第弐拾伍話 温泉と懐かしき家

 



「サイ様、温泉に入りましょう!」


「温泉? それは天然の湯のことか」


「はい! オーガの老人から集落に温泉があるって聞いたんですよ。なので今から入りに行きましょう!」



 修羅と軍についてや今後の方針を話し合っていると、リズが満面の笑顔を浮かべてやってきた。

 大鬼族オーガの集落にそんなものがあるのかとボスである修羅に真実を確かめると、首を縦に振ってしまう。


 風呂が苦手な俺は、言い訳を考えて断ろうとする。



「もう日が暮れているし、今日は帰るべきだ。父上と母上に心配かけてしまう」


「心配ご無用です。念の為、一日か二日は戻らぬと予め旦那様にお伝えしておきましたから。それに、お二人もサイ様がいらっしゃらない方が気を遣わずしっぽりできると思いますよ」


「お前……主人に向かってよくそんな下品なことが言えるな。その息子の俺にも対しても失礼だぞ」



 そんな大っぴらに言うものじゃないだろうがと、破廉恥メイドに呆れかえる。

 しかも一応六歳の子供相手に下劣な話を笑顔でするんじゃない、もっと気をつかえ馬鹿者。



「それくらいじゃ旦那様や奥様は怒りませんよ。アルフレッドさんは小五月蠅く言ってきますけどね。さぁサイ様、一緒に温泉に行きましょ!」


「俺はいい、入ってきていいぞ」


「は~私今日頑張りましたよね~。魚人たちを治したり、そこのオーガとかサイ様に舐めた口を利いたオーガの女も治しましたよね~。小夜にはご褒美をあげて、私には何もくれないんですか~? 悲しいな~」


「ぐぬぅ……」



 確かにリズには今日一日ずっとついてきてもらい、俺の命令でハンター達にやられた魚人たちや修羅達を治癒したりと尽力してくれた。リズがいなかったら助からなかった命も多くあっただろう。


 小夜にだけ甘やかしてリズには何も無しというのも、主君としては褒められることではない。こればっかりは仕方ないか。



「はぁ……わかった、温泉に行こう」


「流石サイ様! では暗くなる前に行きましょうか!」


「うむ。修羅、痛むところすまないがオーガの集落まで案内してくれるか」


「勿論です。ですがサイ様、我等の集落は魔物との戦いで半壊していますが……」


「構わん。風呂に入りに行くだけだ」



 リズにごねられた俺は、仕方なく温泉に入る為にオーガの集落へ向かう。


 同行者はリズと小夜、ボルゾイ殿にゴップ、それとオーガ達だ。集落はそれほど遠い場所ではなく、四半刻しはんときほど歩くとそれらしいものが見えてくる。



「これは……っ!?」



 たどり着いた集落を目にした俺は目を見張った。

 何故なら、建てられている家が前世……というより日本の家にそっくりだったからだ。気になって中に入ってみると、やはり全体的に造りが似ている。



(懐かしい……)



 世話になった御屋形様のような立派な屋敷ではなく、おとうとおかあと暮らしていた質素な農民の家。


 木造の平屋で、狭っくるしい家だ。だがいつでもお父とお母の顔を見れて、近くに感じられることができた。寝る時は川の字で寝ていたな……。


 郷愁に浸っていると、リズが心配そうに声をかけてくる。



「そんなに慌ててどうなさいました? この家がどうかなさいましたか」


「いや……何でもない」


「ご主人様……」



 小夜が後ろからそっと抱き締めてくる。

 小夜は俺の前世の記憶も覗けるから、俺が懐かしんでいる気持ちが分かるようだ。


 ふと疑問を抱く。

 何故、明らかに異国の造りではない日本の民家が建っているのだ? しかもここは人間が住む場所ではなく大魔境の中だぞ。何がどうなっている?


 考えられるとしたら、日本人が海を渡り異国にやってきて、たまたま大魔境に辿り着いたか。ドラゴニス王国は海に面しているから、可能性が無いとは言い切れない。


 ただ、ドラゴニス王国には日本という国も日本人の存在も歴史に残っていない。それに力のない日本人が魔物が跋扈する大魔境で生きていけるとは思えない。


 ではオーガ達が自分達でこの造りを編み出し、家を建てたのだろうか。

 気になったので修羅に聞いてみるが、自分が生まれる前からあったので分からないそうだ。だが代わりに修羅の隣にいた水月が教えてくれる。



「オーガの集落を作ったのはリョウマ様と聞いております」


「魔王が?」


「左様でございます。儂等の祖先、ただの魔物だったオーガに言葉と暮らしを授けてくださったのも魔王様だと聞いています」



 では魔王リョウマがオーガに日本の文化を授けたのか?

 魔王はいったい誰なんだと気になった俺はこの家を調べることにした。



(鑑定眼っ!)


『オーガが暮らしていた家』


(もっと詳しくだ! 魔王リョウマについて教えろ!)


『オーガが暮らしていた家。原型を作ったのは魔王リョウマ』


(いいぞ、魔王リョウマは誰だ!)


『魔王リョウマは???????』


(調べられないだと!?)



 家について詳しく深掘りしていき、どうにか魔王リョウマについてまで辿り着いたが肝心の本人については全く調べることができなかった。


 ユニークスキル【鑑定眼】は、俺が見た対象物を調べるとどんなものか教えてくれる便利な能力だ。

 何も知らぬ異国の地では頼りになり、今まで使い続けたお蔭か鑑定眼も成長した。大体の物はより深くまで調べることができる。


 だが未だに調べられないものもあった

 リズや小夜のステータスはまだ???になっていて判明されていない。俺の鑑定眼では解析できかった。


 魔王リョウマについても同じようだな。

 まぁいい、今日のところは懐かしき日本のものに巡り会えただけでよしとしよう。



「さぁご主人様、温泉に入りましょう」


「うむ」


「おい小夜、私のポジションを取るな。サイ様を返せ」


(律儀に男湯と女湯で別れているのか……)



 小夜に手を引かれながら温泉がある場所に向かうと、壊れかけの家が建っていた。


 中に入れば、男と女が書かれている暖簾があり、それぞれ部屋が分かれている。どういうことか修羅に聞くと男女が別々に入るそうだ。


 ふむ、順番ではなく別々なのか。

 大きい温泉だからできる贅沢な使い方だな。


 これを作ったのも魔王の仕業なのか? と疑問を抱きつつも、俺は男湯の方へ足を向ける。



「ちょっと何してるんですかサイ様、そっちは違いますよ」


「お前こそ何言ってる。俺は男だぞ、男湯に入るのが当然だ」


「サイ様は男というより男の子だからセーフなんです」


「何を訳がわからん事を言っている」



 魔王には感謝せねばな。男湯と女湯を分けてくれたお蔭で文句を言われずに入れる。が、男湯に入ろうとした瞬間ひょいっと枯葉に担がれてしまった。



「おい何をする、下ろせ」


「ガタガタ言ってね~でさっさと行くぞ」


「離せ、俺は男湯に入るんだ!」



 どれだけ言っても枯葉は離してくれず、男性陣に助けを求めても顔を背けられてしまう。ならリズと小夜に助けてもらおうと思ったのだが、にこにこしているだけで何も言わない。


 おいお前等……いつもは主君に無礼を働いた者を怒る癖にこんな時だけ静観とはずるいではないか。



「はっ! あんなに強ぇのにち〇ち〇は小っちぇんだな」


「馬鹿かお前は、子供なんだから当たり前だろ。あと乳房ちぶさを隠せ」


「ガキに見られても減るもんじゃねぇっての。どうだ、アタイのおっぱい揉ませてやろうか? でっけぇだろ」


「くだらん」



 恥ずかし気もなく堂々と裸体を晒す枯葉にげんなりする。

 彼女は身体が大男ほどの体躯で、鍛え上げられた肉体にはあらゆる箇所に傷跡が残っている。あと大きい身体に比例するかのように乳房も大きかった。



「……」


「ひぇ……な、何でしょうか?」


「いや、何でもない」



 大っぴろげに裸体を晒す枯葉とは違って、命の方は見られるのが恥ずかしそうに身体を隠している。その行動が新鮮でつい見つめてしまった。


 それだ……女はもっと恥じらいを持つべきだ。

 俺の周りにいる女が破廉恥ばかりで当たり前のことを忘れていた。気付かせてくれた命には感謝せねば。



「おいおい、ガキは普通くらいが好きだってよ」


「そんな事ありませんよね~サイ様は私のおっぱいが一番ですよね~」


「何言ってるんですかババア。ご主人様は小夜の胸が一番なんです!」


「付き合ってられん」



 誰の乳房が良いなどしょうもない事に付き合ってられるか。

 言い争っている二人を置いといて、枯葉と命に案内してもらい風呂場に入る。広い空間には独特な匂いが充満しており、透明な温泉が目に留まった。


 温泉は外にも繋がっており、室内と外で両方楽しめるようだ。



「うひゃ~、きもちいいぜ!」


「駄目だよクレハちゃん、ちゃんと身体洗ってから入らなきゃ」


「そんなまどろっこしいことしてらんね~よ。入っちまえば一緒だろ~が」


(行儀が悪いが、気持ちは分かるな)


「さぁご主人様、小夜が隅々まで洗いますからね~」


「くそ、石鹸を持ってくるのを忘れた! 私としたことが不覚です」


「召使い二人に洗ってもらうなんて良いご身分じゃねぇか、ガキんちょ」


「なら代わってくれ」


「いや……遠慮しておくわ」



 真顔で言うと、枯葉は声を小さくして顔を背けた。

 良いご身分だと? ふざけるな、こっちは毎日毎日弄ばれているんだぞ。代わってくれるものなら喜んで代わってやろう。



「気持ちいですねぇ、やはり天然の湯は水を沸かすだけの風呂とは違いますよ。肌がツルツルに潤う感じがします」


「ご主人様はいかかですか?」


「うむ、悪くないな」



 肩まで温泉に浸かると、全身の疲労が回復されていく気がする。リズが焚いてくれる風呂より温度が高く、独特な匂いもまた乙なものだ。風呂は苦手だが、これは意外と悪くない。



「ったりめ~だろ。この温泉は魔王様が掘り出してくれたもので、湯治の効果もあんだからよ」


「また魔王か……魔王リョウマとはどんな者なのか聞かせてくれないか。亜人なのか、魔族なのかとか」


「さぁな……あんま分かんねーよ。見た目は人間だけどよ、めちゃくちゃ長生きだから多分魔族だろーな。アタイが生まれるずっと前からいるぜ。つ~か、スイゲツの爺さんが生まれる前にはもう居たって言ってたぜ」



 ふむ、あの老人が生まれるより前からこの地にいるのか。

 それは確かに人間ではないな。人間はそんなに長く生きられない。考えられるとすれば、見た目が人間に近い長命種のエルフやドワーフあたりだろうか。



「お主等の名前を付けたのも魔王なのだろ?」


「そうだぜ、オーガの名前は大体魔王様がつけてくれるんだ。でも何でガキんちょが知ってんだよ」


「そんな気がしただけだ」



 訝し気な眼差しを送ってくるので適当に誤魔化していると、枯葉は思い出すように話し出す。



「魔王様は自由だからな、ふらっと立ち寄ったと思ったら風のようにどっか行っちまうんだ。どこで何をしてるかもわからねぇ。けど半端なく強ぇから、他の魔王達も手を出してこねぇんだ」


「放任主義だと言っていたからな。そういえば小夜は魔王について知っているか? お前はずっと使い魔だったんだろ?」


「はい! と言いたいところですが、小夜も余り覚えていないんですよね」


「覚えていないだと?」


「使い魔の契約が切れてから、少しずつ魔王様の記憶が消えているんです。どんな顔だったかも覚えていません。でも、寝てばっかで全然構ってくれなかったのは覚えてます。放置プレイってやつですね」


「むぅ?」


「でもいいんです、小夜は過去の男には縛られない女ですから。ご主人様がいてくれればそれでいいんです」


「ふっふふな」



 使い魔は主との契約が切れるとそれまでの記憶を失くしてしまうのか? リズから使い魔について教わった時はそんな話なかった気がするが……。


 そんな事より、どさくさに紛れて俺を抱き締めるな。顔が乳房に埋もれて息ができんのだ。



「そこまでですよ小夜。今日頑張ったのは私なんですから、サイ様を抱っこする権利は私にあります」


「はぁあ!? 小夜だって今日凄く頑張ったんですからねぇ! あなたなんかちょっと治しただけでしょ!?」


「あなたこそちょっと飛んだだけで図々しいにも程があるでしょう!」


「はっ、【破壊の権化】の正体がこんな女だとは想像もつかねぇな。ってか、ガキんちょも大変だな」


「そう思うなら助けろ」


「おいミコト、お前が助けてやれよ。ガキんちょはミコトがお気に入りらしいからな」


「ふぇ!? ウ、ウチはいいよぉ……」



 はぁ……折角の良い湯が台無しだな。

 頼むから温泉ぐらい静かに入らせてくれ。

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