第弐拾漆話 始動

 



「皆の者、よく集まってくれた。魔王代理として感謝する」



 周りに集まっている多くの魔族や亜人に礼を言う。


 実は昨日、オーガ達との戦いを見守っていた魔族や魔族に話を通していた。軍を作るので、共に戦ってくれる者は今日の朝に塔へ集まってきてくれとな。


 元々戦いを好まない者達が暮らしているのでそこまで期待していなかったが、予想よりも遥かに多くの者達が来てくれていた。話を広めてくれたのだろう、昨日いなかった者達も多くいる。


 きっと皆、心の底ではわかっているのだ。

 今は団結して戦わねばならぬ時だとな。



「一から指導したいところだが、そんな悠長な時間はどこにもない。なので俺がお主等の適材適所を見極め、伸ばすべきところを重点的に指導する。それで構わぬか」



 皆に問いかけると、頷いたり鳴いたりと様々な反応を見せる。

 うむ、やる気は十分なようだな。



「よし、では早速始めていきたいのだが、その前にこれから仲間になる者達の顔を覚えたい。端から自己紹介をしてくれないか」


「タロスだ……ミノタウロスのボス」


「鑑定眼」


『ステータス

 名前・タロス

 種族・魔族(ミノタウロス)(群れのボス)

 レベル・45』


『ミノタウロスとは、牛の魔物である。二本の足で立ち、硬い筋肉と怪力なのが特徴。気性が荒い』



 ふむ、ミノタウロスは牛の魔物なのか。

 外見は下半身など牛のようだが、上半身は手とか人間に近い。あと全身が黒くて大きい。

 気性が荒そうではあるが、タロスの場合は落ち着いている。ゴップのように知恵をつけて魔族になったからだろうか。


 タロスは突然俺を掴むと、目線の高さまで持ち上げてこう言ってくる。



「昨日の戦い、見ていた。身体の中が熱くなった。タロスも戦う」


「うむ、頼りにしているぞ」



 そう告げると、タロスは大きな鼻からぷしゅーと息を出し、俺をそっと下ろす。

 次に向かうと、俺は目線を足下まで下ろした。



「我輩もサイ様と共に戦いますぞ! 獅子奮迅の如く! トゥ、トォ、フェア!」


(鼠が喋ってる……)


『ステータス

 名前・ナポレオン

 種族・亜人(鼠人そじん族)(群れのボス)

 レベル・1』


『鼠人族とは、鼠の亜人である。鼠の獣人とは異なる。よく喋り、大体何でも食べる。群れの数が多い』



 また珍妙な生き物だな……。

 レベルが1なのはまぁ分かるが、亜人とはどういうことなのだ? 確かに服を着ているし足だけで立っているし言葉も話せるようだが、どう見てもただの鼠だろう。


 これを亜人のくくりに入れるのが不思議で仕方ないのだが……毎度のことだが異国には驚かされるな。


 あとやかましい。今もナポレオンが俺の戦いぶりを動きと合わせて熱く語っているが、後ろにいる多くの鼠達もそれぞれ喋っていて五月蠅すぎる。



「すまないが、少し静かにしてくれるか」


「おっとこれは失礼! では、サイ様の活躍ぶりはまた後ほどお見せしましょう!」


「うむ……ほどほどにな」



 頭が疲れてきた。甘い菓子が食べたいぞ。

 だが今はやることをやらねば。



「ワタシモ……タタカウ」


「うむ、よろしく頼む(大きな蟻だな……)」


『ステータス

 名前・無し

 種族・魔物(キラーアント)(群れのボス)

 レベル・15』


『キラーアントとは蟻の魔物である。身体が人間の子供ほど大きい。統率力に長けており、群れを率いて獲物を狩る』



 意思疎通もできて言葉も話せるのに魔物なのか。恐らく、魔族に至るまでの知恵を持っていないということだろう。

 名前がないというのは不便だな。せめてボスである彼だけでも呼び名が欲しい。



「名前はないのか?」


「ナイ。ツケテホシイ」


「うむ……では信玄はどうだろうか」


「シンゲン。ワタシハシンゲン」



 なんとなく思いついた名前を付けてみたが、喜んでくれているようで何よりだ。これは喜んでいるでいいのだろうか?



「魔王様が戻るまで、ここを守る」


「うむ、その意気だ」


『ステータス

 名前・無し

 種族・魔族(闘狼デアウルフ)(群れのボス)

 レベル・25』


『デアウルフとは、狼の魔物であるフォレストウルフが進化した種族。強敵であろうとも恐れず立ち向かう闘志がある。仲間意識が強く、助け合って生きている』



 ふむ、彼は魔族なのか。

 見た目は大型の犬で、額に一本角が生えている。それと彼だけ右目が潰れていた。会話から察するに魔王に心を許しているようだが、彼は名前をつけてもらっていなかったのだろうか。



「お主も名が無いようだが、どう呼べばいい」


「魔王様に付けて欲しかったが、戦うのに困るなら仕方ない。好きに呼ぶがいい」


「俺とて無理につけようとは思わんが、お主がそう言うのなら。そうだな……政宗はどうだろうか」


「オレは何でもいい」



 素っ気なく言っているが、尻尾をぶんぶん振っているという事は意外と気に入ってくれたのだろう。


 政宗という名は、前世の時に噂で聞いた名だ。俺は顔も知らぬが、独眼の武将でとんでもなく強く多くの武勇を耳にしている。デアウルフも片目が潰れているから名前を拝借させてもらった。



「さて、一通り済んだな」



 ミノタウロスに、鼠人族に、キラーアントに、デアウルフ。群れがあるのはその四種族だが、他にも群れではなく個人の魔族や亜人はいる。


 彼等に加え、ゴップや仲間のゴブリン達に、ペペや魚人族。

 修羅達オーガ四人に、ボルゾイ殿やドワーフ。

 ドワーフは戦いに参加せず、拠点や武器を作ってもらう。


 これがこの地を守る為に作られた新しい軍だ。

 俺の軍ではなく、あくまでも魔王の軍勢であるから魔王軍とでも名付けよう。



「今日この日からここにいる者は兵士であり、仲間だ。この地を守る為に、強くなる覚悟はできているか」


「「おオおオおオおオ!」」



「うむ。ではよろしく頼む」



 それから俺は、彼等を強くする為にあらゆる手を尽くした。

 ボルゾイ殿達にそれぞれの種族に合った武器を作ってもらい、使い方を教える。俺は前世で師匠の半兵衛から様々な武器を扱えるように鍛えられたから、大抵の武器は扱える。


 力に任せた攻撃もいいが、やはり武器の方が強力かつ殺傷能力が高いからな。


 ミノタウロスには怪力を活かせるように斧を授けた。


 手先が器用なゴブリンには、クナイや手裏剣を。剣でもいいが、体躯が小さいゴブリンでは剣に遊ばれてしまうからな。

 それと、忍びとしての戦い方も伝授する。足音を消す歩法などな。


 魚人族は銛に加え、鉄網など罠を仕掛ける道具。

 地上にいる敵を水の中に落とし入れ、自分達が優位な状況で戦うように戦法を教える。


 鼠人族は戦う力がないが、その小ささと機動力を生かした戦いをしてもらう。


 小さな針で敵の目や首筋などの急所を刺したり――彼等は槍と言い張るが――、情報の伝達をしてもらう。鼠人族だけ、全員が言葉をしっかりと話せるのが強みだ。余計な話までしてしまうのは困るがな……。


 キラーアント達には武器ではなく、戦略を授ける。

 身体が大きい彼等は数の力で正面から戦うそうなのだが、それでは勿体ない。蟻の強みは地中に潜れることだ。


 協力して即席の落とし穴を作り、敵を罠に嵌めてから殺す。そのやり方をボスの信玄に伝え、信玄が仲間に教えたらたった一回で上手くいった。キラーアント達は俺より賢いのかもしれん。


 それはデアウルフ達も同様で、武器ではなく個性を生かす。


 勇猛な彼等は罠を使ったりするような小細工は行わない主義なようだ。好きに戦わせる為に、こちらの条件を呑んでもらうことにした。


 狼の強みは嗅覚と健脚にある。

 索敵の方法を教え、情報伝達に役立ってもらう。言葉が話せる鼠人族と連携すれば、より緻密な情報を得ることができる。


 情報を制する者は戦いを制するとも云われているから、重要な役割だ。


 オーガ達は個人ずつ鍛え上げることにした。


 怪力だけの枯葉には武術を教える。

 彼女は俺と同じで頭が良くないので、理屈ではなくこういうものだと実戦を踏まえて教えるとすぐに覚えた。


 既に剣術が達人の域に達している水月には、リズから魔法を教えてもらった。最初は渋っていたが、いざ初めてみると老人が新しい趣味を見つけたかのように魔法訓練に取り組んでいたな。


 オーガの中で一番成長したのは命だろう。

 枯葉が命のことを「ミコトは戦えねぇよ。臆病で何の力もねぇからな」と馬鹿にしており、本人も自分は役立たずだと認識していた。


 どうやら命は、自分が【巫女いたこ】スキルを持っていることを知らなかったようだ。ただし、時々幽霊は見えるとのこと。


巫女いたこ】スキルがどんな能力を秘めているのか鑑定眼で調べ尽くし、命と使い道を詮索していくと、とんでもない力を発揮することができた。


 最後に修羅には、剣術と雷の使い方に加え、軍略を学んでもらう。


 魔力量を増やす為に、スキルをぶっ倒れるまで使い魔力欠乏症になってもらう必要があった。

 その度に俺とリズが治癒を行う。魔族の修羅は頑丈なので死ぬ要素はないが、本人は辛いと嘆いていたな。


 いずれ魔王になってもらう彼には、軍を指揮してもらう。皆の個性を理解し、駒としてどう扱うかを考えさせる。


 その能力を培う為にも、息抜き代わりに将棋を教え、少しずつ覚えてもらった。


 それと並行して鍛錬も行う。

 魔王になるならば、ここにいる誰よりも強くなってもらわねば困るからな。


 やらなければならない事が多すぎて、一日一日が水のように流れ去っていく。


 侵略してくる魔族や魔物に対して鍛錬の成果を発揮したり、ドワーフたちに家を建ててもらったり、皆で稲刈りしたり、リズと小夜が握り飯を作ってくれたり、温泉に入ったりと忙しない日々を送る。


 魔王軍を作ってから、実に半年近い日数が経過していたのだった。



 ◇◆◇



「忘れていたが、リョウマの所は今どうなっている? 誰か魔王になったか?」



 玉座に足を組んで座っている魔王が、退屈そうにワイングラスを揺らしている時、ふと思い出したかのように問いかける。

 すると近くで控えていた配下が、魔王の問いに答えた。



「いえ、まだ新しい魔王は出てきておりません。一時は多くの魔族や魔物が押し寄せ混沌とした状況でしたが、現在は落ち着いているようです。どうやら魔王リョウマの配下達が協力し立て直したと思われます」


「それはつまらんな。新たな魔王が誕生するかと期待していただけに、どいつもこいつも雑魚相手に苦戦しているのか」


「そのようですね」


「リョウマとジャガーノートを消した奴が裏で糸を引いていると思っていたが、私の早とちりだったか? ジャガーノートといえば、何者かが使い魔にしたとかいう噂が流れていたな」



 魔王が言っているのは、小夜に乗って魔王代理を宣言したサイのことだろう。


 あの宣言は領土内にいる者しか聞こえていないが、そういう噂は魔王リョウマの領土と隣接する他の魔王の耳にも入っていた。

 何でも、あのジャガーノートを使い魔にした魔族が、リョウマが居ない間に魔王代理を務めると宣言したと。



「その噂はデマだと思われます。それ以降ジャガーノートが現れたという情報は一切出ていません。もし仮に使い魔が本当だったとして、侵略者相手に投入しない理由がないですからね」


「それはそうだな。お前の言う通り、ジャガーノートを使い魔にしたらこき使うだろう。それこそ、何度か戦わせれば他への抑止力にもなる」


「はい」


「となると、あの地はリョウマもジャガーノートも消えたのに新たな魔王も現れないのか。それはつまらんな……さてどうしたものか」



 魔王は少し考えると、ニヤリと口角を上げながら配下にこう伝える。



「ファウストを呼べ。彼の地を取るぞ」


「はっ!」



 命令された配下は、その場から消え去る。

 それから数時間後、配下が一人の魔族を連れて戻ってきた。



「魔王様、私をお呼びでしょうか」


「ああ、よく来てくれた。早速だがファウスト、魔王になりたくはないか?」


「お戯れを。確かに何百年も前の私は魔王様に戦いを挑む愚か者でしたが、今はもう魔王様の忠実な僕。そのようなものに興味はござませぬ」


「嘘だな。死者に堕ちてまで黒魔法を探求し続ける元大魔法使いの貴様に野心がないとは言わせぬぞ。ましてや、一度は私の首を獲りにきたのだからな」


「……」


「ファウスト、お前にはリョウマの地を奪い新たな魔王になってもらいたい」


「魔王様のご命令なら従いましょう。ですが帝国への防衛はよろしいのですか?」


「構わん。帝国も今は私達だけを構っている訳ではないからな、他の誰かにやらせればよい。だが、新たな魔王となる者はお前の他にいまい」


「承知いたしました。それならばこのファウスト、彼の地を侵略し新たな魔王に至りましょう」


「ああ、その時を楽しみに待っているぞ」



 魔王が配下。

死霊王リッチロード】のファウストが、サイ達がいる地に戦争を仕掛けようとしていた。

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