)」

おばあちゃん「ミカ、ありがとう」


驚き、おばあちゃんを見るミカ。


ミカ「だっておばあちゃん、シーツあんなに汚しちゃったのよ」


微笑むおばあちゃん。


おばあちゃん「シーツはまた洗えばいいのよ。それより、洗濯物を取り込んでくれた気持ちがありがたいわ。そうでしょ、ママ?」

ママ「そうね。わたしがミカの年頃は、洗濯物を入れなきゃさえ思いつかなかったと思う。ごめんね、ミカ」


嬉しくて泣きそうになるミカ。

ミカの手を握るおばあちゃんの手。


おばあちゃん「ミカ、あなたはわたしの自慢の孫よ」


遂に、泣き出すミカ。


ミカ「おばあちゃーん……」


おばあちゃんに抱きつくミカ。


おばあちゃん「ミカ……」


ミカを抱きしめるおばあちゃん。


ショウタ「ぼくも~……」


と負けずにおばあちゃんに抱きつく。

跪き、自慢の孫2人をしっかりと抱きしめるおばあちゃん。


ショウタ「おばあちゃん、あのね、子雲のチビが来たんだよ。そしてね、オバサンに変身したんだよ」

ミカ「本当なのよ。でも、全然似てなくて、白ブタみたいなの。あれじゃ、オバサンがかわいそうよ」


驚くパパ。


パパ「ミカ、今なんて言ったんだい? 」

ミカ「え? 何、パパ……?」


不思議顔でパパを見るミカ。

嬉しくて、泣きそうになるパパ。慌てて無理に笑顔になる。


パパ「ううん、何でもない。そうか、子雲のチビがオバサンになったのかぁ。パパも見たかったなぁ」


涙が溢れ出すオバサン。涙で、皆の姿が滲む。


パパ「よし。みんなでオバサンにさよならを言って見送ろう」


◯同・庭

花壇の隅に、『オバサン』と書かれた小さな板の墓標。

その前に立つパパ、ママ、おばあちゃん、ミカ、ショウタ。みんな手を合わせ祈る。

パパ、ママ、おばあちゃん、ミカは泣いている。

ショウタはよくわからないながらも、みんなが泣いているから辛くなって泣きだす。

嬉しいオバサン。

聞こえてくるミカの心の声。


ミカの心の声「オバサンがいなくなっても平気なんて言ってごめんなさい。本当は大好きよ。ずっとずっと大好きよ……」


大きく頷くオバサン。回想する。


◯公園(夜・オバサンの回想)

の片隅に、段ボール箱を置く青年。

その段ボール箱の中にいる子猫(オバサン)。悲しそうに鳴く。

ヒューと冷たい夜風が吹き抜ける。


◯歩道(数年後・回想)

大人になっているオバサン。動物保護車に捕まり、檻に入れられそうになるオバサン。が、ギリギリ逃げ出す。 


◯車道(回想)

を走って渡ろうとするオバサン。

走ってくる車にはねられるオバサン。

脇の歩道から見ているパパ。あ、と驚く。

車はそのまま走り去る。

オバサンに駆け寄り、抱き上げるパパ。気を失うオバサン。


◯動物病院(回想)

手術台の上で目を開けるオバサン。包帯でぐるぐる巻きの状態。

辛そうに見ているパパ。

  ※   ※   ※

入院しているオバサン。包帯が減っている。

オバサンをボックスに入れる獣医。

ボックスを受け取るパパ。 


◯川瀬さんチ・リビング(回想)

床に置いてあるボックス。

ボックスの中を覗いているパパ、ママ、おばあちゃん、ミカ、ショウタ。

ボックスの中、警戒心マックスで睨んでいるオバサン。“シャー”と威嚇する。

ボックスの扉を開け、餌を入れるパパ。

猫パンチするオバサン。


パパ「痛っ」


餌を持ったまま手を引き戻すパパ。


パパ「(オバサンに)怖かったんだよね。ごめんごめん。でも食べないと元気にならないからね」


再び餌をボックスの中に入れるパパ。

シャーと威嚇するオバサン。 

   ※   ※   ※

ボックスから出てくるオバサン。後ろ足がまったく動かず前足だけで歩く。


◯動物病院(回想)

診察台の上。獣医から、下半身に小さな車付きの台を取り付けてもらうオバサン。


◯川瀬さんチ・リビング(回想)

下半身につけた車付き台で、器用に走り回るオバサン。

オバサンと一緒に、楽しく走り回るミカとショウタ。


◯同・庭(現在)

墓碑の前で祈っているパパ、ママ、おばあちゃん、ミカ、ショウタ。

自然と空に上り始めるオバサン。

下を見るオバサン。

下には、川瀬さんチの屋根と庭が見える。

川瀬さんチの家族に向かって手を振るオバサン。

どんどん小さくなっていく川瀬さんチの屋根と庭。


◯空

に上ってくるオバサン。あ、と気づく。

すっかり元気になった子雲が母雲の中に入ったり出たり、いたずらをしている。

呆れるオバサン。でも、すぐ笑顔になる。

そこへ、ミカとショウタの声が聞こえる。


ショウタの声「でもね、おばあちゃん、お姉ちゃんはね、チビを虫の蜘蛛と間違えて、ギャーギャー 叫びながら逃げたんだよ」

ミカの声「ショウタのバカー」

ショウタの声「本当だもん」

ミカの声「こらー」


逃げるショウタと追うミカの足音が聞こえる。ドタドタバタバタ。


ミカの声「待ちなさいよ。ショウター」

ショウタの声「おばあちゃ~ん……」


嬉しい母雲。子雲をギュッと抱きしめる。

窮屈で、母雲の腕から逃げだす子雲。

呆れるオバサン。でも、すぐに笑顔になる。

空よりもっと高く上っていくオバサン。


テロップに表示されるオバサンの心の声。


『やっぱり、今日はいいことがあったのかな!? 明日もいいことがありますように、と』


        (おしまい)

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シナリオ『晴れ ときどき クラウディ・ベイビー』 @mayonakataiyou

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